なぜ日本はアジア王者に負けなかったのか 敵地メルボルンで手にした勝ち点1の重み

宇都宮徹壱

いつの間にか下方修正された目標設定

現状ではW杯アジア予選を突破することが指揮官の最大の目的となっている 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

「1年前、この状況が分かっていたら──つまり、海外組15人のうち12人がスタメンで出ていないという状況が分かっていれば……。私はプレーしている選手を選ばなければならないと思っていた」

 そう言い終えると、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は英語の通訳が終わらないうちに席を立ち、そのまま会見場から立ち去ってしまった。ワールドカップ(W杯)アジア最終予選、アウェーでのオーストラリア戦を前日に控えた会見でのエピソードである。

 確かにメディアオフィサーは「最後の質問」と言っていたが、それにしても後味の悪い終わり方だ。まるで捨て台詞ではないか。最後の部分はやや意味が不鮮明だが、要するに「試合に出ていない海外組に頼るべきではなかった」あるいは「ここまで期待外れだとは思わなかった」という意味だろう。1年前の3月、就任会見の際にハリルホジッチ監督はこんなことを言っていた。

「ブラジルでのW杯のあと、日本代表は少し成績が下がったが、復活させるのに十分なクオリティーを持っているし、それを成し遂げる力がある。(中略)私がアルジェリアに来る前はFIFA(国際サッカー連盟)ランキングは52位だった。そして3年、私と仕事をして17位になっている。私は日本代表でも同じことができると確信している。だから私はここに来た」

「第一の目標はロシアW杯に出ることだ。そしてW杯に参加するだけではなく、さらに上を目指したいと思っている。グループリーグを突破して決勝トーナメントに進出したい。この目的を達成するために必要なクオリティーを日本代表は持っていると思っている」

 今では記憶の彼方の出来事になっているが、JFA(日本サッカー連盟)の技術委員会がボスニア・ヘルツェゴビナ出身の名将に代表監督のオファーを出したのは「日本をW杯ベスト8に引き上げられる」と見込んでのことであった。W杯アジア予選突破は過程であって、目的ではない。しかし現状では、アジア最終予選を突破することが、指揮官の最大の目的となっている。

 つまり見方を変えれば、知らず知らずのうちにハリルホジッチ監督の目標設定が、思い切り下方修正されたことになる。この事実に最も傷つき、絶望しているのはもちろん指揮官自身であろう。だが、絶望しているだけでは何も始まらない。日本代表は目前の対戦相手、オーストラリアに対して死力を尽くして挑まなければならない状況である。

立場が逆転した日本とオーストラリア

4年ぶりに1トップのポジションに入った本田。日本は苦しい台所事情が透けて見える布陣だった 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 さて、今でこそ昨年のアジアカップを制し「アジア王者」となったオーストラリアだが、前回のW杯予選ではいささか哀れみを感じさせる存在であった。ホルガー・オジェック前監督率いるサッカールーズ(オーストラリア代表の愛称)は、世代交代がまったくなされずにマンネリ化した状態が続いており、「2006年W杯の遺産で食いつないでいる」と揶揄(やゆ)されていた。結果としてブラジルへの切符は手にしたものの、13年に行われたフランスとの親善試合での大敗(0−6)を受けてオジェック監督は解任。後を継いだのが、現監督のアンジ・ポステコグルーである。

 このギリシャ系オーストラリア人指揮官が、サッカールーズにもたらした変革は大きく2つ。それまでのロングボールと高さ勝負のサッカーから、しっかりボールをつなぐポゼッションサッカーに方向転換したこと。そして、世代交代を一気に進めたことだ。とりわけ後者については、欧州でプレーする代表からは距離のあった選手を積極的に起用し、そのうちの何人かはアジアカップ以後に代表の中心選手となった(アーロン・ムーイやトム・ロギッチはその典型例)。かくして、前回の最終予選から4年が経過し、日豪の立場は逆転した。今では日本の方が岡田武史監督が原型を作った、本田や岡崎や長谷部を軸とする「10年W杯の遺産」で食いつないでいる状態だった。

 そして迎えた、運命の日豪戦、日本のスタメンは以下のとおり。

 GK西川周作。DFは右から、酒井高徳、吉田麻也、森重真人、槙野智章。中盤は守備的な位置に長谷部誠と山口蛍、右に小林悠、左に原口元気、トップ下に香川真司。そして1トップに本田圭佑。まさに、苦しい台所事情が透けて見える布陣である。累積警告による出場停止とけが人で2人が離脱したサイドバック(SB)には、いつもは左で起用されていた酒井高が右に回り、空いた左には槙野が起用された。そして、左足首の捻挫で別メニューが続いた岡崎慎司の代わりに、4年ぶりに1トップのポジションに入ったのは本田。空いた右には代表初スタメンの小林が入った。

 対するオーストラリアは、キャプテンのミル・ジェディナクをはじめ、プレーメーカーのムーイ、現在売り出し中のロギッチ、そしてエースの風格が漂うようになったトミ・ユリッチといった顔ぶれが並ぶ。ただしティム・ケーヒルを「切り札」としてキープするのは想定内として、マーク・ミリガン、ロビー・クルーズ、マシュー・レッキーといった主力をいずれもベンチに置いたのは、ちょっと意外だった。

 加えてシステムも、いつもの4−3−3ではなく4−4−2を採用。前線にユリッチとアポストロス・ジアヌーという長身FWを起用してきた。おそらくポステコグルー監督は、相手が苦手とする空中戦に重きを置いた上で、終盤にケーヒルを送り込むという二段構えで日本を追い込むことを考えていたのだろう。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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