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韓国のW杯出場が「むなしい理由」
内容が悪くても意味をなさない批判

試合後は一触即発の雰囲気に

最終戦でイランに敗れ、うなだれるキム・チャンス(赤)。W杯出場は決めたものの、後味の悪い結果となってしまった
最終戦でイランに敗れ、うなだれるキム・チャンス(赤)。W杯出場は決めたものの、後味の悪い結果となってしまった【Getty Images】

 誰も喜ばないワールドカップ(W杯)出場決定。そんなものは初めて見た。過去にもこの先にもあるだろうか。18日に行われたブラジルW杯アジア最終予選A組の最終節。韓国はホームにイランを迎え、0−1で敗れながらもW杯出場を決めた。イラン、ウズベキスタンとの三つどもえとなった最終節では、韓国は3位のウズベキスタンとは勝ち点3差で首位に立っていた。得失点差でも優位に立っていたため、たとえ1点差で敗れても、3位のウズベキスタンが6点差以上で勝たない限り、本大会出場は決まるという状況だった。

 

 この日のイラン戦は、「ここまでいろいろあったけど、勝ってW杯出場を決めて忘れましょう」という意義のある試合だった。その点では先日の日本のW杯予選、オーストラリア戦と状況は似ていた部分もあった。しかし、それはかなわず最悪な形での本大会出場となった。

 

 試合当日のスタジアムの雰囲気は「ピリピリ」というよりは「高揚感」に近かった。試合前のシュート練習時から盛り上がる韓国サポーター。日本でも報じられた、前日までの両国の挑発合戦は現場では牧歌的なものにも見えた。バックスタンドに陣取ったイランサポーターとの間に緩衝地帯が設けられず、記者席ではイラン記者団が記念撮影する風景も見られた。

 

 しかし試合後は一転、淀んだ空気感が漂った。試合直後、イランのケイロス監督が韓国ベンチに向け挑発のポーズを取ったため一触即発の雰囲気に。国旗を持ってビクトリーランするイラン選手にスタンドから無数のペットボトルが投げこまれた。ゲームは他会場とキックオフ時間を合わせるため21時(日本時間)に始まったが、終了後の韓国の本大会出場セレモニーには1割程度の観客しか残らなかった。なぜこんな事態に陥ったのか。

イランをパワーで迎え撃った韓国

 この日の韓国は4−4−2の布陣で臨んだ。GKにはチョン・ソンリョン、DFは左からキム・チウ、キム・ヨングォン、キム・ギヒ、キム・チャンス。MFはボランチにチャン・ヒョンスとイ・ミョンジュ、左にソン・フンミン、右にチ・ドンウォン。最前線にイ・ドングク、少し下がった位置にキム・シンウクが入った。

 

 イランをパワーで迎え撃つという狙いは明らかだった。194センチのキム・シンウクを筆頭に前線と2列目はすべて185センチ以上の選手が並んだ。特にキム・シンウクの頭を狙ったロングボールを繰り出すやり方は徹底していた。前半は韓国の攻勢が続いたが、13分、21分、41分とゴールに迫るも決め切れない。結果、イランに逆襲を許してしまった。60分、センターバック(CB)キム・ヨングォンが相手の縦パスに対し判断を誤り、グーシャネジャドに体勢を入れ替わられると、そのままペナルティーエリア右に抜け出され、左足でファーサイドに決められた。66分にイ・グノ、74分にキム・ボギョンとスピードとテクニックのあるサイドアタッカーを投入。さらにキム・シンウクをターゲットにした攻撃を激化させた。しかし、76分、87分とゴールに迫るが、得点には至らず。痛恨の敗戦となった。同時刻にキックオフしたウズベキスタン対カタールは、ウズベキスタンが5−1で勝利したため、結果的には得失点差で1上回りギリギリの突破となった。

「韓国代表は変わっていかないといけない」

 MFの人材不足。6月に戦ったW杯予選3試合に限っていえば、不振の原因がそこにあったのは明らかだ。よってキム・シンウクを狙うロングボール主体のサッカーに頼らざるを得なかった。

 チェ・ガンヒ監督は警告累積で6月の初戦レバノン戦(アウエー)を欠場するキ・ソンヨンをメンバーから外す思い切った判断をした。ク・ジャチョルも負傷明けのコンディション不調を理由に招集しなかった。36歳のベテラン、キム・ナミルをサプライズ招集し、3戦を集中して戦う体制を作ったが、結局臀部(でんぶ)の負傷などもあり初戦だけの起用にとどまる。最終戦では五輪代表から昇格したパク・ジョンウも警告累積となると、特にボランチの構成に問題が生じた。最終戦では代表キャップ2のイ・ミョンジュと、自身「はじめてのポジション」というチャン・ヒョンスを起用せざるを得なかったため、ロングボール頼りも致し方ない面があった。試合後、ほとんどの選手が取材エリアを素通りするなか、イ・チョンヨンは試合後、「韓国代表は変わっていかないといけない」と口にした。

吉崎エイジーニョ

1974年生まれ、北九州市出身。大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)朝鮮語科卒。『Number』で7年、「週刊サッカーマガジン」で12年間連載歴あり。97年に韓国、05年にドイツ在住。日韓欧の比較で見える「日本とは何ぞや?」を描く。近著にサッカー海外組エピソード満載の「メッシと滅私」(集英社新書)、翻訳書に「パク・チソン自伝 名もなき挑戦: 世界最高峰にたどり着けた理由」(SHOPRO)、「ホン・ミョンボ」、(実業之日本社)などがある。ほか教育関連書、北朝鮮関連翻訳本なども。本名は吉崎英治。

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