稀勢の里が描いた長く穏やかな成長曲線 早熟かつ晩成、横綱の円熟期はこれからだ
30歳6カ月で初優勝と横綱昇進を決めた稀勢の里 【写真は共同】
新入幕は史上2位のスピード出世
年少新入幕1位の貴花田は新入幕場所で負け越したが、稀勢の里は9勝6敗で、史上最年少の幕内勝ち越しを成し遂げた。入幕6場所目の17年9月場所には12勝3敗の好成績で初の敢闘賞も受賞した。しかし、その後は上位の厚い壁に跳ね返され、19歳で新小結となったものの、なかなか三役に定着することはかなわなかった。それでも、恵まれた体格とスケールの大きな相撲ぶりは魅力十分。全盛期の横綱朝青龍を電車道で圧倒するなど、しばしば“大物キラー”ぶりを発揮し、「日本人力士期待の星」として依然、注目を浴び続ける。
早くから将来の大関、横綱を期待されながら、実績がなかなか伴ってこない現実。周囲の声をよそに本人はただひたすら強くなるため貪欲に相撲に打ち込んでいたであろうが、心のどこかには少なからずプレッシャーも感じていたのかもしれない。当時のことについて、本人はこう振り返る。
「気負ってばかりでしょ(笑)。それでよかった部分もあったしね。そういうのがあってこその今だと思いますし、そこを通って分かった部分もあったし」
稀勢の里を支えた師匠の助言
大関昇進を決めたのは平成23年(2011年)、25歳の時だった 【写真は共同】
「解説者の中には右の上手を取れという人もいるが、そんな声に惑わされてはだめだ。第一、番付が上の者は、そういう相撲を取らせてくれない。周囲に惑わされず、もっと自分の相撲を信じろ」
稽古では突き押しに徹し、最大の武器である左おっつけは一層、磨きがかかった。同時に「平常心」の大切さも説いてくれた師匠だったが、場所の1週間前に急死。大きな悲しみに打ちひしがれながらも「自分の相撲を信じて」「平常心」を貫き、25歳の稀勢の里は大関に昇進したのだった。