バルセロナが認めた日本の設計事務所 知られざるカンプ・ノウの改築計画(1)

スポーツナビ

開放的なオープンファサードのデザイン

「街との調和」「バルセロナらしいオリジナルなデザイン」が追求された新カンプ・ノウ 【(C)FC Barcelona】

 デザイン面で目を引くのは、3層の大きなバルコニーを備えたコンコースがスタジアムをぐるりと囲んでいて、オープンファサードになっている点。外周を壁で覆わず、オープンデッキから360度バルセロナの街が見渡せる開放的な空間となっている。

 日建設計のチームが提案したデザインのポイントは4つある。
(1)スタジアムのシンボル性と街並みとの調和
(2)バルセロナらしさを表現した独創的なデザイン
(3)より長時間さまざまに楽しめる滞在型スタジアムの提案
(4)最先端のコンピュータ技術を用いた設計

「カンプ・ノウは地中海のスペイン・バルセロナの街の西の方にあり、周りは住宅地なんです。周りが野原だったら、どんなに奇抜な形のものをポンと置いても、誰にも文句は言われないですよね。でも、既存のスタジアムは60年間建っているわけですから、街とも調和していなければならない。同時に、世界有数のクラブのスタジアムですから、シンボル性も必要です。ですから、僕らはまず街との調和について考え、かつオリジナルなデザインを追求しました」

 では、他に例のないバルセロナらしいスタジアムとは何か。「開放性」というコンセプト、地中海に面したカタルーニャの気候に合った民主的なデザイン――それが、彼らが出した答えだった。

「他のヨーロッパ有数のスタジアムというのは、ドイツやイギリスなど、スペインと比べるとやや寒い地域にあるんですね。そのため、スタジアムの周りをいろいろなもので覆ってしまっているわけです。僕らがバルセロナらしいスタジアムを作ろうと思ったとき、快適かつ地中海の気候に合ったデザインがまず大事だと考えました。それで、非常に開放的なデザインにしているんです」

オープンデッキから360度バルセロナの街が見渡せる開放的な空間となっている 【(C)FC Barcelona】

 何万人もの観客が歩くコンコースはバルコニーのようなオープンデッキになっており、手すりはついているが、その上部は開かれている。開かれた空間には飲食店をはじめ、さまざまな用途のスペースが計画されているという。

「バーカウンターや子供を遊ばせておくスペース、バルセロナのきれいな街並みが見えるビューのスポット、スポンサーが展示やイベントを開催する場所……。こうしたスペースがあることによって、庇(ひさし)が大きく外に出ていくので、コンコースの奥まで強い日差しが入らなかったり、雨のふき込みを防いだりもできます。地中海の温暖な気候の中で、子供も大人も熱狂的なファンも観光客もそれぞれが思い思いに楽しめるような、そういうスタジアムを作ることができると考えました」

バルサの悩みはシーズンチケット所有者との交渉!?

設計部長の勝矢武之氏。使用しながら改築するにあたって、まず階段やエスカレーターを先につけるという 【スポーツナビ】

 新カンプ・ノウを設計するにあたり苦労したのは、スタジアムを使用し続けながら改築することに伴うハードルをクリアすることだったという。勝矢氏は「4年間の工程を組み立てたんですが、工事の順番の整理が難しかった」と語る。

「今回の改築にあたっては、階段やエスカレーターを先につけます。使いながら作っていくということは、既存のものを壊して新しいものに替えていかなければいけないので、どうしても複雑な工事になってしまいます。客席数も増えるので、動線といわれる人の流れをどうするかという問題があるんですね。

 まず、新しい階段とエスカレーターのセットを作って、コンコースの外に12個、順番に作っていこうと。これが最初にできると、観客はここを通って客席にアクセスできるようになります。これさえできてしまえば、あとは中の部分をどんどん改築していけます。使いながら作るという意味でも、観客の移動のための動線が外に出ていて、これを先に作っていくという考え方は、非常に改築に向いているデザインだと思います」

 屋根は膜のような軽い素材を使用しており、最先端の構造デザインを用いて、既存の客席の上で組み立てるのに適した工夫が凝らされている。膜屋根は観客を雨から守るだけでなく、太陽光発電で芝を育てる照明に電気を供給。省エネも意識した21世紀型の設備計画になっている。

「スタジアムを使いながら屋根をかけなければなりません。もちろん、その工事はシーズンオフにやるんですけれど、スタンドの上で作業ができるよう、膜のような軽いもので屋根を作ることにしました。技術的にも非常に難しいのですが、そのあたりは新国立競技場などでわれわれが培ったノウハウが役に立っています。

 実は、スタジアム設計で本当に難しいのはピッチなんですよね。屋根の素材を決めるのに芝生への日当たりのシミュレーションをして、芝の育成に適切な環境を作っています。大切なことは2つあって、1つは選手が一番いい状態でサッカーができるようにする、もう1つは観客が一番見やすい環境を作る。スタジアム設計はその両方が最高でないといけないんです」

 観客席の改築は、ソシオやシーズンチケット所有者にも影響が及ぶ問題だ。新カンプ・ノウの収容人数は今より6000席近く増えるが、座席の配置は変わる。観客席のスペースを広げることで1階席の収容人数は減り、3階席が増えることになる。バルセロナは順次、ソシオやシーズンチケット所有者に対し、新しい座席の提案を行っていく予定だという。

「実は、バルセロナの担当者が『悩んでいることが4つあるんだ』と言って、一番最初に挙げた問題がそれなんです(笑)。改築でみんなが快適になるわけですけれど、1階席のチケットを持っていた人の何人かは、2階席に移動しなければならない。ファンにとっても大きな問題ですし、バルセロナにとってもこれからしっかりと順番に対応していかなければいけない重要な課題ですね」

(取材・文:竹内桃子/スポーツナビ)

2/2ページ

著者プロフィール

スポーツナビ編集部による執筆・編集・構成の記事。コラムやインタビューなどの深い読み物や、“今知りたい”スポーツの最新情報をお届けします。

新着記事

スポーツナビからのお知らせ

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント