北島康介の泳ぎに変化、完全復活なるか=競泳日本選手権で見えた課題

田坂友暁

北島は日本選手権100メートル平泳ぎで優勝。世界選手権のリレーメンバーに選ばれたものの、課題が明らかになった 【写真:北村大樹/アフロスポーツ】

 泳ぎにいつもの覇気がなかった。軽快さも見られず、どこか重たい印象が拭えない。前日練習の取材では、記者たちの前でも「自分に自信をつけたい」「不安はあるが、楽しんで泳ぎたい」と控えめなコメントが多く、絶対的な練習量が足りていないことがうかがえた。

 それでも100メートル平泳ぎ決勝では、前半の50メートルを28秒45のトップで折り返し、隣のコースで泳いでいた200メートル平泳ぎ世界記録保持者・山口観弘(志布志DC)の追撃を100分の3秒差でかわして、1分00秒78という平凡なタイムながら優勝した。しかし翌日の50メートル平泳ぎは「本来の力の半分も出せていない」と自身が語るように、28秒05の5位に沈んだ。この2つの結果は、まさに北島康介(アクエリアス)の状態を表している。からくも4×100メートルメドレーリレー要員として、世界選手権(スペイン・バルセロナ)の代表権を得たが、北島の課題を明確にするレースだった……。

上半身の力で身体を引きずるような泳ぎ

 11〜14日の4日間、新潟・長岡のダイエープロビスフェニックスプールで行われた競泳の第89回日本選手権。現役続行を表明してからたった3カ月という短い準備期間で、北島がどんな泳ぎを見せ、どんな結果を残すのか。そして世界選手権の代表切符を手にできるのか、大きな注目を集めた。

 北島の持ち味は抵抗の少ない姿勢を維持できること。ストロークをしているとき、キックをしているときでも腰の位置が水面近くで常に安定し、効率良く推進力を生み出す。そのためボディーポジションが高く、水によく浮いている。呼吸時に上半身を起こしたときでも、水面と上半身の角度が浅く、常に前傾姿勢で重心を前方に持っていくことができる。もちろん、ストロークやキック単体の技術も高いのだが、そのテクニックを泳ぎ全体に生かし、トータルで良いバランスと絶妙なタイミングで泳ぐのが北島であり、それを支えているのが『低抵抗の姿勢」と『高いボディーポジション』『スムーズな重心移動』の3つの要素なのだ。

 今大会の北島の泳ぎには、これらの要素が足りなかった。調子が良いときは、呼吸後にキックを打つ瞬間、背中から腰のあたりが少し丸くなって前傾姿勢になるタイミングがあり、ここでスムーズに重心移動が行われる。この重心移動も腰の位置が安定し、ボディーポジションが高いからこそできる芸当である。

 しかし100メートル平泳ぎ決勝で見せた泳ぎは、真逆と言ってもいいほどだった。身体が沈み、腰の位置が安定しないために重心移動がうまくできない。それどころかストリームライン姿勢のときに、北島の持ち味であった水面と平行に近い低抵抗の姿勢がとれない。前面から大きな水の抵抗を受けてしまい、思うようにキックで推進力を得られない。蹴っても進まず、上半身の力だけで必死に身体を引きずるように泳いでいた。

“戻そう”とせず、テクニックの変化で調整

 重心移動ができるからこそ、流れるような泳ぎができて、低抵抗の姿勢が作れるからキックの推進力を最大限に生かすことができる。北島本来の軽快さと、1ストロークで誰よりも長く、気持ち良く水中を進んでいく泳ぎはすっかり影を潜めてしまった。だが、この身体を引きずるような泳ぎも、考えがあっての対応だった。

 腰の位置が安定せず、ボディーポジションが下がってキックの推進力を得られないことは、北島にとって致命的だ。しかも、ボディーポジションの高さは日々のトレーニングとレース前の調整がうまくいって、身体の調子が整ってこそ得られるものなので、一朝一夕での修復は不可能に近い。普通の選手なら、何とか今まで通りのフォームに“戻そう”とする。身体の調子や状態をテクニックに合わせる調整法だ。実はそれが焦りと力みを生み出して、泳ぎのバランスがさらに崩れて修正不可能になりやすい。

 北島は泳ぎを“戻そう”とはせず、自分の現状の100パーセントを出し切るための泳ぎを見つけ出そうした。つまり、今の体調や筋力などを総合的に判断した身体の状態に合わせて、ストロークやキックといった細かいテクニックを変化させて調整するのである。

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著者プロフィール

1980年、兵庫県生まれ。バタフライの選手として全国大会で数々の入賞、優勝を経験し、現役最高成績は日本ランキング4位、世界ランキング47位。この経験を生かして『月刊SWIM』編集部に所属し、多くの特集や連載記事、大会リポート、インタビュー記事、ハウツーDVDの作成などを手がける。2013年からフリーランスのエディター・ライターとして活動を開始。水泳の知識とアスリート経験を生かした幅広いテーマで水泳を中心に取材・執筆を行っている。

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