オーストリアリーグ・ベルギーリーグとJリーグの移籍金制度と配分金制度の比較

チーム・協会

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昨今はVUCAの時代といわれています。これは経済界に限った話ではなく、サッカー界でも例外ではありません。AFCチャンピオンズリーグ(ACL)は、2024-25年シーズンから、出場チーム数を減らし、優勝賞金を3倍に増額することを発表し、不連続な成長を目指した戦略に舵を切り始めました。Jリーグ自体も成長戦略の1つとして「トップ層がナショナル(グローバル)コンテンツとして輝く」ことを提言しており、アジアおよび世界で戦えるクラブの誕生を目指しています。また、選手の目線はより「世界」に向いてきており、高校や大学卒業からJリーグを経由せずに、海外クラブに加入する選手も増加し、海外移籍の一般化が進んでいます。

そのような状況を踏まえ、Jリーグが掲げる成長戦略の達成のために重要なパーツでもある、配分金制度と移籍制度について、比較分析しました。分析に際しては、これまでもよく見られたJリーグと欧州5大リーグの比較ではなく、欧州5大リーグ「以外」のJリーグに似た規模のリーグと比較することで、より具体的なJリーグの成長戦略のヒントを見つけたいと考えました。今回はそのような観点から、主にオーストリアリーグ、ベルギーリーグ、Jリーグを対象として、配分金制度と移籍金制度の2つを比較しました。

配分金制度の比較

始めに、3カ国のリーグ配分金の制度概要を整理したいと思います。

まずオーストリアリーグでは、安全なリーグ経営の助けとなる均等配分が30%、競技結果などによるインセンティブによってもらえる競技配分が70%を占めます。そしてこのリーグの配分金制度の特徴は、「オーストリア人の壺」といわれる仕組みにあります。具体的には、地上波放映権の50%を配分する基準として、オーストリア人選手の一定の起用と18歳以下の選手の起用を採用している点です。この仕組みがあるために、外国人枠を設けていない同リーグにおいては、必然的にオーストリア人選手の出場が確保されるインセンティブが働くことになっています。それにより、実践的な育成が可能になり、5大リーグへのステップアップ移籍が1つの流れとなり、サッカー協会が掲げている自国のレベルアップを実現することにつながっています。この制度が採用された背景は、EU域内での移籍の自由化と外国人枠の撤廃が決まった1995年のボスマン判定が契機といわれています。東欧に接しており、競技レベルと待遇が良かったオーストリアリーグに東欧の選手が増加して、自国選手の出場が減少してしまったため、その対応策として採用された制度です。直近では「オーストリア人の壺」による公式戦の出場という実践的な育成の成果として自国選手の実力も上がり、出場機会がより確保できるようになったため、「オーストリア人の壺」の比率を30%まで緩和し、集客などの項目のインセンティブ比較率を上げる施策に切り替えていく動きとなっています。

次にベルギーリーグですが、こちらもオーストリアリーグと同様、均等配分は24%、競技結果などによるインセンティブによってもらえる競技配分は76%に設定しています。この配分金制度の特徴は、クラブ間の競争を意識した配分比率になっている点で、具体的にはUEFAの賞金獲得に関係があります。ベルギーは人口、国土ともに大きくはなく(人口は神奈川県よりやや多い程度、国土は日本の約12分の1)、スポンサー収入、チケット収入が限定的になってしまうという構造的課題があります。そのため、UEFAの大会に出場することで得られる賞金はベルギーリーグ全体の売り上げの約15%を占める重要な収入源となっています。したがって、クラブ間の競争を促すことで、クラブの強化を図り、UEFAの賞金獲得を増やすことはリーグとしての重要な目標となります。そこで、ベルギーリーグではリーグ成績上位のクラブにより厚い配分金を支給することでクラブの強化費を実質的に補助し、UEFAでの賞金獲得がしやすくなるような仕組みとしています。

最後に、日本の配分金制度は、2つのリーグとは異なり、均等配分76%、競技結果などによるインセンティブによってもらえる競技配分は24%に設定しています。この配分金制度の特徴は、クラブ経営の安定化にあります。Jリーグはクラブライセンス制度によりクラブの財務健全性を満たすことに注力しており、特にJ2やJ3といった下位ディビジョンのクラブにも、競技成績に関係なく、一定の財源を補助している側面があります。一方で近年では、世界で戦えるようなビッグクラブを誕生させるという目標も掲げられるようになり、均等配分から競技成績によるインセンティブを厚くする方向に舵を切っています。

このように、リーグの分配金の制度はリーグが目指したい方向を実現するための強力なインセンティブとしての役割があり、各国のリーグの特徴が垣間見えるものとなっています。

【図1】各国の配分金制度の比率 【©2024. For information, contact Deloitte Tohmatsu Group】

【図2】オーストリア・ブンデスリーガにおけるテレビ放映権収入の配分方法 【©2024. For information, contact Deloitte Tohmatsu Group】

移籍金制度の比較

もう1つの比較軸として、移籍金制度についても見ていきます。

オーストリアリーグの移籍金制度の特徴は、移籍金をあえて低く設定している点にあります。その理由は、移籍の活発化です。具体的には、若くて将来性のある選手を5大リーグのクラブに移籍しやすい環境をつくり、他のリーグとの差別化を図るということです。すなわち、移籍金を低く設定することで移籍の成功率を高め、その後の選手のステップアップに合わせてTC(Training Compensation)により育成資金を回収するという、中長期の移籍金ビジネスを展開しています。また、各クラブが移籍金を収益に含まずに黒字経営する計画を前提としている点も堅実であるといえます。前述の配分金制度によりリーグ戦出場という実践的な育成による選手のレベルアップから、この移籍金制度によって移籍のチャンスを広げ、移籍の活発化を実現することを通じ、結果として、オーストリアサッカー協会が掲げる目標である代表チームのレベルアップが図れているという構造になっています。

ベルギーリーグの移籍金制度の特徴は、選手獲得時の税制優遇にあるといえます。その結果としてベルギーリーグには、国外からの有望な若手選手の獲得が活性化し、立地を生かしたヨーロッパの若手有望株のハブリーグとなっています。具体的には、国外から獲得した選手の所得税の一部が所属クラブに還元される制度で、海外から若くて将来性のある選手をクラブは実質的に安く獲得することができる仕組みとなっています。また若手が集まる特徴を踏まえ、独自の育成メソッドによる自国選手の育成にも注力することで、自国チームの強化にもつなげています。このように国内外から若くて有望な選手を獲得して試合経験を積ませることで育成し、5大リーグなどの主要リーグに移籍させる流れができています。さらにベルギーはヨーロッパの中央に位置し、各国のスカウトが視察に来やすい利点もあり、ドイツ語、フランス語、オランダ語と複数の公用語が存在しているため、移籍交渉などのコンタクトを取りやすいという地政学的利点もあります。その結果ベルギーリーグの全体の売り上げの約11%を移籍金による収益が占め、規模の小さい自国マーケットにおけるスポンサー収入、チケット収入を補完する重要な収入源となっています。なお、オーストリア同様、世界的に有望な若手選手ではない限り移籍金は高額ではなく、選手がステップアップした際のTCによる中長期的な移籍金ビジネスとなっていることも特徴です。

一方、日本では、オーストリアやベルギーのように選手の移籍を活発化するような制度は、現時点では存在していません。実は過去に移籍係数による日本独自の移籍金制度はありましたが、選手の移籍金が係数により上乗せされた金額となるため、移籍が鈍化してしまったという歴史があり、現在は廃止されています。一方で現在、日本人選手の多くは、ヨーロッパでの活躍を現実的な目標としており、海外移籍が増加しています。それを踏まえると、Jリーグも今後はリーグ・クラブ・選手にとってメリットになるような、日本にあった移籍金制度を検討する余地は十分にあるのではないかと考えられます。また、アジアからヨーロッパへの高品質な選手を送り出すリーグとしての地位を確立するのであれば、短期的に高額な移籍金を得る移籍金ビジネスではなく、オーストリアやベルギーのような中長期的な移籍金ビジネスの方向性に目を向ける時期に差し掛かっているのではないでしょうか。

【図3】Jリーグの成長戦略イメージ図 【©2024. For information, contact Deloitte Tohmatsu Group】

【図4】ベルギーリーグの選手情報 【©2024. For information, contact Deloitte Tohmatsu Group】

結論

Jリーグも成長戦略の実現のために共存から競争へ舵を切ろうとしている今、配分金や移籍金について、どのような制度を打ち出し戦略の達成を目指していくのか、非常に楽しみです。
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著者プロフィール

デロイト トーマツ グループは、財務会計、戦略、マーケティング、業務改革など、あらゆる分野のプロフェッショナルを擁し、スポーツビジネス領域におけるグローバルでの豊富な知見を活かしながら、全面的に事業支援を行う体制を整えています。またコンサルティング事業の他、国内外のスポーツ関連メディアへの記事寄稿などを通し、スポーツ業界全体への貢献も積極的に行っています。

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