駒澤大・大八木監督が語る長距離の課題 若手選手のマラソン挑戦の意義とは?

折山淑美

日本人は距離に自信を持つべき

昔の選手に比べて「走り込みが足りない」と話す大八木監督。日本人選手は距離に自信が必要と強調する 【スポーツナビ】

 選手たちの力を考えれば、誰かが2時間8分台を出せば「俺も、俺も」という形で続いていってもおかしくない。そのためにも1万メートルで記録を出している若手選手にこそマラソンをやってほしいし、ハーフマラソンでも1時間0分台で行ける選手がマラソンをやるべきだともいう。

 今のマラソンは中間点を1時間3分前後で通過して、後半ペースアップするような時代。1時間0分台を持っている選手でないとそこまで余裕を持って走れず、2時間7〜8分台には入れても、6分台は不可能に等しくなる。

 さらに実業団選手を含めても、昔の選手と比べればスタミナ不足は明らかだ。
「やっぱり走り込みが足りないですね。藤田の場合は普通に40キロ走もやって月間1100〜1200キロは走っていて、その中で5000メートルのインターバルも他の学生とやっていました。今の選手に40キロと言うと、『40キロですか?』とか『30か35キロでもいいんじゃないですか。外国の選手は30キロくらいですよ』と言ったりするんです。でも外国の選手と日本人は違う。距離に自信を持てるようになって初めて勝負できるのが日本人じゃないかなと思うんです。ペースメーカーが抜けた30キロ過ぎから付いていけないのは明らかにスタミナの差だと思うし、ハーフまでの余裕度の差もある。そのふたつを克服していかないと。30キロ以降で(5キロのラップタイムが)14分台に上がるレースに対応できないと思いますね」

 ただ学生がマラソンに挑戦する場合、授業などの時間的な制約もあり、距離に自信を持てるまで走り込むのは限界もある。そのため、大学のうちにマラソンに挑戦することも重要だが、その場合はいきなり2時間8分台とかいうのではなく2時間10分を切るか切らないかのレベルで走り「マラソンってこんなに厳しいものなんだ」ということを知る必要がある。そこからマラソンをしっかり自分のものにできるようにするのが将来続けていく上では重要ではないかという。
「瀬古さんも1回目のマラソンでは失敗して2回目の福岡国際マラソンで日本人トップになった。そこでやっとマラソンというのが分かり始め、優勝した3回目と4回目でマラソンのコツをつかんだのだと思うんです。瀬古さんはスピードも持ったまれな存在だけど、それに近い選手はポツンポツンといると思います。そんな選手たちの意識を、そういう方向に向けられる指導者がいるかどうかですね。その意味でもトラックからマラソンまで結果を出している高岡寿成くん(現カネボウコーチ)に、『トラックも良さはあるがマラソンにもこういう良さがあるよ』とか、自分がやりたくてもできなかった悔しさなどを伝えてもらうなどすれば、若い選手も頑張れるかもしれませんね」

「タイム」よりも「負けない」が重要

「村山謙太もマラソンへうまくスイッチできれば面白い」と教え子の素質には太鼓判。20年の東京五輪に向け、若い選手の意識がどう変わっていくか? 【写真:日本スポーツプレス協会/アフロスポーツ】

 現状、大学年代の選手たちは箱根駅伝人気が加熱し、トラックで27分台を出しただけでも高く評価されてしまいがちだ。さらに注目度も増し、プレッシャーにもさらされている。

 だが大八木監督は箱根駅伝があることで、実業団選手に比べて4年間ジックリ基礎作りができるという利点もあるという。
「マラソンの適性があるかどうかを見極めるのが前提ですが、今の大学ではみんな30キロ走をやる。そうでなければレースで20キロをああやって押していけないですから。要はそれ以上(30キロ以上)の距離をやりたいという意志があるかどうかです。ある意味では箱根駅伝もいい大会だと思いますね。それに最近は箱根もスピード化していて、特に1区と2区のレベルは上がっていますし、2区は最後のアップダウンがきついけど、あれを乗り越えられて一発だけではなく何度も結果を出せるような選手は、本当に強いと思います」

 しかし、今の学生選手は自分の競技結果の目安をタイムに置いている選手も多い。苦しい練習に耐えて、レースで勝つことに集中するのではなく、いかに合理的な練習で結果を出そうとするかに意識を向ける傾向も強い。
「昔の強い選手たちは駅伝に出ても必ず区間賞を取っていたし、負けなかった。プライドを持っていて狙っていたのはタイムではなく、常に勝ち負けで、順位でしたね。でも今の選手たちは順位よりタイムを意識する場合の方が多い。そんな小さな自己満足に浸っていては欲も出てこないから、その辺の意識も変えなければいけないですね。その意味ではマラソンも日本一を争うレースを作ってほしい。海外マラソンもいいけど、テレビではやらないし。昔のようにテレビでは必ず放映する日本の大会で瀬古さんや宗兄弟、伊藤国光さん(現専修大監督)などが勢ぞろいしたような、見ている日本人がみんなワクワクするようなレースを復活させてほしいですね。そういう激しい争いの先にあるのが五輪や世界選手権なので。箱根駅伝も重要なレースだけど、五輪や世界選手権に出るよりもチヤホヤされてしまう傾向もあるから、その辺りには私も寂しさを感じます」

 そのような環境の中でも、東京五輪が決まって以来、若い選手の中でマラソン挑戦を口にすることが多くなっているのも現実だ。そういう選手たちの意識をどのように導いていくかは指導者の力でもある。
「今回、東京に挑戦しようとした服部くんも面白いけど、村山謙太(駒澤大)も今年の世界選手権までは1万メートルと言っているけど、そこからマラソンへうまくスイッチできれば面白いと思いますね。これまで30キロで外したことはないし、40キロもスーッといけそうな雰囲気を持っていますから。それに昨年卒業した設楽啓太(コニカミノルタ)、悠太(Honda)兄弟や窪田忍(トヨタ自動車)たちもすごくライバル意識を持っているし、高卒の社会人にも宮脇千博くん(トヨタ自動車)など同年代の選手たちもいますからね。彼らが早めにマラソンを意識して本気で取り組むようになり、日本の大会で競り合うような形になれば、マラソン人気も今以上に盛り上がると思いますね」

 4年間かけて選手をじっくり育て上げられるのは、大学が持つ特権でもある。箱根駅伝ではなく、日本長距離界の将来も見据えるような指導を――。大八木監督だけではなく東洋大の酒井監督なども、有力選手を数多く抱える立場だからこそ、将来を強く意識している。

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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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