脅威を与えられなかった今治スタイル 天皇杯漫遊記2016 讃岐vs.今治

宇都宮徹壱

なぜ今治の攻撃は「怖くなかった」のか?

格上に挑む今治(白)はポゼッションでは圧倒するも、讃岐の固い守備に阻まれる 【宇都宮徹壱】

 ホームの讃岐は、8月21日の水戸ホーリーホック戦(J2第30節/2−3)から、スタメン3人を変更。個人的には、今季からポジションをDFに移した元日本代表の我那覇和樹、そして13年のJ2昇格と14年のJ2残留に貢献した「さすらいのストライカー」木島良輔のプレーを見てみたかったのだが、この日はどちらもベンチ外。讃岐は現在、降格ライン(21位)から3ポイント差の19位となっているので、リーグ戦を第一に考えながらこの試合に臨むしかない状況だ。対する今治は、最後のリーグ戦(8月14日の多度津FC戦/2−0)から1人替えたのみ。「ベストの布陣」とも言えるが、最近はスタメンが固定化される傾向が見られ、「控えとの間にレベルの差が広がりつつある」という気になる情報も耳にしている。

 その今治、序盤は体格に勝る讃岐に押し込まれる展開が続いたが、前半36分に右FWの土井拓斗を早々に下げて長尾善公を投入すると、テンポよくパスがつながる今治スタイルが復活する。この交代の意図について吉武博文監督は「(土井は)50メートル5.8秒の速い選手なんですが、彼のスピードが生きなかった。生きなければ、出している意味はない。もっとボールを動かせる選手に替えた」としている。この思い切りの良いベンチワークにより、今治のポゼッション率は上昇。対する讃岐は自陣でブロックを敷きながら、時おり仕掛けるカウンターに活路を見いだすしかなかった。しかし讃岐の北野誠監督は、この状況を楽観していたと語っている。

「今日の今治がパスを回していたのは、どのゾーンでした? ほぼウチの前のハーフウェーラインでしたよね。そこからだとそんなに怖くないですよ。今治さんが得意とする、FWの脇からポケットさえ抑えておけば入ってこられない。(ひやっとするシーンは)僕の中ではなかったですね。なぜならポケットを閉めていたので、横のインターセプトさえ狙っておけば怖くないし、われわれのブロックはJ2ではできているので」

「ポケットを閉めていた」とは、要するに「ブロック内にあるスペースを使わせなかった」と理解していいだろう。ボールはつながるけれど、なかなかフィニッシュに結びつかない今治。しっかりブロックで対応できていても、チャンスが限定的だった讃岐。こう着した状況が動いたのは後半20分のことであった。相手ペナルティーエリア、向かって左角付近でFKのチャンスを得た讃岐は、渡邉大剛が意表を突くループシュートでネットを揺らす(今治GK岩脇力哉は一歩も動けなかった)。1点リードされた今治は、その後もポゼッションサッカーを放棄することなくゴールを目指したが、気迫のこもった讃岐の守備を崩すことができず、そのままタイムアップ。讃岐が2回戦進出を決めた。

かつて讃岐も「バルササッカー」を志向していた?

「相手の守りは固かった」と今治の吉武監督。多くの課題を突きつけられた試合となった 【宇都宮徹壱】

「日ごろ四国リーグという5部でやっているので、華やかな舞台に行けたらという願いは持っていました。残念ですが、これをひとつの刺激として、地域決勝に向けてネジを巻き直していけたらと思います。すごく相手の守りは固かったなと思いました」

 今治の吉武監督は試合後、無念をにじませながらこう語った。では、固い守備を突き崩すには、どうすれば良かったのか。この日の今治は、何度もワイドでのポジション取りやミドルレンジのシュートに活路を求めようとしていたが、いずれもゴールには至らず。ワイドでの展開については「じゃあ、外につけて何するの? つけるだけでは点が入らない」と指揮官が語るとおり、そこから先の打開策が見えてこなかった。

 一方、讃岐の北野監督は「あまり良いゲームではなかった」と語っていたが、直近のリーグ戦3試合でいずれも3失点を喫していたことを考えれば、失点ゼロは大きな収穫だったはずだ。加えて今治には、今季トレーニングマッチで2回対戦していずれも敗れている。ガチンコの試合ではなかったとはいえ、溜飲(りゅういん)を下げたいという思いもあったはずだ。その点について質問されると、指揮官の口調はなめらかになった。

「今治さんは、確かにうまいんですよ。ただ、ああいうバルサ(FCバルセロナのような)サッカーをどのチームでもできるかといったら、それはできない。吉武さん、大木さん(武=コーチ)、いずれも素晴らしい指導者だと思います。でも、個の能力ではウチの方が高いと思うし、四国リーグにはミゲルのような選手はいない。そこの差だったと思う」

 北野監督が例に出したミゲルをはじめ、この日の讃岐はブラジル人選手3人をスタメンで起用していた。チームとしての体格差も明らかで、讃岐は平均身長で約5センチ、平均体重で約5キロ、今治を上回っていた。高さの差は吉武監督も認めるところであったが、「高さよりも下(足元)を狙うべきだった。クロスのところも含めて、そういうところのインテリジェンスがまだまだ」としている。いずれにせよ、小柄でアジリティーとテクニックに長けた選手を集めてのポゼッションサッカーが、高さやフィジカルで上回る相手を突き崩すには、まだまだ課題が多いことを露呈する結果であったと言える。

 最後に余談を。実は讃岐もかつて「バルササッカー」を志向した時代があった。前監督の羽中田昌氏が指揮を執っていた、08年から09年の地域リーグ時代である。JFLの昇格を懸けた08年の地域決勝では、讃岐がバルサのようなパスサッカーを展開していたので大いに衝撃を受けたものだ。だが、第2戦で相手(この年に昇格するV・ファーレン長崎)の個の力に圧倒され敗戦。これが響き、1次ラウンド敗退に終わっている。つい最近、東京23FC(関東リーグ1部)の監督を務める羽中田氏に話を聞く機会があったが、当時のスタイルは「失敗だった」ことを認めていた。四国リーグの先達の苦い挫折を、果たして今治は乗り越えることができるのか。チャレンジの行方を、引き続き見守っていきたい。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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