【レポート】全国強化責任者会議/47都道府県の強化責任者が集結。競技環境・育成システムのあるべき姿等を議論
【JAAF】
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開会に際して、日本陸連の田﨑博道専務理事が登壇。この会議の位置づけについて、冒頭で「2018年から、情報提供中心だったそれまでの形態から、中央競技団体である日本陸連としての取り組み方針や課題認識を説明し、その実現と解決の方向性を、加盟団体・協力団体の皆さまと意見交換させていく場となるよう工夫を進めてきた」と述べることから挨拶を始めた田﨑専務理事は、4年ぶりに対面での開催が実現した今会議で予定している議題と、それぞれの意図や目指したい事柄を紹介したうえで、特に、山崎一彦強化委員長によって指針が説明された「育成期における競技環境・育成システムのあるべき姿」に関して、日本陸連はじめ陸上競技にかかわる者が置かれている状況や、「なぜ、議論を行い、問題解決に対応していく必要があるのか」などを、次のように説明しました。
スポーツ界を取り巻く環境は、加速度を増して変化している。陸上界も同様で、携わっている人々がそれぞれの役割において、問題解決に取り組んでいるが、この激変のなか、待ったなしとなっている課題に対しては、これまでの延長線上を超えるスピーディーな対応が求められている。
日本における青少年スポーツは、学校教育によってしっかりと支えられ、その強い基盤の上に発展してきた。陸上競技は、その代表というべき存在と言える。しかし、基盤は、強固であればあるほど作り直すのは容易ではない。その結果、時代の変化とともに、制度や仕組みが実情と噛み合わなくなってくる側面も出てくる。
「制度疲労」という言葉もあるが、私は、環境の変化を敏感に、的確に捉え、常にスピード感を持って戦略的に対応していけば、制度や仕組みが実情と噛み合わず、うまくいかなくなることはないと考えていて、もし、制度疲労が起きているとすれば、それは制度を作って運用している我々の問題だと捉えている。
例えば、400mや400mハードルの種目について、育成期での負荷の大きさを鑑み、この時期はスピードを磨き、将来の適性を見定めることに主眼をおくべく、2022年の国体から、両種目に代わって300m、300mハードルが導入された。その検討に際しては、この強化責任者会議をはじめ、さまざまな場面で侃々諤々と意見を戦わせたと聞いている。そうした議論を経ての勇気ある決断が、未来のアスリートのいっそうの輝きを引きだしていくことを、強化にかかわる誰もが確信していると、私は理解している。
また、アスリートや競技会運営者の安全に直結する暑熱への対応は、今や待ったなしの状況となっている。サッカー協会は、「来年から7・8月には主催大会を行わない」と宣言した。屋外競技の代表といえる陸上が、どのような判断をしていくのかは、陸上にかかわっている者だけでなく、社会全体が注視していること。問題が起きたらどうするかではなく、起きないようにするにはどうするのかが重要。まさに陸上への信頼に直結する局面にある。
この課題は、実際に陸上競技大会の運営に当たっておられる全国の陸協、実業団、学連と、陸上にかかわるすべての人々が一体となって対応していかなければならないこと。なんのためにある制度・ルールなのかを問い、変えることに躊躇してはならない。スポーツにおけるインテグリティーとは、スポーツにかかわる我々の取り組みや行動に寄せられる期待に応えていくことでもあると思っている。
陸上がその魅力を失わずに、存在価値をいっそう高めていく原動力となるのは、アスリートの活躍。北口榛花選手の例からもわかるように、トップアスリートの輝きは人の心を動かし、社会を動かしていく。今回行う「育成期における競技環境・育成システムのあるべき姿」に関する検討は、そうしたトップアスリートを増やしていくための、まさに「ど真ん中の議論」ともいえる。本会議は、加盟団体および協力団体の強化責任者が一堂に会して議論する唯一の場。明日に繋がる議論、会議が終わったら次の行動に移れるような結論を目指して、皆さんと一緒に進めていきたい。
こうして始まった会議は、用意されていた以下の議題に沿って、進んでいきました。
1)2024年度主要国際競技会報告
・パリオリンピック大会活動報告
・リマU20世界選手権大会報告
2)2024年11月以降の強化体制について
3)陸上競技連盟の強化方針について
4)競技者育成について(議論/発表)
5)2025年度主要競技会日程について(https://www.jaaf.or.jp/files/upload/202412/2025calendar.pdf)
6)第81回・第82回国民スポーツ大会実施種目(案)について
7)味の素ナショナルトレーニングセンターの使用について
8)アンチ・ドーピング研修
9)その他
オリンピックという大きなサイクルがひと区切りしたタイミングということもあり、オリンピックを含めた国際競技会の報告や総括、11月から新しい任期がスタートした日本陸連強化委員会の体制や組織図が共有されました。今回のレポートでは、山崎一彦強化委員長が「陸上競技連盟の強化方針」というテーマで論じた内容の報告を中心にご紹介していくことにします。
陸上競技連盟の強化方針
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今回、山崎強化委員長は、その点を踏まえつつ、ビジョンにも示されている2028年に開催されるロサンゼルスオリンピックに向けた「Load to LA 2028」の強化にあたって、まず、「私たちが考えていきたいこと」の背景となる事柄を、次のように述べていきました。
◎日本の育成段階における現状
中学校部活動の地域移行などをはじめとして育成期におけるスポーツを取り巻く環境やさまざまな構造が変わろうとしている。それによって、私たちが予想もできないようなことが起こる、もしくは、最悪と思っていることが起こってしまう可能性もある。それを未然に防いでいきたい。
また、私たちのプライドとして、陸上競技が日本のスポーツを牽引していく立場でありたいと思っている。昨今では、日本の陸上競技は、育成からすべてがシステマチックにできている、また、選手たちがそのあと育っているという評価を受けている。これを止めないように、さらに向上できるようにしたい。
◎「世界で認められるアスリート」とは?
「あなたの選手がメダルを獲るためには? あなたの選手が入賞するには? あなたの選手が日本代表になるには? あなたの周りの選手が日本代表になるには? あなたの選手がずっと活躍するには?」、どういう陸上競技にしていけばいいのかを考えていきたい。
強化委員会では今、「世界で活躍する確固たる実力者を強化していく」ことを目指して取り組んでいる。世界で活躍する確固たる実力者とは、オリンピックや世界選手権というだけの価値観ではなく、年間を通してダイヤモンドリーグで活躍していける選手、世界で他の選手たちと当たり前のように勝負していくことのできる選手のこと。そうした、もう一つ上のステージで、日本の選手が認められる存在となることを目指している。
「陸上選手として、世界で認められる」とはどういうことか。海外の人々は、日本選手は国内だけで活躍しているという先入観があり、日本で良い記録を出していても、残念ながらそれを評価してくれない現状にある。これを覆すためには、世界選手権やオリンピックだけの価値観ではなく、日本の選手たちが年間を通して、ダイヤモンドリーグをはじめとする国際舞台で活躍していけるようになることが必要。
◎育成期の強化に必要となる考え方
育成期の強化では、異なる2つのことを考えながら進めていくという高度な対応が求められる。一つは、システムをつくって、きちんと枠のなかに入れて育成していくこと。選手たちは、そのシステムのなかに入って取り組むことで、確実にレベルを引き上げることができる。もう一つは「とんでもないすごい人」を発掘して、さらに伸ばしていく、後押ししていくこと。育成期では、この2つをやっていくことが必要となる。
システムとしてつくられた枠が強固になればなるほど枠から外れにくくなるため、枠に収まりきらないすごさを持つ人を育成する際に難しさが生じる。しかし、その枠がなければ、そもそもの育成が進んでいかない。明快な解決方法はないが、そういうすごい選手が出たときに、どう育てていくかを、置かれた環境に応じて考えていけるかどうかが、指導者の技量になると考える。
各都道府県における強化は、発掘や育成も含み、非常に大変なことであると思うが、一人でも多く、日本代表クラスまで持っていっていただけるようであってほしい。母数が多いとか、インターハイで活躍しているチームがあるとかでなくても、日本代表選手は出ている。むしろ規模が小さなところのほうが枠は外しやすいかもしれない。逆に、強固な枠があるところこそ、どうやってその枠を外してくかを考えていかなければならない。
◎一流選手に降りかかる環境要因を鑑みた育成方法論を考える
日本の競技者が世界挑戦をすると、国内では経験したことのないような環境負荷がかかる。日本国内における育成期の競技会やトレーニング環境は、実は非常に水準が高く、また効率化されており、日本の競技者にとってはそれが当然となっているが、そのことが逆に世界へと足を踏み出した際には足かせとなり、対応できるようになるまで数年のラグが生じたり、対応できないまま終わってしまったりするケースが多いのである。こうした状況に対応できるようになるためにも、育成の段階で団体行動や普段と異なる環境で競技に取り組む経験は必要。日本陸連では育成年代のうちに海外遠征を行うなど、さまざまな環境負荷を経験することに投資していこうと考えている。
このほか、海外アスリートにとって陸上はビジネスであること、国際的なワンデーミーティングでは一発勝負あるいは予選から自己記録に限りなく近いパフォーマンス発揮が求められること、長距離種目では大幅なペースチェンジを伴う駆け引きのなかでの勝負できる力が必要なことなど、世界挑戦を行っていくときには、国内で標準的となっている状態(実業団等でサラリーをもらって陸上に取り組む、決勝に照準を合わせて戦っていける、一定ペースでのレースやペースメーカーの存在など)とは異なる状況に置かれる。
これらに対応できるよう、日本の環境を変えるのは難しいのが現状といえる。しかし、競技者が世界挑戦をしていこうとしたときに、こうしたギャップが大きな環境負荷となって立ちはだかることを、育成年代の指導者の方々には知っておいていただきたい。
強化育成戦略指針
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1)国内競技会が国際競技会で活躍できる競技進行になっているかどうか
この点について、山崎強化委員長は、国内大会と国際大会での違いとして、①国際競技会の実際は、競技規則が定めている競技間隔とは乖離して極端に長くなっている、②トラック種目では着取りがメインになっている、の2つを提示。①では「良いパフォーマンスや出力のためには、一つ一つのパフォーマンスを上げる習慣づけが必要」「トレーニングプロセスが国際競技会で活躍できる能力と大きく異ならないようにすることが必要」「1日に何度も疲労困憊に至る高強度運動は、熱中症などのリスクだけでなく、将来的なバーンアウトを招く要因となる恐れがある」が課題となることを、②においては、「ペースを引き上げ、記録上位者でのラウンド進出を狙う戦術が成り立たない」「駅伝等で重視された一定のペース配分や安定性などの戦術が機能しないことがある」といった事態が起きることを示しました。そして、「世界レベルで活躍すればするほど、国内競技会とのギャップに苦労する選手がいる」と述べ、「日程の問題も絡むので、すぐに変えていくことは難しいが、そうした状況であることの把握は必要」と呼びかけました。また、今回、パリオリンピックにおいては、“見る人に対して、どうアプローチしていくか”に意識を向けているワールドアスレティックスが、予選で記録上位者によるラウンド通過をなくし、レペチャージ(repechage:敗者復活戦)という仕組みを採用した点を挙げ、「今後は、着取りがメインとなり、記録よりも勝負をして順位をとっていくことが求められるようになる」とコメント。「このように、少しずつ変化していることも知っておいてほしい」と述べました。
2)育成期より国際競技会へ活躍できる種目ロードマップになっているかどうか
「これは、いわゆるトップ選手に求められている要素が何かということ。例えば、跳躍種目であれば、世界レベルで戦っているためには、助走スピードを高めることが求められることになる。そうした最終到達点に求められる要素を意識したロードマップになっているかを考えなければならない」と山崎強化委員長。①育成期においてオリンピック・世界選手権等の種目戦術に基づいた戦略的な距離・重さ・高さでの種目設定を行う、②個々の適性を見極められるよう、育成期はより多くの種目への競技会参加ができるようにする、③若年層の段階で、早期高精度化を招くことがないようにする、④戦術重視で勝敗を決定づけることの優位性がないよう配慮する、の4つの留意点を示しました。
3)各連合・連盟が育成期にタレントプールへ寄与しているかどうか
山崎強化委員長は、「私たちが指針で目指しているのは、“タレント発掘”ではなく、“タレントプール”。つまり、たくさんの人たちに陸上競技をやってほしいという点」と示したうえで、「競争が激しくなればなるほど、それがなくなってしまう可能性がある」と述べました。この「タレントプール」を拡充させていくために、①競技者の安全を第一に考慮した競技会運営をする、②過酷な競技会より魅力的な競技会の運営をする、③登録者数、登録チーム数、参加チーム数などを増加させることを配慮する、の3点を提示しました。
また、「タレントプール」という点では、「私もそうだが、陸上の運営に関わっている方々には教員が多い。その立場での競技会運営は、厳正に、競技的に行うことが当たり前と思ってやってきたはず。しかし、現実は、“魅力的な大会”を、草の根レベルでやっていかなければならない状況になっている。見に来てくれた家族や陸上競技を全く知らない人が会場に足を運び、“楽しかったね”と言って帰ってくれるようなことを私たちも意識していかないと、陸上競技をやってくれる人は増えていかない」と示唆。「唯一、私たちの“発表会”といえるのが競技会。その発表会を、どう見せていくかということは、全国レベルの競技会においても、まだできていない。都道府県においても、“楽しい”“また出たい”“もっと練習して出たい”と選手が思うような、あるいは、陸上を知らない人が“陸上、いいね”と言ってくれるような大会つくりを心がけてほしい」と、日本陸連自体も大きな課題として取り組んでいこうとしている事柄に触れました。
競技会システムを変えることで陸上競技を変える
「例えば、選手が“日本一になりたい”という思いで取り組むのは当然のこと。また、私たちも情熱を持って、指導者として100%の力と気持ちで選手たちに向かうのが当たり前のことだし、そうでなければいけないと思っている。そうした気持ちがあると、練習をやり過ぎることも起きてしまうだろう。しかし、そこでいくら“やり過ぎるな”と言ったところで、変えていくことは難しいのではないか」と山崎委員長。そうした際、目指していくべき方向に行動変容させていく手段として挙げたのが、競技会のシステムを変えること。“選手の発表会”ともいえる部分を変えることによって、そこに至る過程で生じている問題を解消していこうという発想です。
「競技会のシステムを変えれば、練習方法が変わったり、求めるパフォーマンスも変わっていったりする可能性がある。“やり過ぎ”とか、“走り過ぎ”とかをあれこれ言うよりも、どうやってやり過ぎや走り過ぎにならないようなシステムにしていくかを考えていくとよいのではないかと」と話しました。そして、「少子化が進み、中学生の数が減りつつあるなか、今後、部活動がなくなっていくと、陸上に取り組む子どもはもっと減っていく。そうなると、先の“タレントプール”はさらに減っていくことが見込まれている。そのあたりも考えて、どういう構造にすればよいのか。今までの概念にとらわれることなく、みんなで柔軟に考えていくことが必要」と、構造自体を変えることで、今、育成年代の課題となっている点をクリアにしていく考え方を示しました。
競技者育成の観点から見た議論
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ディスカッションのあとには、2025年度に予定されている主要な国際競技会の日程が報告されたほか、各都道府県強化担当者にとって高い関心事となる国民スポーツ大会の至近2年の実施種目に関しても情報提供がなされました。その強化のために、利用するケースも多い味の素ナショナルトレーニングセンターの利用方法についても、留意点が改めて説明されました。
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全ての予定を終えて、最後に事務連絡が行われ、3時間強に及んだ会議は無事に終了しました。
文・写真:児玉育美(JAAFメディアチーム)
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