羽生結弦を強くする“人間力”の高さ 歩き続けた苦難の道程と来季への誓い

スポーツナビ

村上佳菜子を救った一言

全日本選手権では小塚(右)の好演を自分のことのように喜んだ 【坂本清】

 昨年末の全日本選手権での出来事だ。SPで6位と出遅れた小塚崇彦(トヨタ自動車)が会心の演技を披露した。ちょうどそのときミックスゾーンで取材を受けていた羽生は、大歓声を聞き、すかさず記者に逆質問をした。「ノーミスだったんですか?」。記者がうなずくと、柔和な表情を浮かべながら「良かった」と、一言そうつぶやいたのだ。

 けがの影響もあり、今季なかなか本来の実力を発揮できていなかった先輩を心配していたのだろう。順位が確定し、小塚と一緒に表彰台に上がる前には、握手をしながらまるで自分のことのように喜んでいた。

 村上佳菜子(中京大)は彼に救われた1人だ。昨年11月のNHK杯。村上は今季のルール改正に対応できず、ダブルループを3回跳んでしまうという規定違反を犯してしまった。翌日のメディア対応では、その質問が出ることは確実という中、村上と一緒に現れた彼が記者たちに冗談めかしながらこう伝えた。

「皆さん、ぜひダブルループについて聞いてあげてください」

 村上が「もう本当にやめて」と懇願したことで、記者たちからその質問が出ることはなかった。もし彼が先手を打たなければ、誰かがそれを聞き、村上の傷口はえぐられていたことだろう。

 今回、世界国別対抗戦でキャプテンを務める無良崇人(HIROTA)は、「本当はユヅ(羽生)の方がキャプテンにふさわしいんですけどね」と笑う。「僕は年齢が上だからやらせてもらっていますけど、ユヅは結果もそうだし、行動でもチームを引っ張っていますから」というのがその理由だ。

来季に向けた誓い

さまざまな経験が今の羽生を形成する血肉となっている 【坂本清】

 度重なるアクシデントに悩まされた今シーズン。彼は一体何を学んだのだろうか。

「いかに万全な体調で試合に臨めるか。また完全な状態でない中でもいかにベターな状態に持っていけるか。これが今シーズンを通した課題になっていたと思います。手術は仕方ないとして、自己管理不足と言うか注意不足と言うか、そこは皆さんが思っているより自分のせいだと思っています。ベストな状態にいかなくてもいいけど、ベターな状態にはして、毎回最低でもこれくらいの演技ができるようにしていかないと、これからますます戦っていくことが大変になるので、しっかり管理していかないといけないと思います」

 五輪王者として臨むプレッシャーは間違いなくあっただろう。しかし、けがや体調不良がありながらも彼はシーズンをまっとうした。そして「それは選手としての義務。自分は現役スケーターだから」だと言いのけた。たとえ試合を欠場してもどこからも文句は出なかったはずだ。むしろ多くの人が体を心配して「休め」と言った。しかし、彼はそれをよしとしなかった。

 思い起こせば、彼はこれまでも多くの困難に遭遇してきた。現在に至る道程にも必然の積み重ねがあったのだ。スケート人生の危機に直面した2011年。その翌年にはカナダに拠点を移し、慣れない異国の生活に戸惑いや寂しさを感じたこともある。だが、そうした経験が今の羽生結弦を形成する血肉となっている。

「来季も絶対に課題はいっぱい見つかるんだろうなと思います。また一つ一つ課題をクリアしていって、見るたびにうまくなったな、たとえジャンプの調子が悪くて決まらなくても、練習してきただけうまくなったなとちょっとずつでも思えるようなスケートをしていきたいと思っています」

 長い戦いを終えた彼は、最後にそう誓って会場を後にした。

(取材・文:大橋護良/スポーツナビ)

2/2ページ

著者プロフィール

スポーツナビ編集部による執筆・編集・構成の記事。コラムやインタビューなどの深い読み物や、“今知りたい”スポーツの最新情報をお届けします。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント