新潟、「地方の星」からJの強豪へ=躍進を支える変化と不変

浅妻信

意外な選手起用がもたらしたもの

現在の躍進は、鈴木監督らが築き上げてきた新潟のサッカーのたまものでもある 【Photo:アフロ】

 3トップへのシステム変更による効果は、もちろん守備面だけに限った話ではない。今季のシステムは、メンバーの特徴を生かした上で、攻守の速い切り替えから高い位置でボールを奪うという、新潟のプレースタイルにばっちりはまっていた。

 例えば、矢野貴章。指揮官より、右サイドという新しいエリアを与えられた矢野は、まるで自分のために用意されたシステムであるかのように、シーズン当初から躍動し続けている。代表戦での矢野のプレーしか知らない人は、ぜひ新潟の試合が行われるスタジアムに足を運んでほしい。そして、チームメートから「アフリカ人選手並み」と評されているスピード、跳躍力、あるいは最大の魅力であるハードワークぶりを見てほしい。代表での彼が、その持ち味の半分も出していないことに気付くはずだ。

 一方の左サイド。ともに前所属クラブでは、守備力の問題から干されることが多かったというペドロ・ジュニオールとジウトンをあえて並べている。流動的な2トップでの守備に比べて、3トップでの守備は役割がはっきりしている点で、ペドロもやりやすくなったことは間違いない。そして何より、守備力は弱いが、スピードと縦への突破力のある2人を並べることにより、相手をどんどん後ろに引かせることができる。まさに「攻撃は最大の防御」という発想。実際、役割が明確化されたことで、スピードと体の強さを生かしたペドロのフォアチェックは強力な武器となった。短所を補うよりも、ストロングポイントを前面に打ち出して、それをプラスに変える。見事な逆転の発想である。

 攻守の速い切り替え、特にスピードアップのタイミングという点でも、今季の新潟は目を引く。「良い攻撃の前には、必ず良い守りがあるし、良い守備をするには、良い攻撃が必要なのだ」とは、FCバルセロナのグアルディオラ監督の言葉だが、これは今季の新潟のサッカーにも見事に当てはまる。遅攻から、突破力のあるペドロにボールが渡った瞬間の、攻撃のスピードアップ。マルシオの爆発的なチェイシングを合図とした、守備全体のスピードアップ。守から攻、攻から守の切り替えの速さ。そして仕掛けるタイミング。
 それらを司るのが、新潟の至宝マルシオ・リシャルデスだ。その才能について、本間はこう語っている。

「マルシオは本当に天才。今のJ1でも彼に並ぶ選手は絶対いない。試合中でも、味方ながらそのプレーに見とれてしまうことがあるくらい」

最大の要因は、ブレないこと、変わらないこと

 このように、4−3−3システムへの変更は、新潟に劇的な変化をもたらすこととなった。だが、実は新潟躍進の最大の要因は(いささか逆説的ではあるが)ブレないこと、変わらないことにあると思う。

 今季、システムを変更したとはいえ、鈴木監督就任以来、いや前任の反町監督以来、一貫しているのは、チーム全体のハードワークと、攻守の切り替えの速さである。特に鈴木監督の場合、チームのプレーモデルが明確で、確固たるサッカー観を持っている。だから、何か特別なことをしたというよりも、単純な日々の積み重ねの結果と見るべきだろう。前線から、チーム全員が連動して積極的にボールを奪い、速く攻める。ダメなら作り直す。攻守の切り替えを速くする――。
 元アルビレックス新潟の選手で、現在、新潟市議を務める梅山修氏は、練習で指揮官が見せていた姿勢について、こう回想する。

「淳さんのトレーニングは本当にブレなかった。負けが込んでも、点が取れなくても、周囲の雑音に惑わされることなく、自分たちはこう戦うという姿勢は首尾一貫していた。そして、それはトレーニングにも反映されていた。自分たちがやっていることに自信があったのだろうし、選手も目指すサッカーが明確だったので、やりやすかった」

 確固たるプレーモデルとビジョンを持ち、それを継続させているチームは、時間はかかるかもしれないが、いずれは強さを備えることができる。このあたり、耳の痛いチームも多いかもしれない。

ジュニア世代も共有する新潟のサッカー

 最後に、かつて報道された「地方の星」の現在(いま)について触れて、本稿を締めくくりたい。
 99年にJリーグ入りした新潟も、今年で11年目のシーズンを迎える(J1では6年目)。観客動員については、一時の爆発的な勢いは衰えたが、それでも毎試合安定して3万人を超える観衆が集まるクラブというのは、欧州でも決して多くはないだろう。そんな中、終了間際でドローにされた川崎フロンターレ戦の試合後は、ロスタイムにジウトンが選択したプレーや鈴木監督が切るべきだったカードをめぐって、至るところで喧々諤々(けんけんがくがく)の議論がなされていた。結果よりも戦術が話題になるなんて、数年前の新潟では考えられなかったことだ。

 また、筆者はサッカー指導者の端くれとしてジュニア世代を教えているが、普段の生活の中でも、サッカーがしっかりと根付いていることが実感できる。例えば一昔前ならば、サイドバックは(子どもたちが嫌う)守備のポジションとして、彼らの頭の中で色分けされていた。ところが「内田(潤)のようにサイドでゲームメークして、攻撃に積極的に絡むように」という指示を与えると、子どもたちはたちまち合点して、そのようにプレーしようとする。

 もうひとつ、例を挙げよう。マルシオ・リシャルデスは、どの子どもたちにとってもあこがれだが「マルシオも試合中ミスをいっぱいしているよ」と言うと、子どもは怪訝(けげん)そうな顔をする。しかし「マルシオはミスをしても、必ず走って自分で取り返すから、ミスをしたと気付かれないんだ」と説明すると、子どもはそこで攻守の切り替えの速さの大切さを簡単に理解してくれる。どの子もアルビレックスの試合を見ているから、全員がイメージを共有できている。もっと言えば、地域のトップチームであるアルビレックスのサッカーが、一番下のカテゴリーでも垣間見ることができるのだ。

 良質なサッカーが日常的に見られる中で、ゆっくりとではあるが、チームを取り巻く環境も成長し、それがまたチームを見守り、包みこんでいる。新潟の好調さは、魔法のレシピによるものではなく、そんな当たり前の生活の積み重ねの上にあるのではないだろうか。

<了>

2/2ページ

著者プロフィール

1968年生まれ。新潟市出身。関西学院大学大学院法学研究科前期課程修了。不動産鑑定士として活躍するかたわら、地元タウン誌ほかにコラムを執筆。また、北信越リーグ所属ASジャミネイロの監督としても活躍中

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント