浅田真央のGP初戦を八木沼純子が解説

八木沼純子

今季初戦のスケートカナダを逆転優勝で飾った浅田真央 【Photo:YUTAKA/アフロスポーツ】

――フィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズ第2戦、スケートカナダの最終日がケベック市で現地時間3日に行われ、女子シングルに出場した日本の浅田真央(中京大中京高)は総合177.66点で、ショートプログラム(SP)3位からの逆転優勝を飾った。

 2位は、フリースケーティング(FS)でトリプルアクセルに成功した中野友加里(早大)。3位には地元カナダのジョアニー・ロシェットが入った。GPデビュー戦となった武田奈也(早大)は、6位。

 2大会ぶりのGPファイナル制覇を狙う浅田真の今季初戦について、1988年カルガリー冬季五輪代表で現在はプロフィギュアスケーターの八木沼純子さんに話を聞いた。(構成:スポーツナビ編集部)――

ジャンプをミスしても強さを見せたSP

スケートカナダ2007 浅田真央SP詳細(※クリックで拡大) 【スポーツナビ】

(SPは序盤のジャンプでミスが続いたが)最初のコンビネーションジャンプは、最初の3フリップを跳び終わった後、次の3ループに入る時に、すでに体が斜めに傾いていました。流れに沿って入ることができず、結果としては回転が終わりきる前に着氷したような感じでした。その次の3回転「ルッツ」ですが、本来は左足のエッジをアウトサイドに傾けて、右足のトゥを使って跳び上がるジャンプです。ただ、浅田選手の場合は、エッジをアウトサイドからインサイドにチェンジして跳ぶという「フリップ」と同じ形で跳んでしまう癖があって、今回は減点されました。春先から直していると言っていましたが、試合の時にまだ癖が出てきてしまうのかもしれませんね。少し気にして躊躇(ちゅうちょ)や迷いがあったのかなという気がします。

 SPでは、リンクに降りる前から不安そうな表情でした。日米対抗から2週間強が過ぎたばかり。カリフォルニア州での山火事から練習も詰めて出来なかったことも関係しているのかもしれません。それに、彼女は今、どんどん体も大きくなり、17歳という多感な時期を迎えています。今までは挑戦者として攻めて順位を上げるだけでしたが、昨季は怖さも知りました。周りに左右されて進むべき道が分からなくなってしまうこともあるような、誰もが通る勉強の時期。しかし地元を離れ外国で練習を積みながら、自分が進むべき道を考え、上がるべき階段をしっかりと上っているのは、素晴らしいこと。これらの経験が、浅田選手をさらに強くするのではないかと思います。

 プログラムの構成についてですが、今シーズンからは、ルールのマイナーチェンジによって、ステップの上半身の動き、スピンのポジションに対しての採点、ジャンプの踏み切りのエッジなどをシビアに評価されるようになっています。エッジでは減点されましたが、ステップでは今までになかったような、上半身を大きく使ってつま先まで前屈するような姿勢を多く取り入れていました。対策を踏まえた、そして浅田選手にあったプログラム構成になっていると思いました。SPの順位は3位でしたが、ジャンプで失敗をしてもそのほかの技術や表現の部分も高い評価を得ています。GPファイナルや世界選手権で総合優勝をするためには、SPでは絶対に失敗しないということが大事になるので課題は残りましたが、強い選手が出てくるほど集中ができるタイプなだけに、この先が楽しみです。

トリプルアクセルを封印したFS

スケートカナダ2007 浅田真央FS詳細(※クリックで拡大) 【スポーツナビ】

 ファイナル進出を考えてもそうですが、この大会は彼女にとって自信を取り戻して勝つための場所。優勝することがまず大切でした。FSでは、昨季まで跳んでいたトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を入れませんでしたが、4つのスピンのうち3つでレベル4(最高難度)の評価が取れたことは大きな収穫となったでしょう。また、2アクセルでも、浅田選手の場合はジャンプを跳ぶ前の姿勢、回転時の形、着氷後のスケートの伸びが素晴らしく、GOE(演技の質)で高い点数がもらえます。調子の悪い3アクセルを入れるよりも、きれいな2アクセルにして、ほかで確実に点を稼ぐことが出来ました。また、昨季のように本来は3アクセルを確実に跳べる選手なので、自分が「ここまで完ぺきに跳べる」と思っているレベルのものが今の時点で出来ないのであれば、それを見せたくはないという気持ちもあったのではないでしょうか。精神的な変化の時期にあって、恐怖心や不安と戦いながらも、3アクセルを跳びたいという気持ちを押しとどめて勝ちを確実に取りに行く方向を目指すことは、戦いにおいての戦略としても大事なこと。周りの意見と自分が目指さなければならないことを冷静に判断し、実行出来ることはすごいことだとも思います。

 初披露となったFSのプログラムですが、3回転ジャンプの種類が少ない構成でした。基礎点は大きくなかったことになりますが、反対に、多くの3回転ジャンプを入れなくても、これだけの評価をもらって勝つことができるのは、成長した証だと思います。確かに、フィギュアスケートは、最終的には質の良いジャンプを跳ばなくては勝てませんが、表現力や演技力も勝敗を大きく左右します。3アクセルを跳ばなくても他の要素で勝てるということは、フィギュアスケーターとしてさらに成長しているということだと思います。今後、シーズンの終盤に、FSのプログラムで昨季のように3アクセルを跳ぶようになって、そこにGEOのプラスポイントが付くとなると、とても強いですね。

「女王の座」君臨への道

スケートカナダ優勝から一夜が明け、記者会見する浅田真央=ケベック 【共同】

 SP、FSともに、今後一層滑り込んでいくことになると思いますが、非常に良いプログラムになっていると思います。これまでは、少女的なさわやかさ、すがすがしさが印象的でした。しかし今回はそれに加えて、大きく滑っている彼女の姿が、大人の女性のしなやかさや強さを見せていて、良い変化が表れているという印象を受けました。滑ることに対するパワーのようなものが、プログラムの端々や振り付けに見受けられます。場合によっては、振付師と選手の持ち味が合わない場合もあるのですが、タチアナ・タラソワコーチは、浅田選手が元々持っていた素質から新しい面を引き出していますね。

 ただ、シーズンはまだ序盤で、これから練習を積んで行く段階。今後は相手となるメンバーも強くなります。GPファイナルや世界選手権では、金妍児(キム・ヨナ=韓国)選手や安藤選手がいますし、アメリカのキャロライン・ザンや欧州勢も出てくるでしょう。ですから、このままではまだまだ……といったところ。この先どこまで課題を克服し、構成ポイントをクリアするだけでなく、細かい部分まで練習して、流れのあるジャンプ、淀みのないステップをすることができるか。特にFSでは、3アクセルも入れて5種類以上の3回転を入れる、という濃密なプログラムにするとなると、相当な練習が必要でしょう。それでも本人の表情を見ていると心配をしている風ではないですね。やはり昨シーズン戦って来た自信と確信があるのではないでしょうか。今回のカナダ大会では、プログラムがどう採点されるかを確認することが出来ました。これからやるべきことも見えて準備は整った、といったところなのだと思います。

 GPシリーズも2戦が終わり、各選手とも徐々に方向性が見えてきたでしょう。ルールのマイナーチェンジによって苦しんでいる選手もいますが、シーズン後半に向けてレベルアップを図りまとめていけば、さらに充実していくと思います。世界の頂点を争う戦いでは、最後に精神力が求められますが、厳しいシーズンを一つずつ丁寧に戦っていけば、おのずと結果は出てくると思います。浅田選手はそれだけの力を持っていますし「今、自分に何が必要か」ということをしっかりと感じていると思います。プログラムを見ても「勝つためのもの」を持ってきたな、という印象を受けました。彼女もまた、今は本調子ではありませんが、「新生・浅田真央」を魅せるのにも充実したプログラムです。トップに立つための細かい作業とコーチとのコミュニケーション、自分とどれだけ向き合った練習が出来るか。大変だと思いますが、この練習をやり遂げることで結果が結びついてくると思います。

<了>
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著者プロフィール

 5歳からフィギュアスケートを始め、早くから国際大会で活躍。1988年には14歳にして世界ジュニア選手権で2位となり、同年開催のカルガリー冬季五輪に出場を果たす。 そのほか、アジアカップでの優勝など、輝かしい成績を収めた。現在はプロフィギュアスケーターとしてアイスショーツアーに参加し、全国を回る一方、スポーツキャスター、コメンテーターとしてのテレビ・ラジオ出演や、スポーツ誌での執筆など幅広く活躍中。toto(スポーツ振興くじ)助成審査委員も務める。

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