土居美咲、全英16強の陰に新コーチあり トップ10も視野、“挑戦の継続”で成長
日本女子10年ぶりの4回戦進出
ウィンブルドンで日本女子10年ぶりとなるベスト16進出を果たした土居美咲。躍進の陰には新コーチの存在があった 【写真:アフロ】
土居美咲(ミキハウス)は、この手の質問が苦手である。
大会で活躍した時や、トップ選手に勝った後に必ずと言って聞かれる問い。しかしそのたびに彼女は、困ったような、あるいは少しばかり申し訳なさそうな笑みを浮かべて、「うーん、すみません、特には」と答えるのが常である。それは今の自分が、日々の練習や試合の蓄積の上に成り立っていると、自覚しているからに他ならない。
25歳で迎えた6度目となる今年のウィンブルドンも、本人いわく「しっかり階段を上がってきた」末に至った場所。2回戦では、第15シードのカロリナ・プリスコバ(チェコ)を7(7)−6(5)、6−3で撃破した。高速サーブと強打が武器の相手と競り合いながら、試合の流れを決する重要なポイントを取り切り手にした勝利である。
3回戦では、第1セットでアンナレナ・フリードサム(ドイツ)に6本のセットポイントを握られながらも、その全てをしのぎタイブレークの末にセットを奪取。相手の心をへし折って、主導権をもぎ取った。4回戦では第4シードのアンゲリク・ケルバー(ドイツ)に敗れたが、グランドスラムでのベスト16は、日本女子では2006年の杉山愛以来10年ぶりとなる快挙である。
その快挙が今訪れた理由についても、土居は「積み重ねです」と答えるにとどまった。だがそれでも、日々集めてきたパズルのピースを統合する上で“水先案内人”的役割を果たした人物は、彼女の周囲に何人かいる。昨年4月から師事しはじめた、米国人コーチのクリス・ザハルカも、その1人である。
「コーチがクリスに変わったのは、大きいと思います。ツアーを回ってきた、経験のあるコーチですから」
自身のキャリア最高成績となる、ウィンブルドン・ベスト16――。その高みへの扉を開けた3回戦の勝利後に、土居は新コーチの名に触れた。
ザハルカが最初にやったこと
昨年4月から師事するザハルカコーチ(右)。才能あふれる土居の指導はたっての希望だった 【写真は共同】
「4年前に美咲を見た時、素晴らしい才能のある選手だと思った」
初めて土居のプレーを見た日のことを、ザハルカは回想した。きっかけは、当時彼が指導していた選手の練習相手を、土居が務めたことである。当時の土居のランキングは、世界の130位前後。それでもザハルカの目は、自分の教え子とボールを打ち合う、小柄(身長159センチ)な日本人サウスポーに奪われていた。
「腕の振りが速い。タッチが良い。彼女は、教えることのできない才能を持っている」
その時からザハルカは、機会があれば土居を指導したいと願っていた。
土居のコーチに就任したザハルカが真っ先にやったことは、土居を日本から……彼の言葉を借りれば「心地よい領域」から引きずり出すことであった。
ザハルカと歩み出した昨年の4月頃、土居のランキングは100位前後。この数字は、グランドスラムに出られるか否かの当落線上である。土居にしてみれば、日本国内で開催されているITF大会(WTAツアーの下部レベルに相当する大会)に出て、着実にランキングポイントを稼ぎたいところ。だがザハルカは、それを良しとはしなかった。
「テニス選手が毎日練習するのは、グランドスラムのような大舞台で活躍するためだ。だったら普段から大きな大会に挑戦して、上位選手と対戦しなくてはいけない。そうでなくては、大舞台で強い選手と試合する時に舞い上がってしまう。だから下部大会のレベルは、さっさと抜けなくてはいけない。禁煙と一緒だよ。長く続ければ、それだけ抜け出すのが難しくなる」
それが、ザハルカの指導理念であった。