14万人の『武豊』コール! キズナ劇的V差し 秋の目標は凱旋門賞、父ディープの分まで
武豊&キズナがダービーV、あまりにも劇的な勝利に14万観衆が大コールを送った 【写真:中原義史】
勝ったキズナは今回の勝利でJRA通算7戦5勝、重賞はGIII毎日杯、GII京都新聞杯に続き3勝目。騎乗した武豊は05年ディープインパクト以来となる歴代最多を更新するダービー5勝目、同馬を管理する佐々木晶三調教師はうれしいダービー初勝利となった。
一方、ゴール前で大逆転を許した福永祐一騎乗の3番人気エピファネイア(牡3=栗東・角居厩舎)は、半馬身差の悔しい2着惜敗。さらに1馬身1/4差の3着には勝浦正樹騎乗の8番人気アポロソニック(牡3=美浦・堀井厩舎)が入線。なお、2番人気の皐月賞馬ロゴタイプ(牡3=美浦・田中剛厩舎、C・デムーロ騎乗)は3着からハナ+ハナ差遅れの5着に敗れ、二冠はならなかった。
「今回はどうしても勝ちたかった」
狭い進路をこじ開け、大外から一筋の矢のような差し脚! 【写真:中原義史】
「いやあ、懐かしいなと思いましたね(笑)。でも、スタンドを見ると、ファンの方が本当に喜んでいるように見えましたし、そういった嬉しそうなファンの顔を見ることができて、本当に嬉しかったですよ」
検量室に戻ると、横山典弘が満面の笑顔で真っ先に武豊に抱きつき、同期の蛯名をはじめ各ジョッキーが次から次と握手を求め、祝福した。
やはり、大舞台が最も似合う男だ。競馬ファンもきっと、このシーンをずっと見たかったに違いない。そんな思いと後押しが、皐月賞馬を抑えての1番人気という評価にも表れていた。1990年代から2000年代半ばまで当たり前のようにダービーでも上位人気に乗ってきた武豊だが、1番人気馬に乗るのは05年のディープインパクト以来8年ぶり。ダービー勝利もそのディープインパクト以来途絶えていた。それどころか、自身の成績の下降に比例するように、ここ2年は見せ場も作れず2ケタ着順の惨敗に甘んじていた。
「個人的なことですが、ここ数年は成績が落ちて、なかなかいい結果が出なくて苦しかった。でも、自分も負けずに一生懸命やってきたから、キズナという素晴らしい馬と巡り合えましたし、ずっとダービーを目標にしてきて、こうして答えが出せて本当に良かったですね」
シビアな勝負の世界に身を置く者として、「実力の世界ですからね、全員がいい結果を出せるわけではない」と、冷静に自らの現状も受け止めていた。しかし、あの“武豊”がこのまま終わるわけにはいかない。
「今回はどうしても勝ちたかった」
キズナのデビュー2戦目までコンビを組み、現在は落馬負傷のため療養中の佐藤哲三のためにも、その後任として自分を指名してくれた前田晋二オーナーと佐々木晶調教師、そして1番人気に推してくれたファンのためにも負けるわけにはいかなかった。
「あまり決めていなかったんですが、もう4回もキズナに乗っているので、自分の感覚を大事にして乗りました。ポジションよりも、馬とのリズム、走りを重視しました」
そう振り返った道中は後方から3番手のポジション。前残りの傾向があったこの日の馬場状態を全く無視するような大胆な位置取りこそ、人馬の絶対的な信頼の表れ。ちぐはぐな競馬で5着に敗れた3月GII弥生賞のコンビはもうそこにはいなかった。
しかし、そんな中にも「枠も1番でしたし、きょうの馬場だと外はあまり回れないなと思っていたので、いかにロスなく、気分良く走らせるか」と、天才の緻密なハンドリングは見逃せないところだ。
そして迎えた最後の直線。ここで武豊は満を持してキズナを外へと持ち出すが、「前の馬がフラフラしていて」と前方が壁になり、進路がふさがれてしまう。絶体絶命かと思われたが、甦った天才ジョッキーには迷いも気後れもなかった。あるのは、ただ前へ、その一念のみだ。
「あの場面は僕も引けないところ。馬もよく応えてくれました」
馬1頭分あるか、ないかの狭い箇所に勇気を持って突っ込み、力でこじ開けた先に広がっていたのは栄光のダービーロード。上がり3Fの末脚は破格の33秒5。大外から一筋の矢のように伸び、いったんは抜け出していた福永エピファネイアをゴール前で測ったように差し切った。この瞬間、“飛ぶ”と評された武豊&ディープインパクトの姿を、キズナと武豊にダブらせたファンも多かったことだろう。
「嬉しかったですね。最高に嬉しかった。ディープインパクトの子でダービーを勝てたのは本当に嬉しいですし、ファレノプシス(1998年桜花賞を武豊騎乗で勝利)の弟で勝てたことも嬉しいです」
凱旋門賞登録は完了、あとは正式決定を待つのみ
14万人の大コールに応える武豊、秋は凱旋門賞が目標だ 【写真:中原義史】
「とにかく、武豊君がダービーを勝ったのが良かった。彼は競馬界の至宝ですからね。本当に絵になる男だよ。きょうはパドックからユタカ君にはすごいオーラがあったからね(笑)」
キズナに対しても「生まれた時からオーラが違う」と別格の扱いをしているだけに、キズナのオーラと武豊のオーラと、佐々木晶調教師の目にはこの日、2倍以上のオーラに満ち溢れていたコンビに映ったことだろう。
そして、目標にしていたダービーを勝ち、新たに生まれた大きな目標は、世界一を決める伝統の芝レース、凱旋門賞(10月6日、フランス・ロンシャン競馬場2400メートル)だ。会見の席上では明言こそしなかったが、「やっぱり3歳が有利なレースだし、行くなら、ステップはフォア賞じゃなくて、札幌記念あたりがいいと思っている」とトレーナー。すでに登録は済ませており、オーナーも「凱旋門賞は武豊騎手で」と答えている。あとは正式なGOサインを待つのみだ。
武豊にとって忘れられないのが、06年の凱旋門賞。ディープインパクトで3位入線(その後、禁止薬物検出のため失格)と敗れ、その時から心に誓っていたことがある。
「ディープインパクトが凱旋門賞で負け、彼が引退したとき、ディープの子でいつか凱旋門賞に出たいとずっと思っていました。実現すれば嬉しいですね」
今後は鳥取県の大山ヒルズで放牧に入り、つかの間の休養となるキズナ。ひと夏を越えた第80代ダービー馬は、どれほどのパワーアップを遂げて帰ってくるのだろうか。そして秋のフランス、父ディープインパクトが果たせなかった日本競馬界の夢を追い、武豊とキズナがロンシャンの芝で“飛ぶ”姿を目に焼き付けたい。