李承ヨプ、日韓600号の金字塔 韓国球界復帰後の苦悩と変化

室井昌也

打撃フォーム改造で復活

新旧打撃フォームの比較。2011年2月のオリックス在籍時(写真左)、今年2月(右) 【ストライク・ゾーン】

 李承ヨプはバットのヘッドを立てる構えからバットを寝かせるフォームに変え、高く上げていた右足のストライドをすり足へと変化させた。その姿はそれまでの豪快な長距離打者のイメージとは違っていた。フォームだけではなく用具など身の回りのものもすべて変えて、新たな気持ちで臨んだ14年、李承ヨプは感覚をつかむ。

「シーズンが始まって1カ月ぐらい経った5月頃から、新しいフォームがようやく自分のものになりました」

 この年変化を遂げた李承ヨプはリーグ随一の打線を誇るサムスンの中で、6番指名打者としてつなぎの役割を果たした。豪快なスイングを封印し、野手の間を抜く打球を重ねた李承ヨプ。その結果、打率は3割を超え(3割8厘)、一方で長打力も衰えることなく30本塁打、101打点をマークした。李承ヨプは蘇った。

試合前の表情も変化

 当時、サムスンのクリーンアップに座り、李承ヨプの変化を傍らで見てきた朴錫ミン(NC)はこう話す。

「承ヨプ兄さんは自分だけの感覚を常に追い求めているすごい選手です。普段から親しくさせてもらっていますが、僕ら後輩に野球の話をすることはほとんどありません。試合の時の集中力とそれ以外の時の切り替えがとてもはっきりしています」

 日本にいた時の李承ヨプには常に緊張感が漂っていた。特に08年以降、巨人で出場機会を失っていた時は声をかけるのもはばかられるような、ふさぎ込んだ姿が目についた。しかし今は違う。試合前には笑顔が絶えない。

「日本にいた時は助っ人として、常に結果を求められる立場でした。特に巨人では4番打者としてのプレッシャーが大きかったです。しかし韓国では試合前に相手チームの選手と喋ったりして、リラックスできます。今は日本にいた時とは違って野球を楽しんでいます」

17年限りでの引退を明言

2017年限りで現役引退を明言している李承ヨプ 【写真提供:サムスンライオンズ】

 李承ヨプが野球を楽しめるようになったのは韓国に戻ったことだけが理由ではない。李承ヨプは昨オフにFA権を行使し2年契約でサムスンに残留。そして契約最終年の来年17年限りでの引退を公言している。

「辞める時期を決めたら、野球が面白いと感じるようになりました」。

 李承ヨプが来年で引退すると聞いて、KIAの中村武志バッテリーコーチは「ホームラン20本以上も打っていて、なんで辞めようと思うのかわからない」と首をかしげた。また巨人、サムスンで李承ヨプとチームメイトだった元投手の門倉健氏は「今のサムスンの状態だと、球団はスンちゃんを辞めさせるわけにはいかないでしょう」と話す。

 サムスンは11年から4連覇したが、昨秋の海外賭博問題をきっかけに2人の主力投手が退団。投手力が大幅ダウンし今季は10球団中9位に低迷している。しかし李承ヨプの来季限りでの引退の意思は固い。「これまでやれることはすべてやってきたので、これからの野球人生は“ボーナスゲーム”だと考えています」と李承ヨプは話した。

 李承ヨプは今月7日に韓国史上8人目の通算2000安打を達成。また梁ジュン赫が残した韓国歴代通算記録の1389打点を塗り替え、日々記録を更新中だ。

 打席に入るたびに新たな歴史を刻み続けている李承ヨプ。打席に入ると球場内には映画「天空の城ラピュタ」の主題歌「君をのせて」をモチーフにしたメロディーに乗せた大合唱がこだまする。その歌詞は「李承ヨプ、伝説になれ」だ。日韓通算600本塁打を達成した李承ヨプは苦悩と変化の時を経て、いままさに生ける伝説となった。

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著者プロフィール

室井昌也

1972年、東京生まれ。韓国プロ野球の伝え手として、2004年から著書『韓国プロ野球観戦ガイド&選手名鑑』を毎年発行。韓国では2006年からスポーツ朝鮮のコラムニストとして韓国語でコラムを担当し、その他、取材成果や韓国球界とのつながりはメディアや日本の球団などでも反映されている。ストライク・ゾーン取締役社長。

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