田口がメジャーで示した存在感=Uターン組が日本にもたらす影響は?

出村義和

2006年、カージナルスでワールドシリーズ優勝を果たし、チャンピオンズリングを受け取る田口 【Getty Images】

 田口壮が9年ぶりに日本球界に復帰、古巣オリックスと2年契約を交わした(1年目の1軍登録日数が8割を超えれば自動的に2年目が保証される)。これで今オフのメジャーリーグからのUターン組は城島健司(阪神)らと合わせて5人目となる。復帰の事情はそれぞれ異なるが、過去に例のなかった大量のUターン組の出現は、日本球界にかつてなかったようなインパクトを与えるような気がする――。

 その中でも注目されるのは田口である。2002年のカージナルスを振り出しにフィリーズ、カブスとチームを変え、メジャー8年間で672試合に出場、打率2割7分9厘、19本塁打、163打点を残した。イチローのように記録を達成したわけでもなく、松井秀喜のように派手な活躍でメディアをにぎわせたこともない。しかし、田口には何といっても2度のワールドシリーズ優勝の経験があり、ビッグネームとはひと味違ういぶし銀的な存在感がある。

あらゆる役割でチームのワールドシリーズ優勝に貢献

 02年2月、田口はカージナルスのキャンプ地、フロリダ州ジュピターにいた。まだ野手組が集合する数日前のことである。サブグラウンドに一緒にいたのはメジャー2年目のアルバート・プホルスと、ゴールドグラブ賞の常連ジム・エドモンズだった。マシンのボールをひたすら打ち、かごからボールがなくなれば3人で拾い、黙々と打ち続ける。

「日本で10年間やっても、こっちでは1年目ですからね。みんなが来る前にしっかり準備をしておかなくては」と、彼は生真面目(きまじめ)にいった。
 しかし、開幕メジャーはかなわず3Aからのスタート。6月にはメジャー昇格を果たすが、わずか4試合で降格。8月には2Aに落とされた。

「とうとうこんなところまで来ちゃいましたよ」と、田口は自嘲(じちょう)気味に言った。名門イェール大学がなければ、全米にその名を知られることのないような町、コネチカット州ニューへブン。取材に訪れたその日、街外れにある古びた球場で、1000人にも満たない観客の前で彼はそれでも腐ることなく1番打者として2本の安打を放った。
 2年目には8回裏に守備固めで起用され、9回表に打順が回わったところで代打を出されるという屈辱的な場面に遭遇したこともあった。それでも、愚痴をこぼそうとはしなかった。
 田口はそうやってメジャーリーガーとしての地位を少しずつ固め、06年のワールドシリーズ優勝に大きく貢献することになる道を歩んでいった。地味ながらも、走攻守全てにおいて06年のカージナルスには「田口壮」という選手が必要とされていた。レギュラーが故障したときにはその穴埋めの先発出場。代走、代打、守備固め、あらゆる起用に応えるプロフェッショナル。実際、優勝パレードの日、現役最多勝監督のトニー・ラルーサはセントルイス市民を前にしたスピーチで、真っ先に田口の名前を挙げて貢献をたたえた。

 08年、移籍したフィリーズで田口は再びワールドシリーズ優勝を味わう。しかし、シリーズには一度も出場のチャンスを与えられなかった。それでも、チャーリー・マニエル監督は選手として田口を高く買っていた。
「ウチは彼のような控え選手がいるからこそ強いんだよ」

好影響はオリックスだけにとどまらずに…

オリックスへの入団会見で笑顔を見せる田口壮 【共同】

 そういう選手がオリックスに戻ってきたのだ。田口は入団会見の席上、次のように言った。
「再び強いチームにするための一つの歯車になれるなら、これ以上幸せなことはありません」

 戦力的にはもちろん、8年間のメジャー生活で培われた野球に対する姿勢や技術、経験は有形無形のプラスを生むに違いない。それは、おそらくオリックスというチームの枠にとどまらないだろう。

「アメリカ野球のいいところ、そして考えさせられる部分、同時に日本野球の素晴らしさや、アメリカが日本野球から学ぶべきものなどが見えてきた」と、自身のホームページで語っている。

 野茂英雄が約30年ぶりの日本人メジャーリーガーになって以来、日米間のハードルはチャレンジャーが出てくるたびに確実に下がってきた。そして、今度は田口のようなUターン組によって、精神的な距離はさらに縮まり、ハードルそのものも一段と下がるに違いない。日米両コミッショナーの間で取沙汰(ざた)されている“リアル・ワールドシリーズ”の実現に向けた動きと連動する現象の一つとしてとらえてみると、彼らの動向はよりいっそう興味深くみることができそうだ。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。長年ニューヨークを拠点にMLBの現場を取材。2005年8月にベースを日本に移し、雑誌、新聞などに執筆。著書に『英語で聞いてみるかベースボール』、『メジャーリーガーズ』他。06年から08年まで、「スカパー!MLBライブ」でワールドシリーズ現地中継を含め、約300試合を解説。09年6月からはJ SPORTSのMLB実況中継の解説を務めている

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