拝啓、日本サッカー協会様 東京に向けA代表と五輪監督を兼任に
「リオ」の教訓を「東京」へ
メダルを目標に挑んだリオ五輪で、グループリーグ敗退に終わった日本。日本サッカー界として「リオ」で得た教訓を「東京」へ生かさぬ手はない 【写真:田村翔/アフロスポーツ】
大会を振り返ったときに「敗因」として浮かぶのは何と言ってもナイジェリアとの初戦だろう。過緊張に陥った選手たちが心理面でパニックに近い状態になって基本的なミスを繰り返す様は手倉森誠監督にとっても想定外だったとは思うが、「なぜ」そうなってしまったかは突き詰めておく必要がある。「ビッグトーナメントの初戦」が重要なのは絶対的とも言えるセオリーだが、その初戦でチームは心理面で壊滅してしまっていた。
「経験不足」があったのは確かだ。大きな注目を浴びる中で、「勝ってくれ」という思いを託されて戦うのは容易ではないし、世界大会独特の空気感もある。この世代がU−20ワールドカップ(W杯)に出られなかった影響もあれば、A代表でそうした経験を積み上げた選手が不在だったというのもあった。MF遠藤航、DF植田直通といったA代表の親善試合ではない公式大会にかすった選手もいるにはいるが、彼らにしてもレギュラーとして何かを背負った経験を持っているわけではない。アジアレベルを超えたA代表のビッグトーナメントという意味では、誰もその経験を持っていなかった。
OA選手へかかり過ぎた重圧
興梠(写真)らOAとして加わった選手たちには大きな重圧がかかった 【Getty Images】
ただ、そうした指揮官の想定以上にOAとして加わった選手たちの責任感は強過ぎたのかもしれない。特に初戦で強く感じられた気負いは、彼らのプレーから本来のクオリティーを奪っていた。ナイジェリアの英雄でもあるMFジョン・オビ・ミケル(チェルシー)が落ち着き払った立ち居振る舞いとプレーの安定感でチームを底支えしていた様子とは何とも対照的で、敗因の一つだったことは否めない。
こうなると、OAの人選がそもそも妥当だったのかという議論も出てくるが、「そもそも」手倉森監督はフリーハンドでOAの選手を選べたわけではなかった。A代表のW杯予選にエントリーする予定がなく、国内でプレーしていて、ロシアW杯を狙える年齢の選手となると、実際のところ幅はかなり狭い。今回補強した3つのポジションで言えば、国内に彼ら以上の経験を持った選手がいるかとなると、かなり難しかった。
またOA選手をもっと早くチームに加えてなじませる、戦術理解を促すことをしておくべきだったという議論もある。彼らを加えてアウェーの国際試合を経験したのが直前のブラジル戦のみでは、自信を持って大会に臨めと言っても確かに無理があった。これらの問題を個別的に解決するのは難しいだけに、東京五輪へ向けては逆転の発想が必要になってくるのではないだろうか。