マルケッティのプリズン・ブレイク

 フェデリコ・マルケッティは1シーズンも干物にされていた。ブッフォンの後継者とも言われたGKが、昨季はただの1試合も出場しなかったのである。

 フェデリコ・マルケッティはベニスに近いバサーノ・デル・グラッパという街に生まれた。インドアの自転車競技で有名なところだ。トリノのアカデミーでサッカーを始めたが、特に才能に恵まれているとは見なされず、ベルチェリ、クロトーヌ、トレビーソといった小さなクラブでプロとしてのキャリアを始めた。2007−08シーズン、セリエBのアルビーノレッフェでプレーしていた。マルケッティの活躍もあって、チームはセリエA昇格のプレーオフまで進んだが、昇格はできなかった。しかし、その活躍が認められてカリアリへ期限付きで移籍することになった。50パーセントの保有権をカリアリが買い取るという、まるでブラジルのような移籍だった。

 セリエAでの最初のシーズンは好調だった。メディアや専門家にも高く評価され、とりわけジャンルイジ・ブッフォンが自分の後継者として指名したことで注目された。10年2月1日、カリアリはアルビーノレッフェに残っていた保有権を買い取って、マルケッティの完全移籍が成立する。同じ年にイタリア代表のマルチェロ・リッピ監督から招集され、ワールドカップ(W杯)・南アフリカ大会のメンバーにも選出された。W杯ではブッフォンが初戦のパラグアイ戦で負傷退場した後のゴールを守って無失点だったが、続く2試合では4失点と不満足な結果に終わった。

 W杯の後、マルケッティは中位のカリアリから、より上位のクラブへの移籍を考えていた。チャンピオンリーグ(CL)予備選に出るサンプドリアが候補として浮上し、契約寸前までいったが実現しなかった。マルケッティは『ガゼッタ・デッロ・スポルト』紙に対して、サンプドリアへの移籍が実現せず、いかに残念に思っているかを語ったのだが、これをカリアリへの侮辱と受け取った人物がいた。カリアリのマッシモ・セリーノ会長である。彼は「マルケッティは移籍マーケットに出す」と言いながら、移籍話をことごとくつぶし、さらにメンバーから外して試合に全く出場させないという仕打ちを実行した。

 移籍市場が閉まると、マルケッティにはどうすることもできなくなった。会長が考えを変えて、出場機会を与えてくれなければどうにもならない。そして、それは決して起こりそうもなかった。
「土曜日と日曜日が一番つらかった。試合に呼ばれないのは分かっていたから、映画館かビーチに行っていたよ。1人でランニングをしていると、たまに子供たちが一緒に走ったりして、何だかロッキーになったような気分だったね」(マルケッティ)

 冬の移籍市場が開くと、マルケッティは移籍できると信じていたが、結局実現せずに、さらに5カ月も無為にカリアリで過ごすことになった。1シーズン、マルケッティを干し続けた会長もついに根負けしたのだろう。プレーしない選手に給料を払い続けるのにも我慢の限界を越えたようで、マルケッティの移籍を承諾した。トルコのガラタサライへ移籍が秒読みとされるネストール・ムスレラの後釜として、マルケッティはラツィオへ迎えられることになった。ミランがぎりぎりで横取りを企てたが成功せず、7月5日に520万ユーロ(約6億円)の違約金で移籍が決まった。これでコンスタントにプレーできるようになるだろうし、イタリア代表のプランデッリ監督も彼の様子を見ることができる。

 今回の件で、カリアリの会長の行いをどうみるか。ファンが見たいと望むような選手でも、1シーズン“凍結”することはできると分かった。そうなったとき、移籍を希望する選手にとっては意志がすべてだ。通常、クラブは移籍したがっている選手は売ってしまう。ほかの選手へいい影響を与えず、モラルの低下につながる恐れがあるからだ。セリーノ会長の仕打ちは、意志の力で“牢獄(ろうごく)”を抜け出せるということをかえって世間に知らしめたといえるかもしれない。

<了>
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著者プロフィール

1965年10月20日生まれ。1992年よりスポーツジャーナリズムの世界に入り、主に記者としてフランスの雑誌やインターネットサイトに寄稿している。フランスのサイト『www.sporever.fr』と『www.football365.fr』の編集長も務める。98年フランスワールドカップ中には、イスラエルのラジオ番組『ラジオ99』に携わった。イタリア・セリエA専門誌『Il Guerin Sportivo』をはじめ、海外の雑誌にも数多く寄稿。97年より『ストライカー』、『サッカーダイジェスト』、『サッカー批評』、『Number』といった日本の雑誌にも執筆している。ボクシングへの造詣も深い。携帯版スポーツナビでも連載中

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