求道者・末續慎吾が見る日本の短距離界 “9秒台突入”に欠ける要素とは?

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9年ぶりに日本選手権に出場した末續慎吾。結果は組の最下位だったが、レース後には笑顔も見られた 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 大阪・ヤンマースタジアム長居で開催された今年の陸上日本選手権。男子200メートルには、2008年の北京五輪後から無期限休養に入り、9年ぶりに同大会出場となった末續慎吾の姿があった。

 予選2組7レーンに入った末續は、となりを走るサニブラウン・アブデル・ハキームに必死に食い下がる。しかし、その背中に追いつくことはなく、21秒50で同組8人中8位という結果で、決勝に進むことはなかった。それでもレース後、「今出せるベストを出せた。幸せだった」と笑顔を見せ、日本選手権に戻ってこれたことに喜びを感じていた。大会後には、現役続行を明言。37歳という年齢ながら、これからも競技者として、走りを追求していくとしている。

 その末續が7月12日にスポーツを語るトークイベント「ALE14」に登壇。自身が探求する「スプリント理論」を語り、“かけっこ”への思いを伝えた。今回はその末續に、間もなく始まる世界選手権(8月4日開幕、イギリス・ロンドン)に合わせて、日本の短距離界について思うことを語ってもらった。

ゴール後の表情で、その先が見えてくる

「ALE14」の講演の中でもそのスプリント理論を熱く語った末續。9秒台についても持論を熱弁 【写真提供:ALE14/阿久津知宏】

――今年の日本選手権に9年ぶりの出場を果たされました。末續選手から見て、現在の日本短距離陣の盛り上がりをどのように見ていますか?

 僕らは今年の世界選手権に出場する選手たちが走る前から走っています。それこそサニブラウン選手は現在18歳ですが、僕が同年齢の頃に彼は0歳。そうなると彼が生まれる前から走っていることになります。
 その時代を知っている者からすると、僕のもっと前の世代の人たちが作り、築き上げてきた道があります。それは針の糸を通すような道から、少しずつ広げてくれました。それを僕らの世代がぐっと広げ、むしろ広がったという表現の方が正しいのですが、それはいろいろな世界の情報やトレーニング方法が入ってきたからです。例えばトレーニングは、豊富な情報と、環境が整った中で育った今の世代の選手たちは、やはり10年前とは体格も違います。それが入り口にあって、高いパフォーマンスに繋がっていると思います。
 今回一緒に走りましたが、なぜ今のアスリートがこれだけ強いかが分かりました。それは当然、本人たちの努力もありますし、そこに時系列で融合した姿がありました。

――トレーニング方法が今と昔では明らかに違うと?

 それは方法論なのですが、このトレーニングを行うとある程度パフォーマンスが高まるという情報が明確になってきました。もちろんそれは以前からいろいろな関わりの中で出てきた情報です。そこに今の練習環境だったり、精神的なものが高まって、現在のパフォーマンスが出てきていると思います。
 それはすごく未知数な部分もありますよね。僕らがやってきた時代とも違いますので。僕らが進化させてきた一連の流れもありますが、18年の世代間の未知数な部分を、僕は一緒に走って感じました。

――日本選手権ではサニブラウン選手がとなりのレーンを走りましたが、やはり近くで走って、その違いを強く感じたと?

 当然、観客の数も違いますし、演出も違いました。より華やかな部分も感じました。
 それとウォーミングアップの方法だったり、練習のスタイルやスタンス、僕の場合はいろいろな次元で見ていたのですが、そうするとクリエイティブなところがある世代だなと思いました。
 世界選手権のような世界の舞台は、海外の選手と走りあう中でそういうことが試される場であります。今は日本人として、日本人の走り、僕が言うには“かけっこ”ですけど、どんなかけっこをするのか、現役選手目線で楽しみにしています。

――世界選手権のレースを見る中で、一番注目しているのはどんな部分ですか?

 走った後ですね。ゴールの瞬間、ないしは、その後帰ってきてミックスゾーンで話す表情などです。逆を言えば、短距離というのはレース前の表情だったり、レース中というのは表現の場なので、考えることを必要とされない場所です。ですからレース後の精神的な部分を僕は見てみたいと思っています。
 勝ったときの表情だったり、自分が望んでいた結果が出なかったときに、負けたと感じたときに、どういう顔をするのか。結局僕らはそういうかけっこをするので、その中で、反省をしたり、その時、その瞬間の、人間性がフッと出る部分で、世界選手権から先のその選手の可能性を見たりします。

9秒台が出ないのは「9秒台を出す」ために走るから

となりで走ったサニブラウンを「クリエイティブなところがある世代」と表現した 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

――少し話題を変えまして、現在、日本の男子100メートルでは誰が最初に9秒台を出すかということに注目が集まっています。実際、末續選手も“10秒の壁”に挑戦し続けてきたと思います。

 その時代を走りましたね。19年前に10秒00が記録されましたが、強いていえば、僕が03年に日本代表を経験してからもずっとその話題は変わっていないんです。ということは、何か変わらないことが続いています。近づいているけど、続いていることがあると。

 僕は(9秒台が出ないのは)何が原因かというより、選手が感じている短距離やかけっこに対する考え方かと思っています。それは「本当に9秒台を出したいのか」ということ。9秒台を出した後に何をしたいのか。9秒台を出したから何なのか。9秒台を出すことが何なのか。彼らがどう思っているかを知りたいです。かけっこが好きなことの延長線上で9秒台を出したいのか。9秒台を出すために走っているのか。

 僕は彼らと話をしていないので分かりませんが、僕が20代の頃は、「9秒台を出したい」という理由だけでした。「9秒台を出したい」ということが、9秒台を出す理由でした。だから出せなかったんです。その先にある理由は各々あると思います。ですから各々が9秒台にとらわれないことが、100分の1秒先を走るために必要なことなんです。

 僕はかけっこが好きなので、その延長線上で速くなりました。彼らも、自分の走りに対して、本来やりたいこと、本来どう走りたいのか、本人の中にどれだけ理由があるのか。周りにいる人たちがそれをどれだけ理解しているかが大事だと思います。

――技術や体格的な部分では、9秒台が出せるレベルには来ている?

 来ています。ただそれに対して9秒台を出せない現実には何かが欠けているんです。
 それは各選手が1人ずつ違う、「何のために走るのか」という、根本的で根源的な気持ちの部分。それは“心”です。心が、本当に9秒台を出したいのかということです。
 ひょっとしたらそれは9秒台じゃないかもしれません。こういう報道があるので「9秒台」と思い込んでいるのかもしれません。

 僕が自己ベストを出していた時期は、とにかく速くなりたかった。それが楽しかったので。シンプルな理由でしたが、それでどんどんタイムが伸びていき、タイムは二次的なものでした。

――9秒台に捕らわれすぎ、「速くなりたい」「楽しみたい」という部分が薄くなっていると。

 そこがブレてしまうと、走りがブレてしまうんです。タイムは水準でしかないですから。
 だからこそ、僕は今でも走っていられます。それはかけっこが好きだからです。速くなることを求められ、そこを目指したが故に言えますが、それはそれだと。

――今の世代に言えることは、9秒台に捕らわれすぎないことが大事だということですね。

 世界選手権では、各々がどんな走りができるかを知ったほうがいいと思います。世界の水準でどんな走りができるか。このレベルまでいって、「いい経験ができました」という試合じゃいけないですから。世界選手権に出て、どんな走りをしたか、全力で真剣にぶつかり、仮にここで9秒台を出せなくても、次に何らかの成果が出せると思います。
 その成果が9秒台かどうかは分かりません。ただそれは、それぞれが納得するような結果になると思います。

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