4年前は「解説」…廣瀬俊朗が挑むW杯 「最高の仲間と最高の思い出を」

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「全くイメージしていなかった」W杯出場

「2015年のラグビーワールドカップに選手として出ることを、4年前にイメージしていましたか?」
 質問を聞いた日本代表・廣瀬俊朗(東芝)の顔に笑みが広がり、はっきりと言った。「全くイメージしていなかったです。エディーさんに呼んでもらってから少しずつ考え始めた感じです。覚えてますよ。4年前、一緒にやりましたね」

エディー・ジョーンズHC(左)とのコンビで日本代表を引っ張ってきた廣瀬俊朗 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 4年前のワールドカップ(W杯)。スポーツナビでは廣瀬に試合の解説を頼んでいた。現役の選手が日本代表の解説をするのは異例のことだったが、解説のわかりやすさもあり、当時のラグビーコラムとしては最高のページビューを記録した。

 廣瀬は当時29歳。日本代表から4年間離れ、東芝でも主将の座を譲っていた。大会期間中に34歳となる15年のワールドカップ出場をイメージしていた人は、ほとんどいなかったはずだ。

ジョーンズHC「特別な選手だと思っています」

13年には世界最強のオールブラックスと対戦し、6対54で敗れた 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 しかし、12年に廣瀬の人生が変わる。日本代表ヘッドコーチ(HC)に就任したエディー・ジョーンズから主将に任命されたのだ。直前まで東芝のライバルであるサントリーを率いていた指揮官からのラブコールだった。

 その後、日本代表はジョーンズHCの下で「世界で一番厳しい練習」を続け、13年に欧州の強豪・ウェールズを初めて破る快挙を成し遂げた。14年からは東芝の後輩でもあるリーチ マイケルが代表主将となったが、廣瀬は今もリーダーの一員としてチームに貢献している。

 ジョーンズHCは廣瀬についてこう語る。「特別な選手だと思っています。グラウンドではSO、WTBをプレーでき、グラウンド外でのリーダーシップもあります」
 そして、WBCで日本を世界一に導いた原辰徳監督との会話を明かした。「原さんはWBCで最初に『試合に出られないが、チームに貢献できる選手』を3人、選んだそうです。選手はみんな試合に出たいものですが、出られなくてもハードワークをして、チームをサポートしてくれる選手が必要です」

 廣瀬は求められる役割を自覚している。「もちろん、選手として出たいですよ。でも、一番の夢はこのチームで勝つことです。どんな形であれ、貢献したいと思っています」
 ジョーンズHCとの一番の思い出について聞くと、「いろいろありましたからね……。まだ語れないです。一番は取材じゃ言えない話かもしれませんが!」と笑顔を見せた。

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