高橋大輔がつかんだ成功体験 SP首位からの精神コントロールで優勝=GPファイナル

野口美恵

「他の選手のことは考えない、自分の仕事に集中」

“課題”にぶつかりながらも、日本男子初の優勝を勝ち取った高橋(中央)。長光(左)、モロゾフ両コーチと、喜びを分かち合った 【坂本清】

 そして迎えた、ロシア・ソチでのGPファイナル。SPで、今季初となるクリーンな4回転を降り、世界王者パトリック・チャン(カナダ)を凌いで首位発進となった。すると会見で、チャンが「大輔とまだ3点差だし、最終滑走じゃないほうが滑りやすい!」とあおり、18歳の誕生日をむかえた羽生結弦(東北高)も「まだ5点差。(羽生が7.85点差で首位だった)NHK杯SPの大輔さんに比べたら楽な心境。まだまだ挽回できる」とたきつける。2人があからさまに闘志を見せるなか、高橋はこう話した。

「得点や順位じゃなく、今日は4回転を降りたということが良かったです。(SP)一番は予想してなかったので、明日はすごく緊張すると思う。このプレッシャーをどういう風に持っていけるか、良い経験にしたい。他の選手のことは考えずに、優勝のことも考えずに、僕の演技、自分の仕事をどこまでできるかに集中したい」

 そして翌朝。公式練習では、試合ではまだ組み込まない4回転ルッツを練習するなど、孤高の精神状態を見せた。「試合の公式練習はベストコンディションなので、先を見据えての練習という意味です」とサラリと言ってのけるほど、落ち着いていた。

「緊張感に勝てなかった」それでもつかんだ優勝

 フリーは、羽生が4回転を1本成功、1本は2回転となる形で、首位に立っていた。最終滑走の高橋に大きなミスがなければ優勝、ミスが多ければ羽生の優勝、という局面だ。
「本当にすごい緊張感でした。(ファイナルで)久しぶりの最終6番滑走。でも自分が望む所に行きたいのなら、これはどこかでこないといけない経験」。そう誓うと、フリー本番の氷に降り立った。

 冒頭の4回転は転倒。しかしそこで気落ちせず、2本目の4回転をクリーンに成功させた。その後も、今季やや調子を落としているトリプルアクセルの着氷が詰まり気味になるなど、小さなミスはあったが、最後のコレオシークエンスでは、スピード感と雄大さの溢れる、自信にみなぎった滑りを見せた。
「(4回転の)1本目で降りたと思ったらコケたり、まさかの2本目を降りられたり、トリプルアクセルで上がった瞬間にヤバイと思っても耐えたり……。でもそれ以外は不安なく、落ち着いてできました。結局は(フリー3位で)緊張感に勝てなかったけれど、緊張を受け入れることはできたかなって思います」

 フリーは羽生に0.01点差の3位にとどまるも、総合269.40点で優勝。ノーミスの演技とまではいかなかったが、踏ん張りが優勝につながった。

「自分自身に勝つためには、周りを知ることは大事だが、知った上で周りに左右されずに自分を保つことが大事。自分の演技をしなければ、周りを気にしても勝てない。だからメンタルの持って行き方として、『自分の演技をする』という発言を繰り返して、自分をその状態に持っていこうとしたんです」

 冷静に自己分析する高橋。この経験は1年2カ月後、この同じロシア・ソチの会場に戻って来た時、必ず成功体験として脳裏によみがえるはずだ。

<了>

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著者プロフィール

元毎日新聞記者、スポーツライター。自らのフィギュアスケート経験と審判資格をもとに、ルールや技術に正確な記事を執筆。日本オリンピック委員会広報部ライターとして、バンクーバー五輪を取材した。「Number」、「AERA」、「World Figure Skating」などに寄稿。最新著書は、“絶対王者”羽生結弦が7年にわたって築き上げてきた究極のメソッドと試行錯誤のプロセスが綴られた『羽生結弦 王者のメソッド』(文藝春秋)。

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