【ボクシング】天然かつ闘争心ある新王者が誕生 拳四朗、薄氷の勝利に「まだまだ」

船橋真二郎

みすみすペースを手放してしまった

終盤、ポイントをリードしながら「焦ってしまった」と反省の弁を口にした 【写真:アフロスポーツ】

 9ラウンド、拳四朗はジャブとステップでサイドに回る。ダメージを引きずるロペスはおとなしいにも関わらず、上がりかけた拳四朗の手数はめっきり減り、何より攻撃姿勢が見られない。回復したロペスは10ラウンド、拳四朗が空けたスペースを突き、再び前に圧力を強める。拳四朗はみすみすペースを手放してしまったようでさえあった。

 ポイントリードを守ろうとしたつもりはないと、試合後の寺地会長。ただ、「(中盤に)相手のワンツーを結構もらっていたので」と注意を促したことが影響したのか。「あんまり覚えてないですねえ。必死やったんかなあ? 焦っていたのもあるかもしれないですね」と言って、拳四朗自身は首を傾げている。

 11ラウンドは攻めてくるロペスに手数で対抗。最終12ラウンドは「最終回を取らないと負けか、ドローかなと思った」という寺地会長の指示で、被弾も構わず左右のボディでロープに押し込んでゴング。最後に気持ちでむしり取った1ポイントでベルトを手中にした……と思われたが、実際のジャッジは全員が最終ラウンドを王者につけていた。スコアシートを確認したのが、すべてのタイトルマッチが終わったあとだからか。この日のジャッジの基準は、どうにも腑(ふ)に落ちなかった。

初防衛戦はアピールにうってつけ

ライトフライ級は世界主要4団体すべてで日本勢が王座に君臨。それだけにインパクトのある勝利がほしかった 【写真:アフロスポーツ】

 奈良朱雀高、関西大で7年のアマチュアキャリア。その土台の上に不足していたフィジカル強化を取り入れ、「3年以内で世界」を掲げてプロの道に踏み出した。日本、東洋太平洋とタイトルを順調に獲りながら2年半、9連勝(5KO)で迎えた世界初挑戦。寺地会長は「予定通り」と言っていたが、まだ経験が足りなかったかもしれない。

 本来の能力を発揮できていないと厳しく注文をつけるのには理由もある。これより前、同日に名古屋で行われていたWBO世界ライトフライ級タイトルマッチで、王者の田中恒成(畑中)が、16戦全KO勝利のアンヘル・アコスタ(プエルトリコ)に判定3−0で勝利し、初防衛に成功していたことで、ライトフライ級のWBA、WBC、IBF、WBOの世界主要4団体を日本勢で独占することになったのだ。快挙でもあり、異例でもある状況をポジティブに捉えるためにも、やはりインパクトはほしかった。

 寺地会長によると、契約により元同級王者で現在ランク1位のペドロ・ゲバラ(メキシコ)との初防衛戦が義務づけられ、さらに2度目の防衛戦は前王者となったロペスとの再戦になる予定という。日本でもおなじみのゲバラはこの階級の実力者のひとりに数えられる。いきなり正念場を迎える拳四朗だが、アピールするにはうってつけの相手でもある。

 試合後の会見が終わりにさしかかった頃、唐突に「ん? これ後ろちゃうん?」と寺地会長が声を上げた。「ホンマや!」と拳四朗もびっくり。会見に臨む前、控え室でトランクスの下のファールカップを脱ぎ、トランクスを履き直した際、後ろ前が逆になっていたことにまったく気づかなかったのである。そういえば昨年8月、大阪で東洋太平洋タイトルを奪取したときも、東洋太平洋のベルトを肩から、日本のベルトを腰に巻き、誇らしげに記念撮影に応じたが、日本のベルトが上下さかさまだった、ということがあった。そんな天然のほんわかムードとのギャップを魅力に変えるのはこれから。

「やっぱりまだまだだなと思いました。もっと練習して、強くなって、勝ち続けます」

 拳四朗の魅力は何と言っても左ジャブを起点にした勇敢なカウンター。決定力に優れ、童顔からはうかがい知れないような激しい闘争心も内に秘めている。まずは初防衛戦。強豪ゲバラを相手にリングの上で自分を表現しなければならない。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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