脅威を与えられなかった今治スタイル 天皇杯漫遊記2016 讃岐vs.今治
なぜ今治の攻撃は「怖くなかった」のか?
格上に挑む今治(白)はポゼッションでは圧倒するも、讃岐の固い守備に阻まれる 【宇都宮徹壱】
その今治、序盤は体格に勝る讃岐に押し込まれる展開が続いたが、前半36分に右FWの土井拓斗を早々に下げて長尾善公を投入すると、テンポよくパスがつながる今治スタイルが復活する。この交代の意図について吉武博文監督は「(土井は)50メートル5.8秒の速い選手なんですが、彼のスピードが生きなかった。生きなければ、出している意味はない。もっとボールを動かせる選手に替えた」としている。この思い切りの良いベンチワークにより、今治のポゼッション率は上昇。対する讃岐は自陣でブロックを敷きながら、時おり仕掛けるカウンターに活路を見いだすしかなかった。しかし讃岐の北野誠監督は、この状況を楽観していたと語っている。
「今日の今治がパスを回していたのは、どのゾーンでした? ほぼウチの前のハーフウェーラインでしたよね。そこからだとそんなに怖くないですよ。今治さんが得意とする、FWの脇からポケットさえ抑えておけば入ってこられない。(ひやっとするシーンは)僕の中ではなかったですね。なぜならポケットを閉めていたので、横のインターセプトさえ狙っておけば怖くないし、われわれのブロックはJ2ではできているので」
「ポケットを閉めていた」とは、要するに「ブロック内にあるスペースを使わせなかった」と理解していいだろう。ボールはつながるけれど、なかなかフィニッシュに結びつかない今治。しっかりブロックで対応できていても、チャンスが限定的だった讃岐。こう着した状況が動いたのは後半20分のことであった。相手ペナルティーエリア、向かって左角付近でFKのチャンスを得た讃岐は、渡邉大剛が意表を突くループシュートでネットを揺らす(今治GK岩脇力哉は一歩も動けなかった)。1点リードされた今治は、その後もポゼッションサッカーを放棄することなくゴールを目指したが、気迫のこもった讃岐の守備を崩すことができず、そのままタイムアップ。讃岐が2回戦進出を決めた。
かつて讃岐も「バルササッカー」を志向していた?
「相手の守りは固かった」と今治の吉武監督。多くの課題を突きつけられた試合となった 【宇都宮徹壱】
今治の吉武監督は試合後、無念をにじませながらこう語った。では、固い守備を突き崩すには、どうすれば良かったのか。この日の今治は、何度もワイドでのポジション取りやミドルレンジのシュートに活路を求めようとしていたが、いずれもゴールには至らず。ワイドでの展開については「じゃあ、外につけて何するの? つけるだけでは点が入らない」と指揮官が語るとおり、そこから先の打開策が見えてこなかった。
一方、讃岐の北野監督は「あまり良いゲームではなかった」と語っていたが、直近のリーグ戦3試合でいずれも3失点を喫していたことを考えれば、失点ゼロは大きな収穫だったはずだ。加えて今治には、今季トレーニングマッチで2回対戦していずれも敗れている。ガチンコの試合ではなかったとはいえ、溜飲(りゅういん)を下げたいという思いもあったはずだ。その点について質問されると、指揮官の口調はなめらかになった。
「今治さんは、確かにうまいんですよ。ただ、ああいうバルサ(FCバルセロナのような)サッカーをどのチームでもできるかといったら、それはできない。吉武さん、大木さん(武=コーチ)、いずれも素晴らしい指導者だと思います。でも、個の能力ではウチの方が高いと思うし、四国リーグにはミゲルのような選手はいない。そこの差だったと思う」
北野監督が例に出したミゲルをはじめ、この日の讃岐はブラジル人選手3人をスタメンで起用していた。チームとしての体格差も明らかで、讃岐は平均身長で約5センチ、平均体重で約5キロ、今治を上回っていた。高さの差は吉武監督も認めるところであったが、「高さよりも下(足元)を狙うべきだった。クロスのところも含めて、そういうところのインテリジェンスがまだまだ」としている。いずれにせよ、小柄でアジリティーとテクニックに長けた選手を集めてのポゼッションサッカーが、高さやフィジカルで上回る相手を突き崩すには、まだまだ課題が多いことを露呈する結果であったと言える。
最後に余談を。実は讃岐もかつて「バルササッカー」を志向した時代があった。前監督の羽中田昌氏が指揮を執っていた、08年から09年の地域リーグ時代である。JFLの昇格を懸けた08年の地域決勝では、讃岐がバルサのようなパスサッカーを展開していたので大いに衝撃を受けたものだ。だが、第2戦で相手(この年に昇格するV・ファーレン長崎)の個の力に圧倒され敗戦。これが響き、1次ラウンド敗退に終わっている。つい最近、東京23FC(関東リーグ1部)の監督を務める羽中田氏に話を聞く機会があったが、当時のスタイルは「失敗だった」ことを認めていた。四国リーグの先達の苦い挫折を、果たして今治は乗り越えることができるのか。チャレンジの行方を、引き続き見守っていきたい。