誰からも愛された男、バレロンの引退 類まれなサッカーセンスとくじけない強さ
引退会見を神への感謝の言葉で始めたバレロン
2015−16シーズンを最後に現役を退くことを発表したファン・カルロス・バレロン 【写真:なかしまだいすけ/アフロ】
「私の人生に意味を与えてくれた神に感謝したい。最高の幕引きができたのは神のお陰だ」
ファン・カルロス・バレロンは引退会見を神への感謝の言葉で始めた。普通はクラブやチームメート、ファンの名を出すところだ。言葉に詰まって涙をぬぐうと、すぐにそんな自分に照れ笑いを浮かべた。笑いたいのに泣いてしまう。涙の会見ではなく笑顔で終わろうとしたけれど、感極まってしまった。そんなところが、彼の人間性をよく表していると思った。
「傷つけようとして足を入れたことは一度もない」という彼の他者への思いやりが、神を信じることによるものであることは、本人が何度も口にしている。少年時代に兄と父を続けて亡くして以来、キリスト教に救済を求めたことが信仰の道へ入るきっかけだった、という。
バレロンのプレーを生で見たのは一昨年10月の2部ベティス対ラス・パルマスが最後になってしまった。バレロンの途中出場がアナウンスされると、ベティスのホーム、ベニート・ビジャマリンの観客が総立ちになって拍手を送った。セビージャのホームでも同じことを経験したことがある。バレロンはスペインの全スタジアムで敵味方を問わず拍手される唯一の選手だった。
ワールドカップ決勝でゴールしたイニエスタですら、ビルバオではブーイングされるが、3年前、ラス・パルマスに移ってからのバレロンはデポルティボ時代(00−13)の宿敵セルタのホーム、バライードスでも拍手されるようになっていた。
誰も成し遂げたことがない大記録
バレロンは誰に対しても、決して礼や尊敬を欠かなかった。クリーンなプレーは時に「闘志に欠ける」という批判も受けた 【Getty Images】
グラウンドに入る際に、敵味方を問わず全員の無事を祈るバレロンは、誰に対しても、決して礼や尊敬を欠かなかった。頭に血が上っての失言や激しいアピール、ラフプレーは誰にでもある。サッカーに生活を懸けているプロとして真摯(しんし)にあろうとするなら当然だ、とさえ言える。相手のカウンターを止めるためのファウルは犯すべき、と考えられているし、審判を欺くダイブやシャツをつかむ“マリーシア”(狡猾なプレー)は横行している。良いことではないが、“必要悪”としてスペインサッカーの一部となっているのだ。
そんなリーグで戦いながら、いや戦ってきたからこそ、誰も成し遂げたことがない大記録を彼は持っている。05年3月から12年3月にかけての7シーズン、リーグ戦128試合、7000分以上プレーしながらイエローカードを1枚ももらわなかったのだ。7年ぶりのカードは審判が別の選手と見誤ったからだったが、その選手にとって累積5枚目のカードだったから、デポルティボは異議申し立てをせず記録は途絶えた。
その誤審の直後、バレロンは審判に近づき、「申し訳ないけれどあなたのジャッジは間違っています」と紳士的に告げた、というエピソードが残っている。昨シーズン、ダイブ気味にペナルティーエリアで倒れた時は、すぐに立ち上がってPKでなかったことを審判に訴えたりもしている。
UEFA(欧州サッカー連盟)やFIFA(国際サッカー連盟)がリスペクトやスポーツマンシップを訴えるキャンペーンをしているが、コンペティションであるサッカーにはきれい事では済まない部分があるのは前述の通りだ。バレロンの本来称賛されるべきクリーンなプレーも、「闘志に欠ける」という批判を受けた。プロ選手にとって不可欠とされる、他人を蹴落としてでもはい上がる、というハングリー精神がバレロンにはなかった。