皆川と佐々木、悪条件に消えた日本アルペンの悲願

田草川嘉雄

大舞台には似つかわしくないコース

今回はレース以外の部分で話題となることが多かった皆川賢太郎。シーズン前半のスランプを脱しきれず、五輪の舞台でも彼本来の滑りができなかった 【田草川嘉雄】

 バンクーバー五輪の男子スラローム(回転)は、この大会のアルペン競技男女10レース中、もっとも厳しい条件のなかで行なわれることになった。前日から降り続く雨まじりの雪は、この日の朝になっても止むことなく、むしろその勢いを増して空から落ちてきた。気温は標高985メートルのスタート地点でさえ、プラス1.9度。ゴール地点では3.9度もあった。前日の女子スラロームまでは、何とか硬さを保っていたレースコースも、さすがにこの雨と気温ではもちこたえられず、春を思わせるざくざくの状態。選手のインスペクション(試技)終了後、急きょコースに水を入れ、さらに雪面硬化剤を散布して何とか雪面を固めたものの、五輪という大舞台には、およそ似つかわしくないもろく軟らかい悪条件。レースは始まる前から波乱の予感を漂わせていた。

 日本からは、佐々木明(エムシ)と皆川賢太郎(竹村総合設備)の二人が出場した。ともに今季のワールドカップでは苦しい戦いが続いていたが、佐々木は1月半ばから徐々に調子をあげてカナダ入り。一方の皆川はなかなか本来の滑りを取り戻すことができず、不安を抱えてのスタートとなった。レースの4日前に行なわれた記者会見でも、「目標はあくまでも金メダル。そこだけはぶれずに行きたい」と強気を崩さなかった佐々木に対して、皆川は、「今回はメダルとの距離は離れているかもしれないが、とにかくこのコースで自分のベストを出し切りたい」と慎重な発言に終始していた。

明暗分かれた1本目

1本目大健闘の14位につけ、さらに上位をめざして勝負に出た佐々木明。しかし、中間付近で致命的なミスを犯し、合計タイムでは18位に終わった 【田草川嘉雄】

 1本目、二人の明暗は分れた。27番スタートの佐々木は、荒れたコースを果敢にアタックした。中間付近の緩斜面に立てられた、ヘアピンからヘアピンの難しいコンビネーションも巧みに通過。ここは多くの選手が失敗した個所だが、「身体が動くので自然に対応できた」と納得の滑りだった。

 皆川のスタート順は39番。コースはすでに相当に荒れていたが、あえてギャンブルに出た。このスタート順からは普通に滑っても好タイムは望めない。リスクを背負ってでも冒険する以外に、上位進出は望めなかったからだ。この選択は決して間違いではなかっただろう。しかし、賭けは凶と出た。スタート直後、ヘアピンを抜けた後の細かいリズムの旗門構成に対応できずコースアウト。わずか10秒足らずで、皆川賢太郎の五輪は終わった。

 皆川は本来、ギャンブルに出るタイプのレーサーではない。厳しい練習を積み重ね、自分の理想とする滑りをしっかりと作り上げ磨き上げてからレースに臨む。そして本番では、少し安全のマージンを残しつつ理想の滑りを『表現する』のが、皆川のスラロームだったはずだ。しかし、今回はそれができなかった。理想の滑りをするにはスタート順が遅すぎたし、そもそも彼自身が求めるレベルまでには仕上がっていなかったのではないか。選択は間違っていなかった。しかし、それしか選択の余地がなかったことに、今回の皆川の苦しさが透けて見える。

2本目もアタックに出た佐々木

優勝は、イタリアのジュリアーノ・ラッツォーリ。1本目のリードを守り切り、アルベルト・トンバ以来、イタリア男子に22年ぶりのアルペン金メダルをもたらした 【田草川嘉雄】

 佐々木は2本目、再び果敢なアタックに出た。シーズン半ばまではなかなかアタックモードに入らず、本人もフラストレーションをためていたが、ようやく思い切った勝負に出られるようになっていた。中盤付近の短い急斜面の出口で、彼は一気に加速しようと直線的なラインをとった。ここでスピードに乗れば、続く緩斜面でタイムを稼ぐことができるからだ。しかし、このアタックは裏目に出た。緩斜面の最初のターンでエッジが流れてしまったのだ。スピードは急激に落ち、ほとんど止まりかけた。上位進出、あわよくばメダルを狙った勝負は、ここで終わった。もがくように緩斜面を抜け、急斜面を駆け下りたが、タイムは平凡なものだった。順位を4つ落として、合計タイムでは18位。ゴールでは悔しさを爆発させた佐々木だが、平静を取り戻すとこう言った。
「結果には満足していないが、周囲に支えられてここまで来れたことには、納得している」

 皆川が4位に入りメダルまでもうあとわずかまで迫ったトリノ五輪から4年。けがやスランプに悩まされながら、再びめぐってきた五輪の大舞台は、それぞれに複雑な思いを残して終了した。佐々木はソチ五輪への意欲を語り、皆川は現時点では去就を明らかにしていない。だが、旅はまだ続く。トリノ後の日々を詳細に検証し、次の4年につなげる努力を、今、日本のアルペン界は求められているといえるだろう。
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著者プロフィール

1956年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、スキー専門誌編集部勤務。98年よりフリーランスのライター&カメラマンとしてアルペンレースを取材する。著書に岡部哲也のレース人生を描いた『終わらない冬』(スキージャーナル)がある

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