はるかなサフィンの道のり=全豪オープンテニス

武田薫

敗れたもののロディックと熱戦を繰り広げたサフィン。かつてフェデラーを破った男の完全復活が待ち望まれる 【Getty Images/AFLO】

 3回戦、男子ツアーの厳しさを物語る組み合わせに、メルボルンの夜は沸いた。
アンディ・ロディックは2003年の全米オープンの優勝者。昨年の同大会も準優勝し、ジェームズ・ブレークとともにアメリカを代表する第6シードだ。一方のマラト・サフィン(ロシア)は、2000年にやはり全米オープン決勝でピート・サンプラス(米国)を倒して世代交代を告げ、2年前の全豪オープンに優勝――決勝で対戦してもおかしくない2人が、3回戦で顔を合わせてしまった。

 原因はサフィンにある。05年の後半に左ひざを痛めて、約半年間、戦列を離れた。06年2月に復帰したものの、出たり入ったりを繰り返し、8月にはランキングが104位まで降下。どうにか26位まで挽回(ばんかい)したものの、この大会は第26シードでの復帰だったため、こうした組み合わせになったのだ。1回戦は、昨年の全米オープンでアンドレ・アガシに引導を渡したベンジャミン・ベッカー(ドイツ)に5−7、7−6、3−6、6−3、6−4と苦しめられ、2回戦では世界202位のドゥディ・セラ(イスラエル)に6−3、5−7、4−6、7−6、6−0のフルセットを強いられた。第4セットではあと2ポイントのところまで追い込まれるほどの苦戦だった。
「体調はいいんだ。これまでは何度も故障に苦しめられたが、いまは何の問題も抱えていない。問題は故障の影響だ」と、サフィンは大会前に話していた。

復活を待ち望まれる男の苦闘は続く

 その前、2003年の大半もひじ―肩―手首の故障で棒に振っている。故障は癒えても、緊迫した試合展開を経験してこなかったぶん、試合勘を取り戻すのが容易ではないと言うのだ。かつては癇癪(かんしゃく)玉を破裂させてラケットをたたき折ることで知られ、個性あふれるキャラクターとダイナミックなコート・パフォーマンスに、日本にもサフィンの復帰を待ち望んでいるファンは多いことだろう。2年前、準決勝でロジャー・フェデラー(スイス)を5−7、6−4、5−7、7−6、9−7という激戦の末に打ち破った記憶はいまも鮮やかに残るが、その実力者の今年の目標は「年内にトップ10に返り咲くこと」だった――男子ツアーの壁はそれほど厚く、深くなっているのだ。

 この試合、サフィンがほのめかした「ゲーム勘の不安」がところどころに見られた。
 セット・オールで迎えた第3セット、互いにサービスゲームをキープして向かえた第5ゲームの、サフィンのサービスゲーム。0−15から、サフィンはロディックのフォアサイドへのパッシングショットにダイビングして右手小指を裂傷、頭を抱えてドクターの手当てを受けた。痛みの具合、試合への影響は推測の範囲を出ないが、明らかにマイナス要因を抱え込んでしまった。実はその場面の前に、サフィンは甘いボールを打っている。甘いボールをパッシングにたたかれたため、過剰な反応になったのではなかったか。そうした反応は、試合を通してしか取り戻すことは出来ない。それ以前に、1回戦、2回戦での消耗がなければ……。敗戦にはそうした背景があるはずだ。
 それでも、ロディックとの接戦は観客を釘付けにした。天才ならではのプレーであり、男子ツアーの気が遠くなるほどの厳しさを、あらためて教えられた。

<了>
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

宮城県仙台市出身。男性。巨人系スポーツ紙の運動部、整理部を経て、1985年からフリーの立場で野球、マラソン、テニスを中心に活動。新聞メディアや競技団体を批判する辛口ライターとして知られながら、この頃は甘くなったとの声も。テニスは85年のフレンチオープンから4大大会を取材。いっさいのスポーツに手を出さなかったが、最近、ゴルフを開始。フライフィッシングはプロ級を自認する

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント