教える立場になった澤田亜紀の願い フィギュアスケート育成の現場から(4)

松原孝臣

「フィギュアへの注目が落ちないでほしい」

昨年12月の全日本選手権での高橋大輔の演技を見て、「会場の空気がすごい」と感じたという 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 日本のフィギュアスケート界は、長年にわたり牽引(けんいん)してきた選手たちの姿がなくなり、新しい選手たちがグランプリシリーズに出場している。

「バンクーバーの翌シーズン、東京で世界選手権が予定されていましたよね? たぶん、そこで競技生活を終えようと考えていた選手は多かったと思います。でも、震災(東日本大震災)があって世界選手権の場所も時期もかわり、そこでソチまで続けようと切り替えた選手もいたんじゃないでしょうか。それで今が、世代交代が進んでいく時期になったように思います」

 そう言いつつ、昨年12月の全日本選手権について触れた。

「さいたまスーパーアリーナにいたのですが、高橋大ちゃん(大輔)が滑っているとき、会場の空気がすごいなと思いました。あれはほんとうに、すごかった。あの空気というのは、これからはもうないのかもしれないと考えることがあるんです」

 どこか寂しさも感じさせる言葉のあと、澤田は、こう続けた。

「でも、フィギュアスケートへの注目が落ちないでほしいんです。注目されることって、実はとても大きいと思うんですね。例えば、テレビで放送されているのを見ることも、スケーターにとって、きっとモチベーションになっていると思うんです。ぜひこれからも、大会をゴールデンタイムに流し続けてほしいんですよね」

選手時代の葛藤、経験を越えて

澤田の一番の願いは、スケートをずっと好きでいてくれる選手を育てること 【積紫乃】

 その注目は、選手たちの活躍あってこそ。選手が頑張って、選手を支えるコーチやスタッフの力があって、日本のフィギュアスケートを押し上げてきた。そしてファンになった人々の存在もまた後押しとなってきた。循環が生まれていた。

 澤田も、同意する。

「はい。日本の選手がみんな頑張って、大活躍してきたからこその注目だと思います。だから、これからもフィギュアスケートがそうであるように、私たちもがんばって選手を育てていかなければならないと思っています。今は教えることに必死ですが、選手に近い年齢でもあるので、何でも相談にのってあげられる存在でいるようにと思っています。技術もそうですが、やっぱりメンタルも大きく影響してくるんですね。メンタル的な不安などを聞ける立場でいられれば、と思います」

 教える立場として、もう一つの思いを抱いている。

「スケートを、いろいろな事情で辞めざるを得ない選手もいると思います。スケートが嫌いになったから辞めるのではなく、どうにもならない理由で、泣く泣く離れていかざるを得ない選手たちがいます。でも、もしそうであったとしても、最後はスケートが好きだと思ってもらえる、辞めたあともずっと好きでいてくれる選手をたくさん育てていきたい。それが一番の願いです」

 葛藤を抱えながら取り組んでいた時期があり、さまざまな経験をしながら競技生活を送ってきたからこその言葉でもあるように思えた。

(第5回に続く/文中敬称略)

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著者プロフィール

1967年、東京都生まれ。フリーライター・編集者。大学を卒業後、出版社勤務を経てフリーライターに。その後「Number」の編集に10年携わり、再びフリーに。五輪競技を中心に執筆を続け、夏季は'04年アテネ、'08年北京、'12年ロンドン、冬季は'02年ソルトレイクシティ、'06年トリノ、'10年バンクーバー、'14年ソチと現地で取材にあたる。著書に『高齢者は社会資源だ』(ハリウコミュニケーションズ)『フライングガールズ−高梨沙羅と女子ジャンプの挑戦−』(文藝春秋)など。7月に『メダリストに学ぶ 前人未到の結果を出す力』(クロスメディア・パブリッシング)を刊行。

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