辻沙絵、反発から始まったパラ陸上人生 限界の、その先に追い求めている景色

宮崎恵理
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提供:東京都

神様が見せた真に目指す先

リオ・パラリンピックで「もっと素晴らしい景色がある」と気づいた。帰国後、時の人になり練習ができない時もあったが、その景色を見るため苦しい練習にも取り組むことができている 【写真:ロイター/アフロ】

 辻は、達成感に包まれていた。苦しい練習を続けてきたからこそ取れた銅メダル。意気揚々と表彰台に昇った。
 やがて優勝した中国選手の国歌が流れると、ふと我に返る。右隣のもっとも高い場所の金メダルが目に飛び込んできた。

「神様がチラっと見せてくれたんです。限界の、その先にある世界を」

 目指すべきはここじゃない。もっと素晴らしい景色がある。しかし、それをつかみ取るためには、これまで以上に過酷な練習に耐えなくてはいけない。それは辻にとっての、新たな啓示だった。

 銅メダリストとして帰国すると、辻は一躍時の人となる。4年後の東京パラリンピックに向けて、注目度は否が応でも増していった。五輪選手らとともに数多のメディアに登場し、イベントに招かれた。

「たくさんの貴重な経験ができたし、素晴らしい出会いがありました。でも、練習できない日が続くと、当たり前ですがパフォーマンスは明らかに落ちていくんです」

 疲弊して、もう陸上から遠ざかりたいという気持ちにまで追い詰められていた。

「本末転倒ですよね。でも、3月に大学を卒業して、すぐ陸上部の沖縄合宿に出かけたんです。久しぶりに陸上の練習だけに集中しました」

 昼は練習、夜はミーティング。練習がしっかりできれば、タイムも上がる。感覚も戻ってくる。

「タイムと体の動きが一致してきた。やっと本来の自分を取り戻せたような気がしました」

「人生の全てを懸けて」走る

世界選手権でも銅メダルという結果を出した辻。「人生の全てを懸けて」彼女は走り続けている 【Getty Images】

 2017年7月。ロンドンでパラ陸上の世界選手権が開催された。5年前にロンドン・パラリンピックが行われたスタジアムのトラックに、辻は立っていた。女子T47クラスの400メートルが行われたのは、大会最終日だ。

「レース当日の朝、水野コーチと一緒にスタンドに行ったんです」

 自分が走るトラックをスタンドから見下ろした。そして、400メートルレースをシミュレートする。ここからスタートして、100メートル、最初のコーナー、200メートル、300メートル、最後の直線、そしてゴールへ。加速走、等速走、ラストスパート。自分の走りを、鳥の目線で追いかけた。

 スタートラインに立った辻は、朝のシミュレーションを思い出していた。

「スタンドから見下ろす自分と、レーンを走る自分の姿が重なった。ああ、いける。きっと大丈夫だと確信して、本当のスタートを切りました」

 記録は1分00秒67。目標としていた59秒台には及ばなかったが、再び銅メダルを手にしたのだった。

「リオの時には日の丸を背負うことの重さを感じた銅メダル。今回は、メダリストとしての重圧を感じながら走った銅メダル」

 辻の日常は練習スケジュールありき。それを中心に食事も睡眠も、ケアも明日の準備もする。毎日同じことの繰り返しだ。

「大げさに聞こえるかもしれないけれど、人生の全てを懸けています」

 だからこそ、この2年間に世界で勝ち取った2個のメダルはズシリと重い。

 走る。それだけの競技にただ我を忘れる。

「すごく奥が深くて、難しくて苦しい。でも、限界のその先に追い求めている景色が広がっている。だから、やめられないんです」

 辻沙絵は、苦しさをいとわない。まさに、トップアスリートなのである。

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著者プロフィール

東京生まれ。マリンスポーツ専門誌を発行する出版社で、ウインドサーフィン専門誌の編集部勤務を経て、フリーランスライターに。雑誌・書籍などの編集・執筆にたずさわる。得意分野はバレーボール(インドア、ビーチとも)、スキー(特にフリースタイル系)、フィットネス、健康関連。また、パラリンピックなどの障害者スポーツでも取材活動中。日本スポーツプレス協会会員、国際スポーツプレス協会会員。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』。

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