早稲田アスリートプログラム(WAP)講演会 寺田明日香選手 公開取材

チーム・協会
【早稲田スポーツ新聞会】取材・編集 新井紗奈、加藤志保、堀内まさみ

 10月2日、早大体育各部所属の学生を対象として早稲田アスリートプログラム(WAP)講演会が開催された。今回の講師は2020年東京五輪日本代表、今年の6月に行われた日本選手権100メートル障害で接戦を制し見事優勝、そして8月にハンガリー・ブダペストで行われた世界選手権にも日本代表として出場された輝かしい経歴をもつ寺田明日香(平29人通卒=現ジャパンクリエイトグループ)。講演会の第1部では、寺田のこれまでのアスリート生活をはじめとする多様な経験から得られたアスリートとして、ひいては1人の人間としての教訓をお話しいただいた。そして第2部では早稲田スポーツ新聞会による公開取材。第3部では現役の学生アスリートからの質問コーナーが行われた。講演会が行われた1時間半を通じて、寺田の親しみやすく朗らかな人柄が伝わってくる時間となった。講演会中には熱心にメモをとる学生が非常に多く、寺田の競技に対する考え方や、これまでの人生で積み重ねられてきた経験など、非常に興味深く、アスリートという立場でなくても学びとなる内容だった。

学生を前にご自身の経験を語る寺田 【早稲田スポーツ新聞会】

 講演会の第2部として行われた早稲田スポーツ新聞会による公開取材。寺田の早大での経験や、大切にしている考え方などトップアスリートの芯に迫るような質問をさせていただいた。その様子を写真とともにお届けする。

早大という環境で得たもの

――早大在学中にいちばん思い出に残っている出来事はなんですか

 私はスポ科(スポーツ科学部)じゃないんですね。人科(人間科学部)に通っていたんですけど、ゼミの方々と一緒に研究発表で海外、台湾や韓国に行くことがありました。その時に本当に助けていただきました。アスリートとしての私を知ってくださっている方は「あ、寺田明日香だ」という風に声をかけてくださっていましたが、1人の寺田明日香じゃない自分として過ごしている中で助けていただいたことは初めてなんじゃないかくらいのことでした。私が英語で訳している時もすごくいろいろな方が助けてくださったり、膨大なデータを一緒に書いてくださったり、そういうことがすごく思い出に残っていて、1人の人間として人に頼っていいんだとか、優しくしてくれるんだなとすごく心に残っています。

――授業や学びの中で今の生活に生きていると感じることはありますか

 私は子ども福祉のゼミをとっていて、幼児体育をとらせていただいていたんですけど、ちょうど子どもがいました。娘の反応を見ながらいろいろできたんですね。それを今選手として違う形で子どもたちと関わらせていただくようになっても、そこで学んだことがすごく生きています。ネガティブに言わずにどうモチベーションを上げてもらえる言い方ができるのかとか、どういう段階を踏んでその子が1つのことをできるようになるのかとか、そういうことがすごく役立っているなと思っています。

――早大という環境だからこそできたことで思い浮かぶことはありますか

 eスクール、通信教育課程はいろいろな学校さんが持っていると思いますが、早稲田はすごくて、本当に。皆さんは通学されてるからあまり関わったことはないかもしれませんが、サポート体制や学生のコミュニティがすごいですね。そこで勉強へのモチベーションがすごく保たれていたなと思っています。(学生同士で)やり取りをしないと単位をもらえなかったり、皆さんみたいにいつまでに2000字のレポートを出してくださいだったり、結構ガチなんですね。そういうところが自宅やいろいろな場所に行った時にも勉強を続けられた1つの要素なのかなと思います。

――現役学生やアスリートの皆さんにおすすめのポイントや利用してほしいなというコンテンツはありますか

 通学の学生さんとeスクールで一緒に使えるものってなんですかね。私が行っていたのは所沢キャンパスなんですよ。キャンパスが違うと使うことはないのかなと思うんですけど、やっぱり図書館ですね。もう本が好きで、よく読んでるんです。勉強するのもすごく捗るし、研究室にも入り浸っていたんですけど、図書館が本当にいいですね。早稲田は大きい図書館がありますから、ぜひ利用していただければいいかなと思います。

「それ(スポーツ)が人生の全てではない」

早スポ公開取材中に記者の質問に対し笑顔を見せる寺田 【早稲田スポーツ新聞会】

――競技とプライベートの両立に関して意識していることや、軸にされていることはありますか

 両立できているかどうか、ちょっと定かではないですが、楽しみ方を見つけるというのはすごく大事にしています。日常生活、育児だったり家事だったりきついと思うことがやっぱりあるんですね。なんですけど何かしら楽しみを見つけるとこんな感じでもいいのかなというやり方があるので、辛いな辛いなと思ってやるんじゃなくて、辛いと思っている自分まで楽しむぐらいのメンタルでやっていきたいなと思っています。競技に関しては練習の時にしか考えないようにしていて、基本的には家に持ち込まないようにしています。練習の時は本当に練習に集中して、自分の今の体の操作がどうなっているか動画を見直して、自分のどういうところがダメなのか、理想としている動きの選手がどう動かしているかそういうところを限られた時間の中で、濃密な時間、どんどん濃くしてやるようにしています。やっぱり大きい大会の前は少しピリつくんですね。普段はこんな感じなんですけどちょっとピリついたりするので、そういう時は家族に言います。今ピリついてますから、もう今日は閉店ガラガラです、と言うようにしています。

――ご家族の存在は競技をする上で大きいですか

 大きいです。娘がいるから競技をもう1回始められたというのがあります。背中で語る母になりたかったんです。背中で語る父はいますけど、(背中で語る)母になりたかったんです。娘に何か注意をするとか、困っていて相談してもらえた時に、ママが言ってたらそうかもしれないなというような、言葉の重みを持ちたくて。そのためにママは陸上競技が大好きだから頑張れたんだな、その目標に向かってやる中でいろいろな仲間ができたんだな、じゃあ自分もその目標に向かう中でいい仲間ができたらいいな、みたいな感じで思ってもらえるといいなと思いました。本当に家族ができたから競技を続けられているというのは、すごく大きいかなと思います。

――これまで多くの選択をされてきた中で、ここだけは譲りたくないと考えてきた点は何ですか

 私の選択基準だと、今やらなくて年をとった時に後悔しないというのをすごく大事にしています。いろいろな新しいことを始める時に、今やらなきゃもうできないなということもきっと選択肢の中にあると思うんですけど、それを逃したときに50、60とか70になって、やっぱりあの時あれやっておけば良かったって絶対に思わないという自信がなければやるという方を選ぶようにしています。

――新しいことに挑戦する際に不安はつきものだと思いますが、不安を乗り越える力はどこから出ていらっしゃいますか

 不安ですよね。私もやっぱり不安でもじもじする時間というのはあるんですけど、不安を乗り越えてみると意外に、「あ、大丈夫だったんだ」って思うことってあるんですよね。1回やってみてダメならダメでいいやくらいなモチベーションでいようかなと思っています。すごく不安になることとか緊張する時って自分が絶対成功させなきゃいけないとか、うまくいかせたい、頑張りたいと思っている証拠だと思うので、少しだけ余裕を自分に作ってあげるために、うまくいかなくても頑張ったのだったらいいか、何かしらの自分の糧にはなるかというぐらいの気持ちでいけるとチャレンジしやすいのかなと思います。

――競技者として睡眠や食事など特に気をつけていることはありますか

 食事は栄養士さんがついてくださっているので、栄養士さんに相談しながら作っているんですけど、でも無理な時は無理です。全然フードデリバリーは頼むし、シーズン中はインスタント的なものはできるだけ使わないようにしていますが、やっぱり無理な時は無理です。ただ買う時にも作る時にも栄養素をそろえたいのできれいな彩りというのを目指しています。ぱっと見た時に「今日茶色いな」と思うと絶対ビタミンが足りないんですね。「今日のご飯きれいだな」と思うご飯を、コンビニとかでもいいのでそろえると栄養素はだいたいそろうので、気をつけるようにしています。睡眠に関しては睡眠のツールというのが今いろいろあるじゃないですか。できるだけ快適に寝られるようなものを使うようにしています。

――五輪や世界選手権に出場された経験というのはいかがでしたか

 今回の世界陸上(世界選手権)に関しては私自身3回目の世界陸上出場でしたが、本当に難しいなというのが率直な意見です。日本での調整でも現地での調整でも実はそんなに悪くはなくて、日本選手権が終わった後はちょっと疲れていましたが、練習もある程度やっていて、新しいことにもチャレンジしながらそれを出せればいいなといった世界陸上でした。ただ本当に珍しいくらい自分がやりたいことができなかったレースだったので、「こういうこともあるんだ」と思いました。結構その時は頭が真っ白になって、そんなことはほとんどないんですけど、新しい発見で、帰ってきた後にどういうところが良くなかったのか、調整方法で足りない部分はどういうところだったのかというのは、うまくいったレースよりもコーチと考えました。

――1度陸上界を離れられて、いいところや課題だなと感じることはありましたか

 やっぱり中にいると分からないことって多いじゃないですか。私が1度陸上界から離れて思ったことは、0.01秒の壁を気にしなくなったことです。普通に生きていると0.01秒とか0.1秒ってもう目に見えないじゃないですか。ピピッて(ストップウォッチを)やっても0.2秒ですよ、せいぜい。0.01秒って100メートル走って10センチくらいです。だいたいそれくらい差がつくんですけど、それがラグビーをやっていて「0.01秒って何」という風になったんです。陸上をやっていると0.01秒の重みというのはすごく感じていて、4年かけて0.01秒を更新したり、10年かけて0.01秒の自己ベストを更新したり、もちろんそういうことはあるんですけど、別競技の違う世界に行ったことで「0.01秒ってピピッよりもないじゃん、一瞬じゃん」と思えるようになった、その固定概念が消えたというのはすごく良かったなと思います。陸上競技、私は特に直線を走って前にどれだけ速く進めるかという競技なので、急に止まってはいけないし、止まるという作業もないし、前にとにかく速く走ればいいと考えていたので、そこに大事な要素ばかり練習していました。違う競技をすることで、止まることが前に走る推進力につながることも分かったし、左右に動くとか上に跳ぶとか、そういう動きが推進力に変わるんだということも分かったので、フィジカル面に対してもメンタル面に対しても、すごく大きな発見があったなと思っています。

――いろいろなアイデンティティや背景をもつ人々がスポーツを思いっきりできることにつながっていくには、社会の中でどういうことが必要だと考えられていますか

 やはりルールを作るというのはすごく大事だなと思います。排除することと整理することは違うと思うんですね。みんながみんなダメだったらそれは排除になってしまうし、ルール上で不利な部分または有利な部分が出てきてしまうから、ここは守りましょうというのが整理することだと思います。そこをもう少しはっきりするべきだと思っていて、制度を変えた方がアスリートとして出場したいと思った時にどういうルールの中で決めていくのかということもあると思います。ドーピングの問題もそうだと思うんですよね。いろいろな方がスポーツをする権利があるし、真剣に取り組んで競技会に出場する権利もあるし、オリンピックを目指す権利もある、プロ野球選手になる、目指す権利もある。ただルールをどう整理するかというのはこれからのスポーツ界や社会全体の問題なのかなと思うので、他人事じゃなくて1人ひとりがどこが大事なのか、どうルールを作っていったらいいのか、何が配慮になるのかということを考えたり、アピールをしたりすることで変わっていくんじゃないかなと思います。そういうルールが作られていくのかなと思うので、ぜひ皆さんで考えていけたらなと思っています。

――最後に現役の学生アスリートの皆さんにメッセージをお願いします

 スポーツに真剣に私も取り組んでいるし、皆さんも真剣に取り組んでいると思いますが、それが人生の全てではないんですよね。スポーツというのは自分や、人の人生を豊かにするツールだと私は考えていて、人生の中の一部であり、人生を豊かにするためのものだから、そこに自分の人生でこれがうまくいかなかったら、人生終わるという風には考えてほしくないなと思います。せっかく好きで始めたスポーツだと思うので、、ぜひ夢中になれる方法ややり方を考えてほしいと思います。スポーツを通してそれぞれの人生を豊かにする、自分の成長につながっていけるようなアプローチの仕方をしてもらえたらいいのかなと思います。

――ありがとうございました!

◆寺田明日香(てらだ・あすか)
1990(平2)年1月14日生まれ。167センチ。北海道・恵庭北高出身。平成29年人間科学部通信教育課程卒業。陸上女子100メートル障害元日本記録保持者。2020年東京五輪日本代表。世界選手権日本代表(2023年ブダペスト、2019年ドーハ、2009年ベルリン)。自己ベスト:100メートル障害12秒86。講演会の第3部・学生からの質問コーナーでは、現役学生アスリートから寄せられた質問や相談に対して、学生に寄り添い親身に受け答えをする様子がとても印象的でした。

【早稲田スポーツ新聞会】

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著者プロフィール

「エンジの誇りよ、加速しろ。」 1897年の「早稲田大学体育部」発足から2022年で125年。スポーツを好み、運動を奨励した創設者・大隈重信が唱えた「人生125歳説」にちなみ、早稲田大学は次の125年を「早稲田スポーツ新世紀」として位置づけ、BEYOND125プロジェクトをスタートさせました。 ステークホルダーの喜び(バリュー)を最大化するため、学内外の一体感を醸成し、「早稲田スポーツ」の基盤を強化して、大学スポーツの新たなモデルを作っていきます。

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