最速157キロの16歳、済美・安楽智大=幅広げた投球術 悪戦苦闘でつかんだ手応え

寺下友徳

投球の幅と組み立て覚え、球数も減少

フォームにも進化が。左は5月19日鳴門渦潮戦。1カ月後の明徳義塾戦では脚の出し方がノーマルに変わっている 【寺下友徳】

 もちろん、予言には裏付けがある。1カ月の投球禁止期間中に短距離・中距離を中心に行った走り込み。6月中旬の1日200球に及ぶ投げ込みの中で「ストレートを生かすためのボールとして磨いてきて、手応えがでてきた」(安楽)と話す130キロ台の高速縦スライダーにスプリット。悪戦苦闘の中でも、見据える夏への準備を着々と整えていたからだ。

 その予兆が見えたのが先述の練習試合、6月29日の明徳義塾戦である。成績自体は8回9安打5失点(自責3)3奪三振3四死球と先述の通りだが、その1カ月前の鳴門渦潮戦と比べ投球フォームは明らかに進化していた。センバツで彼のトレードマークになっていた左脚を右脚にかけてから投げる動作はノーマルに(写真参照)。大きくなった下半身から手元で伸びるストレートは、8割程度の力でも十分な威力を有していた。

 幅が生まれた投球内容。「あとは疲労さえ取れれば、センバツ並みの力は発揮できるはず」。夏の復活を確信させた。

 加えて187センチ85キロの怪物は愛媛大会中「組み立て」の面でも著しい進歩を見せた。たとえば3回戦・松山中央戦での6回表・二死一三塁で3番・永井仁(3年)を迎えた初球。6対0という大量リードにあって、これまでの彼ならば相手が狙っていてもストレートでねじ伏せに行ったはずのところで、あえてカーブを選択しピッチャーフライで料理した。

 ちなみにこの試合の球数は6回3分の1でわずか69球。準々決勝からは3試合連続無四球完投という制球力も武器に、安楽は506球で5試合を駆け抜けたのである。
  では、参考までに安楽智大が公式戦で投げた全公式戦での投球データを記そう(新人戦は除く)。

・2012年夏愛媛大会 5試合(3先発2完投)27回
411球 被安打16 奪三振11 与四死球11 失点7 自責点5 防御率1.6

・2012年秋愛媛大会 5試合(5先発5完投4完封)41回
691球 被安打26 奪三振65 与四死球12 失点7 自責点6 防御率1.32

・2012年秋四国大会 2試合(2先発2完投)17回3分の1
266球 被安打15 奪三振22 与四死球5 失点8 自責点7 防御率3.64

・2013年春センバツ 5試合(5先発4完投)46回
772球 被安打44 奪三振37 与四死球14 失点18 自責点12 防御率2.35

・2013年春四国大会 2試合4回
67球 被安打3 奪三振6 与四死球2 失点2 自責点2 防御率4.50
 
・2013夏愛媛大会5試合(5先発4完投1完封) 40回3分の1
507球 被安打24 奪三振46与 四死球5 失点5 自責点3 防御率0.67

 数字は正直だ。明らかな投球内容の向上と1イニングあたりの球数減少。これを見ても、「157キロ・常時150キロ台」は必然の道程だったのだ。

「愛媛の不動明王」が「野球王国」の矜持を取り戻す

ミーティングで、上甲監督の話に耳をかたむける安楽 【寺下友徳】

 8月5日に行われた抽選会の結果、済美の甲子園初戦は7日目の第2試合・三重(三重)に決まった。実は過去、愛媛県勢と三重との対戦は0勝3敗と勝利なし。「センバツでの経験はあるが、夏は“初舞台”ですから」。上甲監督は大好きな演歌のうち梅沢富美男の「夢芝居」から取ったフレーズで、チームと周囲を引き締める。

 とはいえ、エースは経験を全て血に変え、肉に変える安楽。これに打棒と守備力が備われば鬼に金棒だろう。その先に見えるのは安楽が練習試合で頻繁に対戦し、常に意識する好敵手・岸潤一郎(2年)がエースの明徳義塾(高知)。さらに「センバツのリベンジをしたい」と意気込む浦和学院(埼玉)、「森(友哉)さんと対戦してみたい」と話す大阪桐蔭(大阪)。名だたる強豪を撃破した先には、1996(平成8)年第78回大会の決勝戦で「奇跡のバックホーム」を起こした松山商業以来となる愛媛県勢の「全国制覇」という四文字がある。

 ちょうど1年前、松井裕樹(桐光学園3年=神奈川)から今治西が22三振を喫し、「野球王国」のプライドをズタズタに引き裂かれた愛媛県民は「愛媛県勢・夏の甲子園勝率第1位」の金看板を高々と掲げる救世主の活躍を心待ちにしている。

 いや、もう安楽智大を「救世主」というには失礼だろう。彼は全てを背負う覚悟を既に持っている。

「自分たちが初戦で負けて、大阪桐蔭さんが2つ勝つと愛媛県の夏甲子園勝率が2位に落ちるので、そこは何とかしたいと思います。そして、夏の雰囲気に飲まれず甲子園の観衆をどよめかせるストレートを投げたいです。愛媛の皆さんには『安楽対策』と言って頂いて、(今治工業戦では)154キロがファウルされ、153キロもはじき返されて空振りを取れる場面が少なかった。でも、それを乗り越えて自分は成長できたので、甲子園では育ててもらった皆さんのためにも成長した姿を見せたいと思います」

 目指すのは、どんな場面でも平常心を保ち、野球王国の矜持を守る「不動明王」。その道を安楽智大はひたすらに進んでいく。

<了>

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著者プロフィール

1971年、福井県生まれの東京都東村山市育ち。國學院久我山高→亜細亜大と進学した学生時代は「応援道」に没頭し、就職後は種々雑多な職歴を経験。2004年からは本格的に執筆活動を開始し、07年2月からは関東から愛媛県松山市に居を移し四国のスポーツを追及する。高校野球関連では「野球太郎」、「ホームラン」を中心に寄稿。

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