ザッケローニジャパンのセットプレーを検証する

清水英斗

スロワーに対するマークが効いていない

スロワーをマークする選手がいないと、ワンタッチで戻したボールをフリーで持たれて押し込まれる 【池田書店】

 準決勝の韓国戦、そして決勝のオーストラリア戦では、日本はかなり押し込まれる時間帯が長かった。なかなかボールを奪えず、また、奪ったボールをビルドアップにつなげられる回数も少なかった。この状況に対する処方せんの一つを、倉本氏が提唱する。
「すべての時間帯ではないのですが、相手のスローインに対する守備で、スロワーに対するマークが効かない場面が目立ちました(図4参照)。相手チームは投げたボールをワンタッチで返すだけで、スロワーがフリーでボールを持つことができます。特に日本の左サイドで多く見られたと思います。本来ならば、相手のレシーバーに対するマークを持たない選手が、レシーバーに対する挟み込み、そしてスロワーに対するマーク、どちらにも行けるポジションを取るのがセオリーです(図5参照)」(倉本)

スロワーへ素早くプレスをかけることで、相手の攻撃を押し返すチャンスを得る 【池田書店】

 スローインには、投げる選手が1人、ピッチの外に出るので、ピッチ内は10人対11人で攻撃側が数的不利になるという原則がある。そこでオランダが生んだ天才ヨハン・クライフはこう考えた。「スローインはいちばんうまい人間が投げるのが良いだろう。投げた本人がフリーになりやすいからだ。わたしが投げるから、ワンタッチでわたしに返すように」と。スロワーがフリーでボールを持てば、そこからパス展開、裏へのスルーパス、クロス、ドリブルなどやりたい放題。守備はズルズルと下がらざるを得ない。
 そこで現代サッカーでは、このクライフの考え方を防ぐために、スロワーをマークする人間を置き、スロワーにもプレッシャーを掛けるのがセオリーである。最低でもバックパスをさせれば、それに合わせて味方がディフェンスラインを上げることができ、全体がズルズルと下がらずに済む。こうした対応をより明確に徹底することで、準決勝と決勝の展開を、もう少し押し返すことができたのではないだろうか。

セットプレーを学ぶことは、プレー解釈を向上させる

 本コラムで、ザッケローニジャパンのセットプレー分析を担当していただいた倉本、藤原両氏は、スペインで指導を学んだあと、現在は日本へ帰国。育成年代の指導者を務めている。
「日本で指導をしていて感じるのは、セットプレーをきちんと練習できているチームが少ないということです。もちろんその理由はわたしにも分かります。セットプレーの練習は、運動量が確保できない、関わる人数が少ないなどのデメリットがあります。そのため、育成年代では特に避けられる傾向があるのではと思います。しかし、わたしはこう考えています。『プレー解釈を学ぶためのセットプレーを教えよう』と。細貝の詰めにおけるポジショニングは、スピードに乗ってボールを受けるためのタイミングの取り方を学ぶことができます。相手キッカーの利き足によって壁の位置を変えるのも、キックの軌道原理とクロスへの対応を学ぶことができます。スローインへの守備も同様です。プレーをどのように解釈すれば、正確な判断ができるのか。その能力は流れの中のプレーにも生きます。わたしたちは勝負にこだわることももちろんですが、選手がサッカーの原理原則を理解するための教材として、セットプレーに取り組んでいるのです。デメリットについては、練習のやり方次第でいくらでも克服することができます」(倉本)

 サッカーは自由度の高いスポーツである。常にピッチの中を、ボールと22人が動き回っている。ゴールが決まったときも、その原因は一つではなく、流動的なエッセンスが複雑に絡み合うため、「サッカーは難しい」という印象を与えることも少なくない。
 そこでセットプレーの利点が生かされる。インプレー中には難しくて理解できないことでも、「止まった状態」でパズルのように表示されていれば理解できることも多い。感覚としては、詰め将棋(限られた状況で王将を詰める、将棋のルールを元にしたパズル)によって、将棋そのものの実力が上がることにも似ている。本コラムでは、ザッケローニジャパンのセットプレー分析を行い、3つのセオリーを紹介したが、サッカーの原理原則を学ぶという意味でも、お楽しみいただければ幸いである。

<了>

攻守のセオリーを理解する サッカーセットプレー戦術120

倉本和昌(スペインサッカー協会公認レベル3コーチ)・藤原孝雄監修 清水英斗著 定価:1,500円+税/池田書店 ISBN978-4-262-16344-4 【池田書店】

「ゴールの3割はセットプレーから生まれる」
 実際にこれはスペインの調査機関によって立証されており、守備戦術が発達した現代サッカーにおいて、その重要性は日に増して高まっている。拮抗した試合ではセットプレーの成否により、勝敗を分けることも少なくない。だが、こうした事実にもかかわらず、日本ではセットプレーが軽視される傾向にあると監修者の倉本和昌氏と藤原孝雄氏は指摘している。
 特に育成年代でその傾向は顕著で、セットプレー戦術=大人のプロサッカーで行われる駆け引きと解釈される風潮があるようだ。

 本書ではこの認識をあらためると同時に、セットプレー戦術を学ぶ利点を解説する。なぜセットプレーが必要なのか。セットプレーを成功させる秘けつは何か。基本から裏テクニックまでを大公開する。

倉本和昌/kazuyoshi KURAMOTO
1982年生まれ、広島県出身。高校卒業後、指導者の勉強と本場のフットボールを体感するためバルセロナに留学。その間にさまざまなカテゴリーの監督を務め、スペイン人相手に悪戦苦闘。2006年夏より純血主義を貫くアスレティック・ビルバオの育成について学ぶためビルバオへ移住。09年には地元チームでU−13の監督をしながらスペインリーグ2部B、FCバラカルドでスカウティング係を兼任。同年スペインサッカー協会公認上級ライセンスを日本人最年少で取得

藤原孝雄/Takao FUJIWARA
1976年生まれ、兵庫県三木市出身。大学卒業後、神戸で5年間プロコーチとして働いた後、06年よりスペインへ。サンタンデールのユースを率いて日本人監督初となるリーグ制覇を経験。チームをスペインユース2部リーグへ昇格させる。その後マドリーの名門レガネス(過去にカメルーン代表のエトー選手が在籍)を経て、スペイン4部ラス・ロサスのヘッドコーチとして再びリーグ制覇を経験。2010年度より姫路獨協大学サッカー部、男子部コーチ、獨協蹴鞠団監督、女子サッカー部のコーチに就任

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著者プロフィール

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合の深みを切り取るサッカーライター。著書は「欧州サッカー 名将の戦術事典」「サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術」「サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材では現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが楽しみとなっている。

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