アジアの舞台で急成長を遂げた19歳~高井幸大 パリ五輪への道

川崎フロンターレ
チーム・協会

【(c)NIKKAN SPORTS】

川崎フロンターレDF高井幸大(19)が、U-23(23歳以下)日本代表のパリオリンピック(五輪)出場に大きく貢献した。4~5月に行われたアジア最終予選を兼ねるU-23アジアカップ(杯)カタール大会でセンターバック(CB)として最多の5試合にフル出場。192cmの長身を生かして、放り込まれるボールをことごとくはね返しながらラインを統率した。副主将のCB西尾隆矢(22=セレッソ大阪)が初戦で退場し、3試合出場停止のピンチに陥ったチームの中で、救世主的な役割を果たし、「CBの1番手」との評価を得るほどの存在感を示した。

急成長を遂げた川崎フロンターレの背番号2は、アジア王者となった大会をこう簡潔に振り返った。「成長した大会かなと思います」。その言葉通り、パフォーマンスは頭一つ抜けていた。大会前に自ら課題と語っていた「好不調の波」もほとんどみられず、ロングボールを多用する戦術をとる相手の長身FWとも対等以上に渡り合った。

出場5試合中、3試合で無失点。「特に変えた部分はありませんけど、慣れかな。試合に対しての取り組みや、練習の積み重ねかなと思います」。重圧のかかる実践を重ねる中で確かな手応えをつかんだ。世界クラスのサイズと川崎仕込みの足元の技術。そのポテンシャルは、日本を背負う逸材と評価を受けてきた。一方で自身も口にするような、若さゆえのムラっ気が課題とされていたが、別次元に足を踏み入れたかのような1カ月間のプレーだった。

【(c)NIKKAN SPORTS】

スターのメンタルを兼ね備える。多くの選手が「人生で一番プレッシャーがあった」と口にした、負けたら終わりの準々決勝カタール戦。「まあわきあがってくるものはいつもよりありましたけど、ボールを触っちゃえば、いつも通り」と気負うことは無かった。大舞台にも動じず、自分のプレーができる。普段はおっとりした印象も強いが、試合前やハーフタイムにはチームを鼓舞するかけ声も自発的に出た。

一体感が魅力の大岩ジャパンで高井は愛されキャラだった。五輪切符を獲得した準決勝イラク戦前夜には、選手だけで開かれたミーティングの中で、幹部から指名された。皆の前で「温かく迎え入れてもらえてありがとうございます」と感謝の思いを伝えると、「いまさら?」「もう大会終わるぞ!」と突っ込まれた。より仲を深めて臨んだイラク戦は、大会の中でも特に印象深いという。「(五輪出場を)決めたときは思い出に残っています。勝った瞬間ホッとしました」。チームメートと抱き合って喜びを分かち合った。

決勝前日に激励の訪れた日本サッカー協会(JFA)宮本恒靖会長(47)からも、皆の前で自身の成長について言及された。2年前のU-19日本代表時代に、団長としてラオスでのU-20W杯予選をともに戦った会長から、若手選手の成長スピードを伝えるための例として取り上げられ「この立場を想像できたか?」と問われた。それほど分かりやすい飛躍ぶりだった。

大岩剛監督(右)の隣で練習を視察するJFA 宮本恒靖会長 【(c)NIKKAN SPORTS】

決勝ではチームを優勝に導く活躍をみせた。相手の攻撃をシャットアウトし続けた後半追加タイム。相手FWからセンターサークル付近でボール奪取すると、そのまま前進し、相手のスライディングを絶妙なヒールパスでかわして、MF山田楓喜(22=東京ヴェルティ)の決勝点の起点に。「下がらず前にいったことが良かったかなと思います。(DF)ラインからボール蹴られたときに、(ボールタッチが)長くなったら行こうと思っていた。前に行ってそのまま取った感じですね」。攻撃選手さながらのヒールパスについては「覚えていないです」と“高井節”をさく裂させつつ、「うれしかったです」と素直に喜んだ。

19歳。世界的なスケール感を持つ高井のキャリアにおいて、意義深い大会だったに違いない。「間違いなく先につながっていると思うし、川崎だけのサッカーではない、代表に行っていろいろなサッカーに対応するのは大切だなと思っている。対戦相手もいつものJリーグとは違うし、いろいろな選手がいる中で、守備の対応はすごく学べたかなと思います」とうなずいた。

【(c)NIKKAN SPORTS】

出場を熱望するパリ五輪もより現実的になった。大きな手応えは手にしつつ、危機感を持って五輪本番まで取り組む決意だ。「大会全体を通しては良さが出た試合もあった」としながら「もっと相手の質が高かったり、強豪国とやるなかで(本番まで)時間も少ないですけど、これからもっと成長していかないといけないなと思いながらやっていました」。経験が安定感に直結するCBは、24歳以上のオーバーエージ(OA)枠の採用が有力視されている。ただ、高井が今大会で披露したパフォーマンスは、花の都でも輝いている姿を十分に想像させるような、それだった。

(取材・文:佐藤成[日刊スポーツ])
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

神奈川県川崎市をホームタウンとし、1997年にJリーグ加盟を目指してプロ化。J1での年間2位3回、カップ戦での準優勝5回など、あと一歩のところでタイトルを逃し続けてきたことから「シルバーコレクター」と呼ばれることもあったが、クラブ創設21年目となる2017年に明治安田生命J1リーグ初優勝を果たすと、2023年までに7つのタイトルを獲得。ピッチ外でのホームタウン活動にも力を入れており、Jリーグ観戦者調査では10年連続(2010-2019)で地域貢献度No.1の評価を受けている。

新着記事

編集部ピックアップ

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着コラム

コラム一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント