【MGC】スペシャル対談:瀬古利彦×高岡寿成 ~五輪代表選考レースへの想いを語る~
【月刊陸上競技】
1980年代に男子マラソンで一時代を築き、80年のモスクワ、84年のロサンゼルス、88年のソウルと3大会連続で五輪代表になった瀬古利彦氏と、2002年から16年間男子マラソンの日本記録を保持した高岡寿成氏。「日本マラソン界のレジェンド」とも言うべきこの2人に、2度目のMGCを1ヵ月後に控えた9月半ば、開催側の当事者として、またマラソンOBとして、五輪代表選考レースへの想いを語り合ってもらった。 構成/小森貞子
>>【チケット絶賛販売中!】日本代表が決まる瞬間を、国立競技場で目撃しよう!
※リンク先は外部サイトの場合があります
2度目のMGCを開催するに当たって
2度目の今回こそ、MGCの結果が本当にオリンピックに反映されるようなレースになってほしいなと思っています。
高岡 私は前回と今回で、MGCへの関わり方が異なります。1回目はテレビの第1中継車に乗って、解説者としてレース展開を見守りました。今回は選手が出ていますし、陸連強化の担当でもありますので、私自身が緊張しています。瀬古リーダーが言われたようにパリでの結果を求められる立場にいるので、MGCを経て、その後にどうやってつなげていこうかというところを考えています。
瀬古 MGCはオリンピック代表の選考会ですが、2番以内に入ればいいという問題ではない。その後につながっていかないと、本当の意味のMGCじゃないからね。その上を目指す気持ちでいる人が勝つんだとは思いますけど。
高岡 代表選考の仕組みとしては、非常に良い仕組みを作っていただいたと思っています。選考が明確になったというだけでなく、選手がうまく力を発揮できるような内容です。オリンピックで感じるプレッシャーは相当なものですが、それと同じような、あるいはそれ以上のプレッシャーをかけながら、前回はいい選考ができたのではないでしょうか。瀬古リーダーが言われたように、そこで本当に強い選手が選ばれたはずなのに、オリンピックの1年延期によって、本来の力を出せずに終わったことは残念に思います。
MGCチャレンジを振り返って
高岡 海外の選手と本番で競って勝てる選手を五輪代表として送り込むのが望ましいと思うので、そのあたりの仕組み作りは大変重要かなと思っています。
今回のMGCに向けては、出場権を得るための各レースで 、男子は前回よりも標準記録を1分上げたのです。それにも関わらず多くの選手が突破したのは、マラソンの層の厚みからだと思います。
瀬古 今回のチャレンジでは、記録の面でやや物足りなかったかな。日本記録も出なかった。そういう意味では、海外へどんどん出て行くのが大事かなと思いますね。
高岡 おっしゃる通りです。やはり海外で勝負できる選手が、オリンピックや世界選手権のような場でも活躍できるんだと思います。
瀬古 飛び抜けた記録は出なかったけど、各レースを振り返ると、男子は2時間5〜7分台、女子は2時間20〜22分台がかなり出ていて、全体的なレベルは上がっています。これにはシューズの貢献もあるかもしれないね。いわゆる厚底シューズを、今まで履きこなせなかった選手が自分のものにしたというか、それに合わせた筋力トレーニングの導入などで、シューズが自分の身体の一部にやっとなってきた。女子は特にこれが大きいと思います。
高岡 チャレンジ全体を通しての私の印象は、日本記録こそ出なかったのですが、山下一貴選手(三菱重工)の日本歴代3位(2時間5分51秒/ 23年東京)を筆頭に、歴代の記録が大きく入れ替わったなと感じています。2時間6分台や7分台を多くの選手が出せるようになりましたよね。
ただ、世界選手権の代表もそうなのですが、勝つ人が毎回入れ替わっている状況で、そこが弱さかなと思います。中本健太郎選手(安川電機/現・同監督)は2011年のテグ(9位)、13年のモスクワ(5位)と2回世界選手権に出場して、その間(12年)のロンドン五輪でも6位に入賞しています。ああいう強さが欲しいです。
瀬古 中本選手はオリンピックと世界選手権の両方に入賞した貴重な選手で、確実性があったよね。安定して複数回しっかり走る。
そういう選手になって欲しいと思いますね。
高岡 ブダペスト世界選手権では山下選手が12位ながら、終盤に5位まで浮上するなど入賞の可能性を感じさせる走りを見せました。ただ、オレゴン、ブダペストと男子の世界選手権代表は3人とも初出場。国内での層は厚くなっても、世界で勝負できるところまで届いていないことを示していると思います。
瀬古 それで、「経験がない」で終わらせてはいけないよね。
高岡 大会によって上位に来る選手が替わっているので、みんなの心に残りにくいというのはありましたよね。
瀬古 今回のMGCで勝ち上がってくる選手が「日本のエース」として君臨してくれるといいんだけどね。パリと言わず次のロサンゼルスまで、日本のマラソン界を牽引してくれる存在になってほしい。東京五輪の後にいったん引退を決めた大迫傑選手(Nike)が、再びMGCにチャレンジしてくるわけですから、若い選手たちは大迫君の胸を借りるつもりでぶつかっていってもらいたいですね。日本記録を持つ鈴木健吾選手(富士通)がきちんと仕上げてくればやはり強いですが、安定性や確実性といったら、出場者全体で見ても32歳の大迫選手に分がありそうですよ。
高岡 女子は一山麻緒選手(資生堂)、鈴木亜由子選手(日本郵政グループ)、前田穂南選手(天満屋)と、東京五輪代表の3人がオリンピック連続出場を狙います。選手層を見ると女子はまだ不安な面がありますが、この3人を中心にレースが展開されるのではないかと思います。ブダペスト世界選手権に出場(13位)した松田瑞生選手(ダイハツ)の安定性は抜群なのですが、短い期間での調整は難しい部分です。
瀬古 同じダイハツの加世田梨花選手もブダペスト世界選手権に出場したけど、10000mの世界選手権選考レースだったゴールデンゲームズinのべおかで優勝しているでしょ。日本選手権の5000mも2位。スピードがある選手は将来性ありますよ。そういう意味では、10000mで東京五輪の代表になった安藤友香選手(ワコール)も楽しみな選手です。
男子は2018年に、高岡ディレクターが持っていたマラソンの日本記録が16年ぶりで更新されたけど、女子の日本記録も2005年(野口みずき/2時間19分12秒)に作られたもの。もう18年が経ちますから、そろそろ破られるのではないですか。
【月刊陸上競技】
MGCのコース攻略法は
スピードを落として、また上げるという動きは、リズムも狂うし、結構力を使いますからね。
高岡 ただ、相手とのタイム差が後ろを向かなくてもわかります。
ライバルの表情や余裕度も確認できるのではないですか。
でも、それをものともしない本当に強い
選手が、MGCで現れてほしい」
【月刊陸上競技】
懸ける想いが詰まっているレース」
【月刊陸上競技】
高岡 私は市ヶ谷の坂をどう乗り切るかが勝負のポイントになると思っていますが、そこまでで一杯一杯だったら、たぶんその坂は上れないでしょう。上りだけでなく、下りもありますからね。
そのあたりで、前回と同じようなラストの競り合いが見られるのではないでしょうか。
瀬古 やっぱり最後の4kmですよ。そこの駆け引きが見どころ。
高岡 そのあたりがマラソンの一番おもしろいところだと思います。
瀬古 そこまで力を残せていないとダメだね。カーブでできるだけ力を使わないように、なめらかに回ること。
高岡 前半、誰が出てレースを引っ張るかというのも予測はできないですよね。
瀬古 男子は60人以上いるから、誰か飛び出す選手がいるかもしれないね。
高岡 序盤の下りで誰が主導権を握るのかと、ペースの上げ下げがポイントでしょうね。
瀬古 確かにきついコースですが、今は折り返しとか周回コースは世界大会で多く採用されているので、そこを気にしていたらマラソンはやれないですよ。こういうコースに慣れること。どんなコースでもへっちゃらで走れる人が強いです。
高岡 そういった意味でも、海外で経験を積んでいる人は有利でしょうね。国内マラソンでは絶対にあり得ないようなコースで走っているでしょうから。選手はコースそのものに何の思考も持たない。期待しない。そうすればネガティブな情報にはならないと思います。
パリ五輪への期待
高岡 周回ではないです。ブダペスト世界選手権で現地入りする前に、パリに立ち寄って、オリンピックのマラソンコースを視察しました。市庁舎前の発着で、街中の名所を廻り、ベルサイユ宮殿までの往復。往路と復路は同じではないのですが、片道20kmで、MGCよりはるかにタフなコースでした。
瀬古 じゃあ、MGCは「通過して当たり前」にならないといけないね。コースがどうの、なんて言っていられない。
高岡 前半の市街地は路面が悪いですし、ルーブル美術館の敷地内 に入っていく曲がり角は「本当に曲がれるの?」と思うほど。
15kmから上り始めるんですけど、ベルサイユ宮殿前は傾斜角が5度。ベルサイユ宮殿で折り返すと最初下りですが、そこは日差しが正面からきます。32kmでセーヌ川沿いに出て、そこからは平坦です。
瀬古 コースがタフというだけでなく、夏のパリは暑い。それをものともしないような本当に強い選手が、MGCで現れてほしいね。
高岡 MGCのコースを「タフだ」と言い切らないほうがいいと思ってしまいます。普段の国内マラソンのコースと比べたらMGCはタフですが、「その先にもっとタフなコースが待っている」という認識のほうがいいでしょう。
日本人は良い環境でレースをした時の持ちタイム。海外の選手は条件が悪い中での持ちタイム。そのタイムのギャップは1分以上あるのかな、という印象を受けています。そこでどう勝負するのかとなると、自己記録のさらに1〜2分の引き上げが必要なのかなと思いますね。
瀬古 ともかくMGCは、野球で言ったらオールスターゲームです。日本のトップ選手がみんな出るので、マラソンファンのみなさんには楽しんでもらいたいと思います。
高岡 MGCは〝一発勝負〟というコピーがついているように、選手たちのオリンピックに懸ける想いが詰まっているレースです。
その真剣勝負の駆け引きを堪能していただければうれしいですね。
瀬古 沿道で応援するだけでなく、国立競技場にもぜひ足を運んでいただきたいと思います。フィニッシュする選手たちを、スタンド一杯の観衆で迎えましょう。
編集:月刊陸上競技
MGCチケット、オフィシャルグッズ&プログラム情報!
- 前へ
- 1
- 次へ
1/1ページ