時代が求める“勝てるピッチ”作り=試合結果を左右する2ミリの芝生調整
ドイツでは特別なライトで照らしたり、地下暖房装置を採用し、芝の品質維持に力を入れている 【写真:アフロ】
埼玉大学サッカー部監督を務める菊原伸郎さん、サッカー解説者の水内猛さんという2人の元プロ選手と、日産スタジアム技術監理部緑管理課長の山口義彦さん、有限会社グリーンマスターズ清水(J1・清水エスパルスのホームであるIAIスタジアム日本平などを管理している)の代表取締役、佐野忍さんといったピッチ管理者をシンポジストに招いたもので、国際試合やJリーグにおける実話を交えて、主に「試合に勝つためのピッチ作り」に関して話がなされた。
ピッチ管理が向上した20年
Jリーグ開幕当時、浦和レッズの選手だった水内さんが「昔は、きれいな芝生はテレビ番組でしか見なかったが、Jリーグ開幕の少し前から日本のサッカー場の芝生は激変した。冬でも芝が緑色だったり、以前に比べてチクチクしなくなったりと良くなっていったのを感じていた。ただ、2年目で8月から(当時はJリーグが2ステージ制で)セカンドステージに入ると、ボコボコになった。靴と同じぐらいの大きさで芝が取れてしまったり、転ぶとヒザがめり込むぐらいにグラウンドが柔らか過ぎたりした。それでも次に訪れるときにはしっかりと整備されていてビックリした。下位リーグに行くほどグラウンド環境は悪くなるけど、今の時代は恵まれている。20年近く経って芝のピッチが増えてきた。芝の上でやれる幸せを感じてほしい。僕たちは芝でやれるだけでうれしかった」と話したように、環境は大きく変わっていった。天然芝のグラウンドが増え、当初はゴルフ場での経験しかなかったグラウンドキーパーたちが、日に日にサッカーのピッチ管理方法を習得していったのもこのころだ。
ドイツやイングランドのように、芝の凍結を避けるためにアンダーソイルヒーティング(地下暖房装置)を採用するなど、コストをかけてでも大切にする国があるほど、ピッチの品質維持は重要な要素だ。日産スタジアムを管理している山口さんは「茨城や栃木でゴルフ場の管理をしていたので、自信を持って管理に臨んだ。ところが、人工的に作られた競技場の芝生管理というのは、(大自然の中にある)ゴルフ場の経験だけでは解決できない問題があった。いまだに試行錯誤をしながら管理しているけれど(慣れてきた)」と、次第にサッカーグラウンドの管理に習熟していった日々を振り返った。
外国人に学ぶ「ホームアドバンテージ」の考え方
現在では、バルセロナがパススピードを上げるためにピッチへ散水する話はよく知られているし、日本でもまねしているチームもある。しかし、以前は日本と海外では考え方に大きな差があった。日本にはホームアンドアウエーという考え方がなく、あくまでもフェアな条件で戦うという考え方が一般的だったからだ。
佐野さんは「清水の監督の中でも、オズワルド・アルディレスとスティーブ・ペリマンは、とにかくホームアドバンテージにこだわった。試合後の会見では、勝っても負けても芝生の状態に文句を言い、『日本平には芝生がなくていい。そうすれば、芝生のことを考えなくて済む』とまで言われた。お前はチームの一員ではないとも言われた」と悔しい思いをしてきた経験を話した。そして、さまざまな経験を通じて「昔は芝生に悪いことはダメだと思っていたけど、ある程度管理ができるようになってくると、使用するチームが勝てなければダメだと思うようになった。今では、ピッチの状態が50〜60パーセントに落ちてしまうとしても、チームが勝てるものを用意するべきだと考えるようになった」と発想の転換にたどり着いた。
現在は、清水の選手がプレーしやすいかどうかに注目し、実現するための工夫を考えている。その手ごたえとして「昨年、ある試合を見ていて今日は重いピッチになっているなと感じたので、チーム関係者にいつもと違う感じがするはずだと言った。すると、高木俊幸選手が『普段は90分間しっかりと走れるが、そのときには後半20分以降にパフォーマンスが落ちてしまった』と言っていたというので、どこが違うと感じたのかを聞くと、芝の重さがかなり違うということだった。20年も見ていると意外に予測がつく。ただ、芝の長さは普段と2ミリしか違わなかった。芝の刈高(長さ)や密度、水を撒くかどうかでプレーへの影響は大きく変わると思っている」と、勝つためのピッチ作りが現実味を帯び始めていることを証言した。