勝者にあった団結と自信、そして王者のプランニング=『ラ・ロハ スペイン代表の秘密』ユーロ2012版

スペインとイタリアを分けた差

フィジカルコンディションで上回ったスペインは狙い通りの戦いでイタリアを撃破。デル・ボスケの連覇へのプランニングは大成功を収めた 【Getty Images】

 王者のプランニングだった、ということだろう。あちこちで「スコアは2−0。イタリアは手も足も出ない」と言っていたので、スコアは当たらなかったが、内容は的中してうれしい。
 大差を予想した理由はいくつかある。

 まず、フィジカルコンディションに差があったということ。1日早く準決勝を戦ったスペインは中3日の休養、イタリアは中2日。開幕後1カ月あまり、事前の合宿期間を加えると40日ほどと疲労がたまっている終盤の1日の差は大きいが、それに加えてイタリアのピークの持って行き方に疑問があった。敗れたプランデッリ監督は「グループリーグの時は100%に近い状態だった」と語っている。引き分け(1−1)でも、スペインを内容で上回ったグループリーグ初戦では、明らかにイタリアの動きが良かった。

 6試合勝利すれば優勝と短期決戦ながら大会期間は3週間半あり、当然アップダウンがある。優勝候補相手とはいえ初戦で100%に仕上げてイタリアは大丈夫か、と思った。過去、ユーロやW杯では猛烈なスタートダッシュをしたチームが息切れすることがよくあった。大会前に八百長絡みのスキャンダルがあり、パスサッカーへの転換期という不安もあって、スタートダッシュで勢いをつけ飛び出すしか方法がなかったのかもしれない。

 対して、スペインはスロースターターとなるしかなかった。合宿開始はイタリアと同日の5月21日だったものの、国内カップ戦を25日に戦ったバルセロナとアスレティック・ビルバオのメンバー9人の合宿入りは6月1日。どうしても、ピークは後ろに持ってくるしかなかったのだ。決勝前の段階でスペインのベストゲームは準々決勝のフランス戦(2−0)。この時は動きが良くパスが軽快に回った。準決勝のポルトガル戦はPK戦にまでもつれ込んだものの、延長戦で足が止まったポルトガルの選手に対し、スペインの選手の動きは鈍らなかったどころか、むしろ良くなった感があった。

 そして、ピーキングに差があったからこそ、グループリーグ初戦の再現とはならない、と考えていた。しかも、初戦で使った3バックというイタリアの奥の手はすでにサプライズではなく、セスクの“偽センターFW”という実験は5試合の実戦を経てフィットし始めていた、と戦術面での状況もあの時とは違う。

 決勝の両チームのフォーメーションについては、疲れていてドイツ相手の快勝で自信をつけたイタリアは3バックではなく、たぶん強気の4バック、一方のスペインは試合時間が長引くほど有利だからボール回しで消耗させることを優先にゼロトップだ、と見当をつけた。

 以上、決勝に臨む両チームの状況を整理するとこうなる。
 スペイン:フィジカルコンディションで上、パス回しで消耗を狙う、偽センターFW&ゼロトップはフィットしている。
 イタリア:疲れから回復し切れていないかも、90分で決着を狙う、ドイツを破った自信、3バックは研究されており4バックで来る。

 となると、決勝戦はボールの奪い合いになり、スペインがボール支配でイタリアに遅れを取るわけがない。そうして、体力の差を加えた両チームの優劣は出だしの10分間ではっきり分かる、と思った。この時間帯にスペインが軽快にパスを回して、イタリアがボールを求めて奔走するという形が見られれば、たぶんそのままスペインが圧勝する、というのが、わたしの予想だった。

前半スペインの支配率が低かった理由

 ふたを開けてみると、イタリアは前からプレスをかけてきたが、スペインは最初のCKを6分に獲得、最初のシュートを9分に放ち、14分に先制してしまった。その後、スペインがイージーミス(セルヒオ・ラモスのトラップミス、アルベロアのパスミス)を連発し、イタリアは15〜30分の間にCKを3つ獲得、シュートを4本打った。唯一、この15分間がイタリア優勢の時間帯だった。

 が、その反撃ムードも41分にシャビとジョルディ・アルバのコンビから2点目が入って消えることになる。たった2人によるカウンターが成立したところに、先に失点してしまっていたイタリアの焦りが見て取れた。“パスに専念されたら奪えない、時間を使われるだけ”という恐れは、スペインを相手とするすべてのチームに共通するものだろう。クライフが言うように、ボールがなければ攻められない。スペインは相手のボールをなくす、ことに関しては世界一なのだ。

 ところが、この印象と矛盾するような数字が出た。前半のスペインのボール支配率は47%とイタリアを下回ったのだ(90分を通じてはスペインの52%)。圧倒的にスペインが攻めている印象なのに、ボールをより長く保持しているのはイタリア――。なぜか?

 これは前回の対戦で痛い目に遭いかけたカッサーノと調子を上げているバロテッリ、フィニッシュ以外のイタリアの攻撃のすべてと言えるピルロを抑えることが、重要課題となっていたため。その方法は単純、人数をかけてマークしスペースを埋めること。その傾向が、先制点を取れてイタリアが前に出て来なくてはならなくなったことで、さらに極端になった。遠慮なく人数をかけしっかり守ってカウンターでとどめを刺せばよい、と。その思惑は、ジョルディ・アルバの追加点で的中した。

 後半イタリアがカッサーノを代えてきたのは意外だったが、腰の負傷でプレー時間に1時間という制限があったらしい。代わって入ったディ・ナターレは、51分にこの試合、イタリアの最大のチャンスを迎える。モントリーボのスルーパスの直前にスペインDFがオフサイドトラップを試みるものの、ジョルディ・アルバが後ろに残ってラインを壊す。飛び出したディ・ナターレはフリーでカシージャスの5メートル前。が、一瞬早くカシージャスが前に出てアングルをなくし、セーブする。大会MVPの声もあった(MVPはイニエスタ)カシージャスは、機会は少なかったものの、集中を切らさず確実に止められるものを止めた。結局、あのイタリア戦での1失点が6試合で唯一の失点となった守備の堅さが、スペイン優勝の原動力であり、その中でのカシージャスの役割は大きかった。

 試合はその10分後、交代で入ったばかりのチアゴ・モッタが負傷退場。イタリアが10人になった時点で終了した。その後、トーレスとマタがきちんと追加点を決めて、ユーロ決勝では最大得点差の4−0で試合は終わった。イタリアには気の毒だったが、ああいう時に手加減しては失礼だ。

デル・ボスケの手腕際立つ

 大会を通してみれば、デル・ボスケの名将ぶりが目立った。偽センターFW&ゼロトップがフィットしていくプロセスと、フィジカルコンディションを上げていくプロセスをきっちり一致させ、決勝にピークを持っていったのはさすが。最初から連覇を目標とし、逆算しプランニングしただろう。優勝候補ならでは、だ。

 対してプランデッリの方は本命でなかったことの悲しさか、決勝までの長い道筋が描けていなかったようだ。決勝前日会見では「練習する余力はなく、ドイツ戦の準備はビデオを見るだけだった」と漏らしている。準決勝前にすでに疲労困ぱいだったのだ。

 デル・ボスケについては、“ボールを持ったカテナッチョ”と言われたボールを保持しつつも攻撃に比重をかけない、「退屈」と言われていたスタイルを、最後に一転させた手腕も見事だった。決勝のスペインを見て、「つまらない」とか「攻撃的ではない」と批判する人はいないだろう。最後に結果を内容と両立させてみせ、スペインは文句の付けようがない史上初のユーロ連覇国、「ユーロ→W杯→ユーロ」の3連覇国となった。

文/木村浩嗣

<了>

『ラ・ロハ スペイン代表の秘密』(ソル・メディア)

『ラ・ロハ スペイン代表の秘密』ミゲル・アンヘル・ディアス著、木村浩嗣訳 定価:本体1,680円(税込)/ソル・メディア 【ソル・メディア】

スペイン代表、全面協力のベストセラーが日本上陸! EURO2008、2010年W杯を制し、サッカー界の頂点に立った“ラ・ロハ”ことスペイン代表。あの“ダメ代表”がなぜいきなり無敵になったのか? カシージャス、シャビ、イニエスタら中心選手や、監督、スタッフの証言によって明かされる、驚くべきチームの舞台裏。なぜラウールは外されたのか?“ボールを持って動かす”スタイルを確信した試合とは? チームを結束させた賭けトランプの部屋とは?

スペイン代表と親交の深い著者が長期に渡る密着取材とチームの全面協力を得て執筆。今年4月スペインで発売され、たちまちベストセラーとなった本書を海外サッカー週刊誌『footballista』編集長・木村浩嗣が翻訳。プロローグはカシージャス、エピローグはビージャが特別寄稿!

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著者プロフィール

国内唯一の海外サッカー週刊誌『footballista(フットボリスタ)』。欧州から南米まで、世界のフットボールシーンの日常を現地直送でお届け。EURO2012も総力を挙げて徹底レポート。毎週水曜日、全国の書店・コンビニエンスストア・駅売店で発売中。350円(税込)/48ページ/オールカラー。iPhone、iPad、各種Android端末対応のデジタル版も好評配信中

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