自称“人畜無害”木佐貫洋のいい人伝説 普通の感覚を忘れなかったプロ13年間

長谷川晶一

うれしいことは他人にもしてあげたい

第二の人生は巨人のスカウトとして有望選手をを発掘する 【写真は共同】

 03年のプロ入り以来、15年の引退までの13年間、木佐貫は母校である亜細亜大学の野球部に、春と秋のリーグ戦時に欠かさずに差し入れを行ってきたという。その理由を尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「自分が学生のころ、プロに入った先輩からの差し入れがうれしかったからです」

 木佐貫の現役時代、パンチ佐藤氏(元オリックス)ら、先輩プロ選手たちがいつもハンバーガーやドーナツを差し入れしてくれた。それがとてもうれしかった。

「ひとつはプロのOBが自分たちの先輩なんだという誇らしい思い。そしてもう一つはOBが自分たちのことを気にかけていてくれる喜び。自分がうれしかったから、後輩たちにも同じことを感じてほしいと思って差し入れをしていました」

 自分がしてもらってうれしいことは、他人にもしてあげたい――。サラリーマンとは比較にならないほどの年俸をもらい、華やかなプロ野球の第一線で活躍しながらも、決してアマチュア時代の感覚を忘れない。そんな木佐貫の「普通さ」を物語るエピソードだった。

包み隠さず後輩に伝えてきた悩み

 プロ生活において、うまくいかないとき、辛いときにはしばしば母校を訪れた。前述した「危険球退場」時には、投げることが怖くなって、本人曰く「投手生命最大の危機」を迎えた。このときもまた、やはり母校を訪れ、木佐貫は自身の胸の奥に潜む悩みも、恐れも、包み隠さずに後輩たちに話した。

「僕は自分の失敗談、悩んでいることを他人に話すことが好きなんです(笑)。というのも、先輩がそういう風に話してくれたら、その意外な一面を見ることで親近感を覚えるからです。僕自身、もともと自慢するのが好きではないので、自分の悩みを伝えて、それで一人でも何かをキャッチしてくれたらうれしいなという感覚です」

 現役引退後、亜細亜大学の後輩たちが木佐貫に内緒でネクタイと寄せ書き色紙をプレゼントしたことがニュースとなった。その背景には、先輩が後輩を愛し続けた13年間の長い積み重ねがあったのだ。

プロ初戦と杉内に投げ勝った試合

 13年間におよんだ現役生活において忘れられない登板は2試合ある。ひとつはルーキーイヤーの03年3月30日のプロデビュー戦。そしてもう一つは、13年5月20日、古巣巨人との一戦。前者は極度の緊張状態の中でノックアウトされた苦い思い出。後者は高校時代からのライバル・杉内俊哉に投げ勝ったうれしい思い出。

「せっかく先頭の福留(孝介)さんから三振を奪ったのに、井端(弘和)さんのヒットで気がついたらノックアウトされていたプロデビュー戦。そして、日本ハムに移籍して古巣の巨人と、しかも杉内投手と投げ合って、初めて札幌ドームのお立ち台に上がった交流戦。この2試合は忘れられないですね」

有望選手を発掘する第二の人生

 現役を引退した現在、もはや悔しい思いも、うれしい思いも味わうことはできない。15年限りでユニフォームを脱ぎ、16年からは古巣・巨人に戻って新人スカウトとして活動することが決まった。

「こまめに足を運んで、選手を見るという大切な仕事。自分の新人時代を思い出しながら、一生懸命に頑張ります」

 入団初年度に新人王を獲得。その後は巨人から、オリックス、そして北海道日本ハムと移籍して13年間のプロ生活をまっとうした。それでも、木佐貫は庶民感覚、一般常識を失うことなく、常に「普通」の感覚を忘れなかった。それは、今後のスカウト活動に大きく役立つはずだ。

「現役時代はヘンに常識的というのか、突き抜けられない自分にもどかしさを感じたこともあります。でも、それが自分の性格だし、それはそれでしょうがないと思っていました。アクが強くなく、良くも悪くも人畜無害だったのかな(笑)」

 現役時代から「乗り鉄」として有名な木佐貫洋。有望選手を探すべく、全国の鉄道に乗る機会も増えることだろう。木佐貫洋の第二の人生――自らを「人畜無害」と語る彼がどんな有望選手を発掘するのか? その行く末を温かく見守っていきたい。

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著者プロフィール

1970年5月13日生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務を経て2003年にノンフィクションライターに。05年よりプロ野球12球団すべてのファンクラブに入会し続ける、世界でただひとりの「12球団ファンクラブ評論家(R)」。著書に『いつも、気づけば神宮に東京ヤクルトスワローズ「9つの系譜」』(集英社)、『詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村・ヤクルトの2年間』(インプレス)、『生と性が交錯する街 新宿二丁目』(角川新書)、『基本は、真っ直ぐ――石川雅規42歳の肖像』(ベースボール・マガジン社)ほか多数。

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