【スプリンターズS】骨折乗り越えてルガル秋の最速王に 初GIの25歳・西村淳也騎手「競馬で記憶がなくなるなんて……」

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ルガルがスプリンターズステークスを制し秋の最速王に、鞍上の西村騎手はゴールした瞬間から涙が止まらなかった 【Photo by Kazuhiro Kuramoto】

 2024年下半期GIシリーズの開幕戦にして秋のスプリント王決定戦、第58回GIスプリンターズステークスが9月29日に中山競馬場1200m芝で行われ、西村淳也騎手騎乗の9番人気ルガル(牡4=栗東・杉山晴厩舎、父ドゥラメンテ)が優勝。3番手追走から最後の直線で力強く抜け出し、人馬ともにGI初制覇を達成した。良馬場の勝ちタイムは1分7秒0。

 ルガルは今回の勝利でJRA通算13戦4勝、重賞は今年1月のシルクロードステークスに続き2勝目。同馬を管理する杉山晴紀調教師はスプリンターズステークス初勝利となった。

 クビ差の2着には菅原明良騎手騎乗の5番人気トウシンマカオ(牡5=美浦・高柳瑞厩舎)、さらにクビ差の3着には横山武史騎手騎乗の4番人気ナムラクレア(牝5=栗東・長谷川厩舎)が入線。1番人気に支持されたダミアン・レーン騎手騎乗のサトノレーヴ(牡5=美浦・堀厩舎)は直線伸びず7着に敗れた。

「まずは女手一つで育ててくれた母親に感謝の気持ちを」

騎手生活7年目、24度目の挑戦で初のGI勝利を手にした西村騎手「まずは母に感謝を伝えたい」 【Photo by Kazuhiro Kuramoto】

 がむしゃらに追った最後の直線。ゴールした瞬間にはもう25歳の若武者の目から涙があふれていた。

「レースのことは本当に何も覚えていなくて……すみません。ゴール切ってすぐに泣いてしまいましたし、(坂井)瑠星先輩からは『お前、ゴール入る前から泣いていただろ?』と言われたくらいでした(苦笑)。競馬で記憶がなくなるなんて、今までなかったですね」

 デビュー7年目、24度目の挑戦にして西村騎手が初めてつかんだGI勝利。レースの記憶が全て飛んでしまったというくらい、喜びの感情が爆発した。

「騎手生活をしていて本当に良かったですし、幸せです。まずは母親に感謝の気持ちを伝えたいです。女手一つで僕を育ててくれましたし、騎手になってからもたくさんの方に支えられてここまで来ることができました。そして馬にもいっぱい迷惑かけましたし、本当、感謝したい人はたくさんいますね」

 初めてのGIタイトルをともに手にした相棒ルガルとは昨年秋の京阪杯からコンビを組み、年明けのシルクロードステークスを快勝。この勝ちっぷりが評価されて春のスプリント王決定戦・高松宮記念では1番人気に支持された。だが、結果は期待を大きく裏切る10着。「高松宮記念は本当に悔しい思いをしましたし、陣営にも迷惑を掛けました」と、巻き返しにかけるジョッキーの思いは強かった。

調教師の想像を超える回復力

高松宮記念の後に判明した骨折により今回が休み明けでの出走となったルガル、しかし陣営の想像以上の回復力で実力を発揮できる状態にまで仕上がっていた 【Photo by Kazuhiro Kuramoto】

 一方、ルガル自身も高松宮記念の後に左橈側手根骨々折、左第3手根骨が判明。秋までの道のりは決して平たんではないどころか、スプリンターズステークスでの復帰さえ見通しが明るかったわけではない。杉山晴調教師が振り返る。

「膝の骨折ということで基本的には6カ月以上の休養の見込みで、ギリギリ間に合ってスプリンターズステークス。そして実際にスプリンターズステークスを使うにはそれなりにリハビリの時間や経過を見ることが必要になりますので、私が思っている以上に馬がリハビリにうまく対応してくれたと思います」

 スプリンターズステークスにかける思いは西村騎手と同様、陣営としても「並々ならぬ決意だった」とトレーナー。厩舎スタッフ、牧場が一丸となって復帰への道筋を描いた結果、ルガルがその思いに応えるように想像以上の回復力を見せてくれた。さらに“ギリギリ間に合う”をはるかに飛び越える仕上がりを実感したのは1週前、レース当週の追い切り。西村騎手がその時に手綱から伝わってきた感触を改めて明かした。

「追い切りに関してはもうシルクロードステークスぐらいの状態にあると杉山先生と話していましたし、そのシルクロードステークスが強い勝ち方でしたから馬の状態には自信がありました」

超ハイペースの中、3番手から突き抜けた

ハイペースの中、3番手から突き抜けた競馬は「強い」のひと言 【Photo by Kazuhiro Kuramoto】

 そうして迎えたレース当日の雰囲気も「しなやかな動きで馬体の張りも良く、見るからにいい調子」と杉山晴調教師も納得の出来の良さだった。あとは課題が残るゲートのみ。「今の中山の傾向を考えても、自分と厩舎の最後の仕事はゲートを出すだけ」と調教師自身も大きなポイントと見ていた。ただ、この日も発馬機内でルガルはおとなしかったわけではなく、「ヤバイなぁ。出遅れたら怒られる」と、この時までは西村騎手もハッキリと記憶があったという。しかし、そんな相棒をなだめて好発を切ると絶好位の3番手を確保。「トレセンにいる間はできる限りゲート練習などをしていますが、今日はジョッキーを褒めるべきですね」と、杉山晴調教師が満点をつける最高の出だしとなった。

 レースは3歳牝馬ピューロマジックが最初の3ハロンを32秒1で飛ばす超ハイペース。直線に入っても2番手以下との差はまだ4、5馬身ほどあり、横山典弘騎手のマジックさく裂かと思われたが、さすがにペースが速すぎたか。残り200mを切ったところで脚色が鈍ると、末脚を伸ばしたルガルが一気に先頭へと突き抜けた。GIでもめったに見られないハイペースの中、3番手から自ら逃げ馬をとらえに行き、差しに構えた後続を返す刀で抑え込むのだからこれは「強い」のひと言。展開の助けや恵まれなどなく、ルガルと西村騎手の力で堂々とつかみ取った最速王の称号だと言っていい。

西村騎手が思うルガルのストロングポイントは?

西村騎手がユニークな表現でストロングポイントを語ったルガル、今後は海外も視野に入れる 【Photo by Kazuhiro Kuramoto】

 骨折休養明けのブランクがあったとは思えないパフォーマンスを初戦から見せたルガル。その強さについて、西村騎手は次のようなユニークな言葉で表現している。

「GIを勝つくらいなので能力は高いです。そして、僕みたいな技術のないジョッキーにGIを勝たせてくれるくらいですから、そこが一番のストロングポイントだと思います」

 また、杉山晴調教師は「骨折、リハビリ明けでの激走ですので、まずはこの後も無事に行ってほしいですね。今後に関しては海外含めて色々と選択肢が出てくると思います。そこは馬の様子を見て、かつオーナーと相談の上で時間をかけて考えていきたいと思います」と、今回の勝利でルガルの将来がさらに広がったことを語った。

 2024年春のGIは競走馬、騎手ともに初勝利のケースが続出したが、秋のシリーズも人馬初戴冠でのスタートとなった。ルガルの力強い走りを見て、西村騎手の感情あふれるインタビューの受け答えを聞くと、ここから年末までまた新たなスターが次々と誕生するのでは――そんな期待を感じずにはいられなかった。(取材:森永淳洋)
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