3階級制覇の井岡一翔に待つ未来 「ボクシングで日本中を盛り上げる」
最後まで支配し続けた距離
試合後のこの言葉が井岡一翔(井岡)の実感だろう。22日、大阪府立体育会館第1競技場でWBAフライ級王者のファン・カルロス・レベコ(アルゼンチン)に挑んだ同級3位の井岡は2−0(116対113、115対113、114対114)の判定で勝利したが、ともに世界2階級を制した巧者同士、試合全般にわたって拮抗した攻防が繰り広げられた。
「ポイントは思ったより僅差だったが、全ラウンド集中して、ペースを握っていると思っていたので、終わった瞬間は勝ちを確信した」という井岡に対し、レベコも判定への不満を表明。勝敗を分けたのは、そのレベコも認めた井岡の距離感だった。緊迫した展開のなか、井岡は高い集中力で最後まで距離を支配し続けた。
懐の深さでレベコをリズムに乗せず
井岡ジムで19日に行われた公開練習の際にもポイントに挙げていたとおり、井岡は初回から左ジャブを軸に積極的にペースを引き寄せにかかった。ロングレンジからじっくり展開を組み立てていくのは井岡の持ち味でもある。対するレベコは多彩な左をコンビネーションで繰り出しながら、テンポの速い攻めでショートレンジに巻き込むのが常套手段だ。だが、井岡は距離をつくることでレベコの3発目、4発目の左フック、左アッパーを封じ、テンポアップを寸断した。
ジャブと連動して距離を取るステップワークも有効だったが、この日の井岡がうまさを見せたのは上体の使い方だった。やや前傾に構えた状態からレベコの打ち出しに合わせて上体を引き、懐の深さをつくる。ステップと上体の動きでパンチを空振りさせることで、レベコをリズムに乗らせなかった。その上でボディを織り交ぜながら出入りしたり、レベコの入り際に右カウンターを合わせたりと、要所の攻めでけん制もした。
叔父・弘樹から続く井岡家の悲願
「彼がやったことは本当にすごいこと。僕も頭が下がりますよ」
現役時代の1990年代にフライ級で3度、スーパーフライ級で1度の合計4度、3階級制覇に挑戦。誰よりもその難しさを知っているだけに叔父の井岡弘樹氏の言葉に実感がこもった。一翔本人もボクシングを始めた頃からの夢を達成したことに「叔父さんと僕で今回が6度目の挑戦。まだ少し信じられない気持ちもある。井岡家の念願だった3階級制覇をできて、良かったという一言では軽すぎる」と感無量の面持ち。V8王者を相手に井岡が成し遂げたのは、紛れもない偉業である。だが、今後のことを考えれば、手放しで喜んでばかりもいられない。
取り戻しつつある本来のクレバーさ
「去年の5月に負けてから、そこまで積み重ねてきたものが音を立てるように崩れていった」と井岡が振り返ったように、アムナット・ルエンロンの老かいさに持ち味を消され、プロ初黒星を喫してからの井岡のボクシングは、意識的な試行錯誤を考慮しても、どこか不安定に感じられた。筆者にとっての井岡のボクシングとは、たとえば、2011年8月のWBCミニマム級王座の初防衛戦。プロでは初お目みえとなった東京・後楽園ホールでファン・エルナンデス(メキシコ)を大差判定で退けた一戦に凝縮される。試合全般の流れ、各ラウンドの流れをまるで俯瞰しているかのように、たくみにペースを変え、主導権を握り続けた。そのとき井岡22歳、プロ8戦目。そのクレバーさ、冷静さ、戦略的なボクシングには驚くばかりだった。
ロマゴンら多士済々のフライ級戦線
世界王者となった以上、今の時代、比較の目にさらされる宿命にある他団体王者に目を向ければ、昨年9月に八重樫東(大橋)から王座を奪ったWBCのローマン・ゴンサレス(ニカラグア)を筆頭に、そのロマゴンに善戦した過去を持つWBA“統一”&WBOのファン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)、今年3月には五輪2大会連続金メダルのゾウ・シミン(中国)の挑戦を退けたIBFのアムナットと続く。この3人の中で直接対決の可能性が高いのは再戦にもなるアムナットになる。そんな直接、間接のライバル争いも「ここからまたボクシング界を盛り上げて、引っ張る存在になるように、ボクシングで日本中を盛り上げたい」と宣言した井岡も望むところだろう。トップ戦線への返り咲きを果たした井岡がこの多士済々のフライ級で輝くことができれば、3階級制覇の価値もより一層の重みを増す。
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