「育成日本復活」へ、審判委員会の改革 審判を理解してもらえる環境を目指して

上野直彦

「こういう審判を求めています」としっかり伝えていく

VARの導入も始まっているが、小川は「ほとんどの場面は人間の目で判断するしかない」と語る 【写真:アフロ】

 審判委員会はさまざまな手を打っているが、小川は最も大事なものは「理念」だと言い切る。

「現在、JFAにはフットサルの審判員や審判指導者を入れて29万2000人を超える人たちに登録をしてもらっています。 サッカーは学校中心で発展してきた側面があるため、審判員も学校の先生が多かった。でも、今は選手と同じように、審判員も系統立ったプログラムの中で、各都道府県レベルで育てていかなければならない。だからその環境を作るのが一番だと思います。5年後、あるいは10年後を見据え、市区町村や都道府県レベルから審判員を育成すること。

 もう1つは審判に関わる人、審判員の育成、審判指導者を養成する中で、その人たちにきちんとしたカリキュラム、プログラムの教材で『こういう審判を求めています』いうコンセプトを伝えていかないと、われわれの理念が途絶えてしまう可能性がある」

 審判員の育成について、小川は危機感を隠さない。

「審判活動を通じて、すべての人の感動や喜びに貢献する。それが第一です。ビジョンとしては、審判員は選手のために、誰もが楽しめる、信頼し合えるレフェリングが大事だと伝えています。

 今、VAR(ビデオアシスタントレフェリー制度)がFIFA(国際サッカー連盟)の大会を中心に始まっていますが、VARだってミスはあるんですよ。VARというのは、本当に結果を左右するような明らかなミスに特化して、修正するためのものなんです。

 今は映像を見る機会が多く、たくさん見ることができます。でも、審判は人間がやるわけで、試合のほとんどの場面は人間の目で判断するしかない。『審判はなぜ必要なのか?』『あの判定はどうなのか?』という問題になってくる。それを協会としてきちんと伝えていく。そういうことを、僕らのビジョンにしっかり入れていかないと、ファン・サポーターの方々、選手や監督は理解してくれません」

地道に情報を出して理解してもらう

審判委員会では、情報公開にも積極的に取り組んでいる 【写真は共同】

 16年度からは判定基準を示す「競技規則スタンダード」の映像を作成したり、新たな試みを行っている。さらにはそれらをJFA公式サイトで公開するなど、伝えるための努力も怠らない。

※リンク先は外部サイトの場合があります

 ただ、小川は現状でさまざまな問題にぶつかっている。映像での検証の取り組みも否定はしないが、一方で「テクニカルなアプローチだけをやっては絶対にダメ」だとも語っている。

「審判の人たちが誇りに思えて、どのレベルであっても、審判員としての責任を全うする。試合後はきちんと振り返り、改善しようと考えることは、トップリーグの審判から都道府県で行われている試合を担当される方まで基本的には同じことだと思います。そのためにも、審判員がレベルアップする環境を作り、周りで見ている人たちからも審判を理解してもらえる環境を作りたい。

 例えば高いレベルの試合になると、SNSでは審判の人格を否定しかねないようなことも見聞きします。でもそれって寂しいですよね。審判の心情とか、状況も考えてあげないといけない。もしかしたら悪質なファウルをしたプレーヤーも、その場面の映像に一緒に映るわけです。そのプレイヤーがSNS上でどう言われるか、そこも考えないといけない。

 僕はいつも審判のことだけではなく、選手やプレーについても考えています。過去に、あるトップクラスの審判がミスを批判され、家族や子供にまで影響したことがありました。これは事実です。だからこそ、地道に情報を出して理解していただくようにしないといけない。100人いたら100人に理解してもらうというのは難しい。でも、こちらからアクションを起こさなければ何も理解されない。そこは今、JFA審判委員会として変えている真っ最中です」

日本の審判がさらなる高みを目指すために

チームを強くするだけではなく、サポートする人たちが強くなることで代表チームが強くなっていく 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 審判を育成して、ジャッジの質を高めていくためには何が必要なのか。

「技術的な部分だけ演習やコースを行うだけではなく、事務局がフォローアップしていくことが大切です。AFCでの経験で言うと、たとえば5日間の研修をやったとします。研修が終わった段階で『良かった』と言うのもいいのですが、良かったかどうかというのはシーズンが終わったときに審判がどんなパフォーマンスを見せたかという結果で判断するものです。最終的な結果を受けて、指導者がいいレフェリーを育てられたかが重要です」

 小川はコンフェデ杯を制したドイツを例に、審判を育成する重要性を説明する。

「ドイツが代表チームとして常に強いのはどうしてか? 理由の1つは代表チームのアドミニストレーション(運営)がすごく強いということをUEFA(欧州サッカー連盟)の方からうかがいました。要するに、事務方が強いことが代表チームの強さを継続する1つの要因になっているということです。

 日本代表でも、試合に向けて十分な準備をしますよね。海外へ試合に行く時には、いろいろな人たちが事前に渡って準備をする。ピッチの状態がよくなかったら、なんとかしようとか、そういう目に見えない努力も含めて、すべてが代表チームとしての力になるんです。単純にチームを強くするだけではなく、サポートするいろいろな人たちが強くなっていくことで代表チームが強くなっていく。だから審判も質を高めるために、組織や体制、基盤を強固にしていかないといけない」

 審判が下したジャッジを批判することは簡単だ。しかし、審判の質を高めることと試合の質を高めることは密接不可分である。田嶋会長が掲げる「育成日本復活」の中には、「審判員の育成」も含まれている。グラスルーツ(草の根)を広げ、選手を育てることが、審判を育てることにもつながり、日本代表を強くする道にも通じる。これが遠いようで一番近い道なのかもしれない。

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著者プロフィール

兵庫県生まれ。スポーツライター。女子サッカーの長期取材を続けている。またJリーグの育成年代の取材を行っている。『Number』『ZONE』『VOICE』などで執筆。イベントやテレビ・ラジオ番組にも出演。 現在週刊ビッグコミックスピリッツで好評連載中の初のJクラブユースを描く漫画『アオアシ』では取材・原案協力。NPO団体にて女子W杯日本招致活動に務めている。Twitterアカウントは @Nao_Ueno

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