井川はなぜ“NYの球史に残る失敗”なのか

杉浦大介

“アメリカで投げ続けたい”という思い

 それでも今の井川は、「アメリカ野球をメジャーだけでなくマイナーまで知ることができたのは大きかった」とポジティブに語る。
 筆者が取材したこの日も、マイナーならではの8時間のバス移動の末にトレントンに戻って来たばかりだった。チーム事情によって2Aと3Aを行き来した6、7月には、両チームの日程の都合でロード戦が続き、なんと25日連続で一度もニューヨークの自宅に帰れないこともあったという。
 球界を代表する投手だった日本時代には考えられない雌伏の日々。中継ぎが中心の今季は成績も2Aと3Aを併せて3勝2敗(防御率3.68)と平凡なままである。しかしはた目には厳し過ぎるように思えるこれらの経験の後でも、メジャーを「夢」と語る井川の「アメリカで投げ続けたい」という思いに変わりはない。

「アメリカに残らせてもらえるなら残りたい。もちろんオファーがなかったら他の場所でやりますけど、すべては契約の条件次第。ヤンキースみたいにチャンスをもらえないのであれば厳しいですよね。しかし例えマイナー契約でも、結果を出せば上に上がれるのであれば、チャンスだと思ってアメリカでやります」

NYでの失敗がメジャーでの失敗ではない

今季春季キャンプでの井川。あと3カ月でヤンキースとの契約が満了となる 【写真は共同】

今回の取材の過程で、「井川は入ったチームが悪かったよね」と呟いた関係者が何人かいた。確かにヤンキースほど即座の結果が求められないチームであれば、待遇は少しは違ったはず。高給を受け取っての華やかな名門チームへの入団が、まだ準備不足だった井川の首を結果的に締めてしまった感もある。
 前述した『ニューヨーク・タイムズ』の記事内にも、「ヤンキースとの契約さえ満了すれば引き取り手はあるのでは」といった趣旨の元パドレスGMの言葉が掲載されていた。長いイニングを投げられる左腕は常に貴重な存在。それだけに、金銭などの条件にこだわらなければ今オフにも契約オファーはあるかもしれない。

 これから先に何があろうと、井川という名の「Spectacular Failure」がニューヨークの球史から消えることはない。
 だがその一方で、「ニューヨークでの失敗」が「メジャーリーガーとしての失敗」ではないことは、過去に松井稼頭央(メッツから放出後にロッキーズでワールドシリーズ進出に貢献)を含む多くの選手が証明している。そしてヤンキースから抜け出しさえすれば、少なくとも再挑戦権は手に入る。

 ヤンキースとの契約満了まで、あと約3カ月――。その後、井川はメジャー挑戦・第2章をスタートさせることができるのだろうか。そして長いマイナー生活の中でも明るさは失わない元エース左腕は、遠くなったメジャーのマウンドで躍動する自身を、いまだ鮮明に思い描くことができているのだろうか。

<了>

2/2ページ

著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント