【ダイヤモンドアスリート】リーダーシッププログラムレポート:スペシャルゲスト福島千里に聞く「世界で活躍するために必要なスキルとは?」

日本陸上競技連盟
チーム・協会

【フォート・キシモト】

国際レベルでの活躍が期待できる資質を持つ競技者を、中長期的・多面的に強化・育成するために、日本陸連が展開している「ダイヤモンドアスリート」制度は、12月5日に認定式が行われ、第11期のプログラムがスタートしています。この日は、東京都内で認定式が開催されたあとに、1回目のプログラムとなるリーダーシップ研修を、メディアにも公開のもと、“日本女子短距離のレジェンド”福島千里さん(順天堂大学、100m・200m日本記録保持者)をゲストに迎えて実施しました。
研修には、同じ会場で実施された認定式・修了式に出席した第11期ダイヤモンドアスリートの中谷魁聖選手(福岡第一高)、北田琉偉選手(日本体育大)、永原颯磨選手(順天堂大)、今期から新設されたダイヤモンドアスリートNextage(ネクステージ)の濱椋太郎選手(目黒日本大学高)、古賀ジェレミー選手(東京高)、修了生の栁田大輝選手(東洋大)、西徹朗選手(早稲田大)に加えて、韓国合宿中のため認定式には参加できなかったダイヤモンドアスリートNextageのドルーリー朱瑛里選手(津山高)もオンラインで入って全8名が参加。選手たちと認定式・修了式でプレゼンターを務めた福島千里さん、室伏由佳ダイヤモンドアスリートマネジャー、田原陽介ダイヤモンドアスリートコーディネーターは、モニターやドルーリー選手の遠隔画面も含めて円形に向かい合う配置で座り、研修はスタートしました。

【フォート・キシモト】

今回、ゲストとして招かれた福島さんは、20歳の2008年に100mで11秒36の日本タイ記録(当時)を出し、同年の北京オリンピック女子100mに日本人として56年ぶりの出場を果たしたことで、一躍「時の人」となり、以来、「日本のエース」として日本女子短距離の歴史を塗り替え続けてきた人物です。個人種目では100m・200mで何度も日本記録を塗り替え、日本人女子として初めて100mで11秒2台、200mで22秒台に突入。100m11秒21(2010年)、200m22秒88(2016年)まで引き上げた日本記録は、どちらもまだ破られていません。

【フォート・キシモト】

日本選手権において100m・200mでそれぞれ8回優勝し、2011~2016年には6年連続で2冠を獲得するなど、国内では圧倒的な強さを示す一方で、オリンピックは2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオと3大会連続で、世界選手権も2009年ベルリン大会から、2011年テグ、2013年モスクワ、2015年北京と4大会連続で出場。世界選手権では2011年テグ大会で100mと200mで準決勝進出、2015年北京大会でも100m準決勝まで駒を進めるなど、長きにわたって「世界で戦う」ことに挑み続けてきました。
2021年シーズンをもって競技生活に区切りをつけ、その後は、指導者の道を選択。現在は、順天堂大学スポーツ健康科学部特任助教として教壇に立つとともに、同陸上競技部短距離コーチを務めています。

【フォート・キシモト】

【フォート・キシモト】

昨年に続いて今回も進行役を務めた田原コーディネーターが、まず福島さんの経歴を紹介。「今回は、現役競技者としてのキャリアを終えた福島さんに、国際大会等でどう活躍されたか、ご自身が越えてきた壁、あるいは越えられなかった壁がなんだったかなどを話していただくなかで、これから皆さんが世界に出ていくうえで、もしくは国際人として活躍するために必要となることを考え、視野を広げていく機会にしたい」と、研修をスタートさせました。

オリンピック代表になるということ

最初に、田原コーディネーターが福島さんに投げかけたのは「なぜ、オリンピックで3大会、世界選手権では4大会にも出場し、活躍を続けることができたのか?」という質問でした。
これに対して、「私自身は、自分が世界で活躍したとは思っていなくて、ダイヤモンドアスリートの皆さんの前で、話すような立場ではないんじゃないかと思っている」と福島さん。「なので、ただ単純に、世界(大会)には何回か行けたというところで、話してみたい」と、特に、日本代表として、いきなり挑戦することになった2008年北京オリンピックでの経験を、次のように話しました。

◎意識が変わったのは、代表に選ばれてから
皆さんの場合は、選ばれる前から意識を変えていこうとしているわけだが、私は、代表に選ばれて、実際に世界を見たことで、自分の意識がようやく、でも、がらりと変わった。その一番は目標設定。「世界を見たことで、日本国内での争いよりも、世界で戦うために」という新しい目標設定ができるようになった。

◎“情報”も能力
高校生のころ、世界ユース選手権(2005年マラケシュ大会、現在は実施されていない)、世界ジュニア選手権(2006年北京大会、現U20世界選手権)は経験したが、シニアでの初代表は、20歳で選出された2008年北京オリンピック。世界のことを全然知らない状態で、いきなりオリンピックの舞台に立つことになり、何を目標にしたらいいのかもわからなかった。しかし、そこで走ることによって、いろいろな情報に触れ、“今後、来年の世界陸上に向けて、どうしたらいいのか”が明確になるとともに、代表になったことで仲間ができ、さまざまな情報を知ることができるようになった。なので、私は、走るという技術的なものだけではなく、“情報も能力”だと今は思っている。自分がどれだけ情報を持っているかということは、大きな能力の一つになる。

◎オリンピック代表に選ばれると、周りの見方が変わる
初めてオリンピック代表に選ばれたときは、「お祭りみたいな感じ」。周りの見方が変わって、「代表になると一生オリンピック選手」と言われる理由がわかった気がした。私の場合は、女子100mで56年ぶりの出場ということで、よく「56年ぶりの出場ですが、どうですか?」と聞かれたが、今やっている身からしたら、56年ぶりと言われても…と困惑した。こういう質問が来ることもあるのがオリンピック。メディアトレーニングはしておくべきだと思う。

この「オリンピック出場と周囲の反応」については、今年、パリオリンピック出場を果たした栁田選手も、「世界陸上には大学1・2年で出場したが、そのときにコーチから、“世界陸上とオリンピックでは、周りの反応が全く違うぞ”と聞かされていたが、実際に、オリンピック出場が決まると、本当に違っていて驚いた」と自身の経験を披露。同じくオリンピアン(2004年アテネ大会女子ハンマー投出場)である室伏マネジャーも、戸惑いも覚えたという自身のエピソードでみんなを笑わせつつ、「でも、みんなが喜んでくれる。それは本当に幸せなことだなと思う。グラウンドの片隅で一所懸命,技術トレーニングして、誰にもこの苦しみはわかってもらえないのに、一気にそこでみんなに認知されたというか…」とコメント。一方で、ほかの大会とは比にならない多くの反応やエールの大きさゆえに、「責任の大きさも感じた」とプレッシャーを覚えたことも振り返りました。

「世界で活躍するために、何が必要か?」

続いて、「尾縣(貢)会長が、認定式・修了式の挨拶で、“ダイヤモンドアスリートは、登り方はいろいろだが、山頂を目指してほしい”と述べておられたが、その山頂の一つがオリンピックといえるかもしれない」と田原コーディネーター。“山頂への登り方を考えるうえで、何が必要になるか”をみんなで考え、共有するセッションへと移っていきました。今回採用されたのは、フリップ代わりに用意されたスケッチブックに書き込む形で、田原コーディネーターが掲げた問いに答えていく方法です。選手たちは、まず、「世界で活躍するために、自分自身に何が必要か」を考え、書き込むことに取り組みました。
問いが出されて、迷わずにパッと書く選手、字数を考えて文字のサイズやバランスを配分したうえで書き込む選手、ずっと頭のなかで考えを思い巡らせる様子を見せたうえで最後に書き込む選手、一度書いて書き直す選手などなど、そうした記入の仕方にも、それぞれの個性が感じられます。以下、各選手の書いた言葉と、その言葉の背景を、ご紹介しましょう。

【フォート・キシモト】

◎中谷魁聖「実力と安定性」
メンタル(の強さ)という部分では自信があるのだが、気持ちが前のめりになりすぎて、助走や跳躍が乱れることもある。もっともっと実力自体をつけていくことが必要。また、気持ちに左右されやすい部分があるので、ここぞというときに実力が出せることも大事だが、世界の舞台に立つためには一発の記録ではなく、(ワールドランキング)ポイントなども意識して安定性を高め、アベレージをもっと上げていくことが必要だと考えている。

【フォート・キシモト】

◎濱 椋太郎「勝ち切る力」
今年のインターハイは3位、国スポは2位と、「いいところまで行くが勝ちきれない」ことが続いた。最後のところの勝負弱さが出てしまうので、勝ちきる力が必要だなと思っている。

◎古賀ジェレミー「負けん気」
自分が所属する東京高校は、昔から「負けん気、東京」というスローガンを掲げている。勝負の世界なので、どう頑張っても負けたら悔しいし、勝ったら嬉しい。負けたときにしかわからない悔しい感情を、勝ったときも、練習のときも、ずっと持ち続けるのが競技には必要だと思っていて、自分に必要なのは、勝ちにもう少し執着できる「負けん気」なのかなと思っている。

◎ドルーリー朱瑛里「高い目標を持ち続けること」
例えば、ケガや、自分にとって大きな壁になっていることがあったときに、高い目標を持ち続けることで、自分が目標としている立ち位置を見失わずに、持ち続けることができ、その結果、競技にも全力で取り組むことができると思っている。

◎永原颯磨「強さ」
長距離種目では、レース展開が毎試合違ってくる。「レースは生き物」と言われるように、オリンピックに出ようと思えば参加標準記録を出せばいいが、その先を考えると、速いだけでは勝てないと感じている。今年も日本選手権に出場して、実業団のベテランの選手とかと対決してみて、それをすごく感じた。いざというときに、速いだけでなく強い選手、そういう選手になることが自分には必要だと思っている。

【フォート・キシモト】

◎北田琉偉「遊び心」
陸上を始めたばかりの中学のころ、試合で緊張して実力を発揮できなかったり、それを悔しく思ったりすることが多かった。そのとき母親が試合のたびに言ってくれたのが「楽しむことを大切に」という言葉。それによって「自分ができること」や「友達と高め合えること」を楽しめるようになり、高校・大学でもずっと大事にしている。よくなかったときを振り返ると、「楽しむ」という感情を忘れていることが多い。競技自体を楽しむことも大事だし、試合の空気感を楽しむことも大事。そこは戦う舞台が世界になっても、環境が変わっても大事にしていくべきだと思っている。

◎栁田大輝「忍耐力」
僕のなかでは、まず忍耐力が一番欠けているのかなと思って書いた。陸上競技をやっていると、特に、この(鍛錬期となる)時期は、練習がただひたすらきつくて、「なんのために陸上をやっているのか」と考えてしまう。陸上競技は、こういう競技会がない時期が長いし、結果が出ないときは本当にトンネルの中にいるような状態になる。ドルーリー選手が挙げた「目標を持ち続ける」に近いことだと思うが、そういったときに耐えて耐えて耐え忍んで、いつかやってくる「ここぞという大舞台」のときのために、逃げずに競技をやっていくことが大事なのかなと考えている。

◎西徹朗「覚悟」
自分への戒めという意味合いもあって書いた。「世界を目指したい」という気持ちはあったが、漠然と思っていただけで、中身が伴っていなかったと感じている。覚悟をすることで行動自体が変容し、目標設定とか、練習への態度、練習以外の態度とか、そういうものがすべて積み重なって、試合での心の余裕や自信につながってくるのかなと思う。また、早稲田大の選手は、臙脂のユニフォームを着て走ることにすごく誇りを持っていて、皆さん、覚悟を持って取り組まれている。(先輩の)そういう姿を見て、自分にもっと覚悟が必要だと感じたし、実際に世界で戦うことを目標とするのなら、そうした覚悟は絶対に必要になると思っている。

各選手のそれぞれの言葉が、背景となっている考えとともに発表されていくなかで、田原コーディネーターは、福島さんや室伏マネジャーから感想やアドバイスを引きだしていきます。一つ一つにコメントが寄せられ、そのことによって各選手が挙げた考え方の大切さが、より深掘りされる形で共有されていくことになりました。以下は、福島さん、室伏マネジャーが寄せたコメントの一部です。

・「勝ち切る力」について:特に大きな試合になればなるほど、100%以上の力を発揮して、記録を出していかなければならなくなるが、一方で、勝ち続けるためには「100%の力を出せなくても勝てるような練習をすること」「8割の状態でも勝てるというくらいの自信が持てるほど練習すること」が必要。自分は、練習においては「どんなことがあっても勝てる」「(ほかの選手とは)一歩違うステージにいる」と思えるくらいやろうと常に心掛けていた。(福島)

・「負けん気」について:いろいろなことを想像しながら練習するのは、すごく大事なこと。そうやって想像力を持ちながら練習しているからこそ、「この練習なら勝てる」「この練習では負けるかも」という分析が、自分でできているのだと思う。(福島)

・「高い目標を持ち続けること」について
高い目標は、立てて叶うときと、立ててもすぐに叶えられないときがあるが、まずは「高い目標」を持っていること自体が、実はすごく大事。そこが決まっているかどうかによって、そこにどう向かうかの目標設定が出てくる。目標設定については、すでに理論に則った方法が数多く示されているが、まず大事なのは、現実的な目標なのかというところ。今日からできるものなのか、今からすぐにできるものなのか。「それをどれくらい重ねたら、いつまでに、自分はこうなれる」というものがあれば、それがモチベーションになる。また、「今日はダメだった」というときの別の目標の立て方や、種目特性による違いもある。
例えば、私は、ジュニア年代のころ、指導を受けていた父(室伏重信氏)から「お前は、集中力が低い」と叱られて、「投げる前に集中しろ」とよく言われた。それもまた目標といえること。実は、「1分の間に、人は変われる」もの。例えば、1回ファウルして、2本目に臨むときには、そこで自分を立て直さなくてはならないように、陸上では、そういうシーンやパターンが何通りもある。大目標が決まっているなかで、短い間に自分を立て直す。あるいは状況によっては、勇気を持って大目標を下げる。そうした自己調整の繰り返しによって、結果はだんだん右肩上がりに高まっていく。そこを見極めて探すのは、皆さん自身がやること。一方で、ダメなときに、「目標に到達できなかったから自分はダメだ」と思わないことも大事だと思う。(室伏)

「海外拠点や長期遠征などで不安なことは?」

次に、田原コーディネーターは、「そもそも皆さんは、海外に打って出ていくポテンシャルを持つアスリートとして認定されているので、今後、日本代表としてのほか、合宿も含めた長期の海外遠征の回数が多くなってくると思う。そうした際に、不安なこと、準備しておきたいこと、もしくは障害になると感じることなどを聞いて、それをみんなでシェアしたい」と呼びかけて、「海外拠点や長期遠征などで不安なことは?」という問いを提示しました。

【フォート・キシモト】

この問いについて、室伏マネジャーは、「“帰ってきたあとの自分”をすごく気にして、私は行っていた」とコメント。海外で身につけたり学んだりして高めたことが、帰国して日常に戻ると、また元に戻ってしまうのではないか。そうならないためにどうすべきかを考えて行動していたことを明かしました。
また、福島さんは、「“結果を残すことすべて”としか考えていなかったので、海外の試合が得意とか不得意とか、考えたこともなかったし、私の場合は、環境としては日本代表として恵まれたなかでの遠征がほとんどだった」と振り返る一方で、「経験を積むという意味では、“海外経験をするのが遅かったな”と思っている」とコメント。「経験があろうとなかろうと、結果は出さなければならないもの。初めてであっても、“経験がないから、ダメだった”は理由にならないと考えていたので、本当に結果が欲しいと思って臨んでいるときに、同時に経験も積まなくてはならない状況に、もどかしさを感じていたというのはある」と明かしました。そして、ダイヤモンドアスリートたちには、「皆さんは、これからたくさんの経験ができるので、それを強みにしてほしい。結果を出すためには、やはり武者修行も必要になってくる。でも何よりも大切なのは、ただ経験するというのではなく、皆さんが、それをどう捉えるかだと思う」と話しました。
こうした“経験者”の考え方を耳にしつつ各選手が書き込んだ記述を、いっせいに掲げてみると、「食事、時差」(中谷)、「移動疲れ」(濱)、「言語」(古賀)、「心の余裕」(ドルーリー)、「食事と気候」(永原)、「ポールの移動」(北田)、「練習環境」(栁田)、「情報収集」(西)と、取り組んでいる種目特性や個々が課題に感じていることなども反映された回答が並ぶ形に。北田選手が挙げた棒高跳選手の海外遠征で大きな課題となるポールの輸送に関する話題では、そこから「渡航時のロストバゲージ」へと話が広がり、室伏さんも自身の経験談も披露するなどして、「起こり得ること」を共有しました。
また、「生活や競技に一番関わってくるのが食事。行った国によって食文化が異なることは大きなストレスになると思う」(永原)、「水の種類が違うのは大きな問題。また、渡航先に何を持っていくかや補食をどう摂るかを考える必要がある」(中谷)といった栄養に関する問題や、「海外では、いろいろな場所が開催地になる。言語の問題をどう乗り越えていけばいいのかなと思う」(古賀)といった意見に対して、田原コーディネーターは、周囲で研修の様子を見守っていたサポート企業の関係者を示しながら、「このプログラムには、栄養や英語の研修もあるので、ぜひ、活用してほしい」と紹介。言語の問題に加えて、日本人が得意としない「主張すること」も、海外で戦っていくうえでは必要になってくることも挙げられました。

【フォート・キシモト】

こうして、予定されていた研修の1時間は、あっという間に過ぎていきました。最後に、「まず、ここにいることを誇りに思って欲しい。皆さんは、それを力に変えられる人たち」と選手たちに呼びかけた福島さんは、「皆さんは、ダイヤモンドアスリートに選ばれた時点で、大きな成長をするチャンスがある。特に経験は、誰もができるわけでないことを、皆さんだからできるという機会が、これからたくさんあると思う」と述べたうえで、「技術や知識は積み重ねていくものだが、経験は“足し算ではなく掛け算”。自分がどんなことをするかや、自分がどう感じるかで、全く違ってくる。ぜひ、向上心を持って、たくさんのことにチャレンジしてほしい。今後、皆さんがどう活躍していくのかを楽しみにしているし、応援していく。頑張りましょう」と、温かなエールで研修を締めくくりました。

取材・構成:児玉育美(JAAFメディアチーム)

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