【Inside Story】コベルコ神戸スティーラーズ 営業マーケティンググループ 吉村 泰輔

チーム・協会

【コベルコ神戸スティーラーズ】

9月8日に幕を開ける「ラグビーワールドカップ2023フランス大会」。コベルコ神戸スティーラーズからはPR具 智元、LOサウマキ アマナキ、SO李 承信が選出され、フランス大会での日本代表および3選手の活躍に期待したいところだ。
4年に一度のラグビー界最大の祭典「ラグビーワールドカップ」。アジアで初の開催となった「ラグビーワールドカップ2019日本大会」は、日本代表の躍進もあり、大いに盛り上がった。実は、この舞台裏で大会の成功を支えたスタッフがチームに所属していることをご存知だろうか。その人とは、営業マーケティンググループの吉村 泰輔氏だ。トップリーグからリーグワンへ。大会システムが刷新され、試合の興行権が協会からチームへと移譲されることから、試合運営のエキスパートとして、2020年4月、神戸製鋼へ入社。現在は、試合運営のみならず、広報部門でも責任者として業務に携わる。吉村氏に「ラグビーワールドカップ2019組織委員会」での経験を中心に、神戸スティーラーズのスタッフとしての現在の目標などを語ってもらった。(取材日:2023年7月20日)

マウンテンバイクに釣られ、ラグビー部へ。それが人生の転機に

【Inside Story】でこれまで取り上げたチケット担当の大橋 由和氏(7月異動)、グッズ担当の長谷川 貴哉氏、プロモーション担当の田中 大治郎氏(現・チームメディアマネージャー)、ファンクラブ担当の坂下 莉沙子さん、そして、広報担当の近藤 洋至氏(7月異動)。彼らを束ねるリーダーであり、試合運営および広報部門の責任者が吉村氏だ。
「吉村さんのもとで働いて、多くのことを学びましたし、業務がやりやすい環境を作ってもらいました」(大橋)
「吉村さんから『準備8割、本番2割』ということを教えてもらい、常に心がけています。問題にぶつかったら吉村さんに相談して、その上でいろいろなことに挑戦させてもらっています」(田中)
と、部下たちから信頼を寄せられる。
そんな吉村氏は、元ラガーマン。
京都出身。小学3年の時、ラグビー好きの父に勧められて、競技をはじめた。
中学受験の準備のため、一時期楕円球から離れるも、進んだ同志社中学で再びラグビー部へ。
「子供の頃、ラグビーをしていたとはいえ、その時はまだラグビーの面白さを分かっていなくて、中学では当時まだ珍しいパソコンを触れる工業部に入ると決めていました。けれど、父親にラグビー部に入ればマウンテンバイクを買ってあげるよと言われて。マウンテンバイクに釣られて(笑)、ラグビーを再開することになりました」
これが自身にとって大きなターニングポイントになったという。
中学でラグビーの魅力にハマり、同志社高校、同志社大学でもラグビー部へ。
しかし、大学1年の時、度重なる怪我により退部、そのまま大学も退学し、スポーツビジネスを学ぶためにアメリカへと渡った。
渡米を一番後押ししてくれたのも父親だったと語る。
アメリカで5年過ごし、ニューヨーク州の大学を卒業後、日本のスポーツ業界で力を試そうと思っていた矢先、縁あって、日本ラグビーフットボール協会(JRFU)へ就職することに。

試合運営のノウハウを身に付けたJRFU時代

JRFUでは、大会運営業務を担当した。
子供の頃から慣れ親しんだ競技の管理団体での仕事だ。
楽しくないわけがない。
トップリーグや大学選手権、日本選手権などの大会運営に携わった。
英語が話せることも強みになり、2009年には、日本で開催された20歳以下の世界選手権「IRBジュニアワールドチャンピオンシップ」において、大阪(花園ラグビー場)会場でのベニューマネージャーを務めた。
ベニューマネージャーという言葉に、聞き馴染みのない方も多いことだろう。
当該会場で開催された試合に関わる全ての業務を統括し、安全かつ円滑に運営するのがベニューマネージャーである。
「日本で初めて開催されたブレディスローカップでもオペレーションスタッフとして最前線で運営に携わりました。また国内のテストマッチでもベニューマネージャーを任されることもあり、ラグビー界の大きな大会で運営の一翼を担うことにやりがいを感じていました」
JRFUには5年間所属。
この間、学んだことは、準備の大切さだったという。
冒頭、田中氏のコメントにあった「準備8割、本番2割」というのは、JRFUで大会運営に携わっている時に叩き込まれたことだ。
準備の段階でどこまで運営計画の精度を高めることができるのか。
「それが裏方として、腕の見せどころです。準備の段階で、不確定要素をつぶしていき、本番では計画通りに進めていく。その部分は、神戸スティーラーズでもスタッフに徹底していますね」
退職後は、地元京都に戻った。ラグビー界での経験を活かし、国際会議や学術集会、展示会などの企画・運営を行う企業へ活躍の場を移した。ラグビー界とはかけ離れた世界ながらも、充実した日々を送っていた。

JRFU時代の1枚。IRBジュニアワールドチャンピオンシップ最終戦後に花園ラグビー場のミックスゾーンで撮った記念写真。 【コベルコ神戸スティーラーズ】

「ラグビーワールドカップ2019組織委員会」での業務とは

2014年冬、転機が訪れた。
「ラグビーワールドカップ2019組織委員会」で働いていたJRFU時代の同僚から声をかけられた。
「組織委員会で仕事をしないか」
アジア初のラグビーワールドカップ。一生に一度の経験かもしれない。
オファーを受けることに決め、翌年6月、組織委員会に入職し、チームサービスマネージャーとして着任した。
チームサービスとは、出場する各国代表チームの宿泊・移動・輸送等の手配をはじめ、キャンプ地の提供や練習用具等の手配など、チームの日本滞在時におけるすべてをサポートする部署だ。
吉村氏は
「組織委員会には、宿泊や輸送などを専門的に担当する部門があるのですが、各国代表チームとの全てのコミュニケーションを担うのがチームサービスです。文化背景やチームの考え方などが異なる20チームの様々な要望をヒアリングし、組織委員会内の各部門と連携し、調整していくことになります」と説明してくれた。
実は、ワールドラグビーでは、『チームファースト』が明確に謳われている。
そのためチームからの要望が大会規定を超えるものであっても、要望に応えられるよう最大限努めた。
チームサービスは、さらに各国代表チームのサポート役であるリエゾンや通訳の人材確保とその教育も行う。
代表チームがストレスなく、試合に臨める環境を整えていくのが業務なのだ。

「Time is enemy.」を実感し、タイムラインにより厳しく

チームサービス部門のトップとして、もっとも苦労したことを吉村氏に伺うと、
「実は、2017年夏、公認チームキャンプ地の数が足りないという問題に直面しました。ワールドラグビーと合意して定めたキャンプ地で提供すべきサービスレベルに、言葉以上に意識の部分で大きな差があったことが大きな要因の一つですが…」と語り始めた。
全てのチームは大会期間中、組織委員会が準備するキャンプ地に滞在する。
キャンプ地は、宿泊施設、練習グラウンド、ジムなどで構成され、施設間の移動距離や宿泊施設の設備に明確な基準が設けられている。しかし、ワールドラグビーは組織委員会が準備したキャンプ地の候補地のおよそ三分の一がサービスレベルを満たさないと判断し、外すように勧告してきた。
吉村氏は、キャンプ地を確保する作業をしながら、ワールドラグビーに24時間ごとに状況を伝えつつ、並行して組織委員会の執行部に毎日報告するという状況に陥った。
しかも、キャンプ地問題は、試合日程と試合会場を決めるマッチスケジュールにも関わってくる。
吉村氏は組織委員会に缶詰状態となり、業務に追われた。当時は、プレッシャーから食事が喉を通らずに体重は12kgも落ちたそうだ。
開催自治体をはじめ、協会やトップリーグチームなど多くの関係者から多大なる支援を得て、なんとかキャンプ地の数が確保され、
「Time is enemy.あの経験からタイムラインの重要性をこれまで以上に感じ、タイムラインに対してより一層厳しくなりました」と振り返る。
2019年9月20日、「ラグビーワールドカップ2019日本大会」が幕を開けた。
日本代表の躍進もあり、大いに盛り上がりを見せた。
ちなみに、吉村氏が会場で試合を見たのは、開幕戦のみ。
しかも、前半だけだ。それ以外は大会本部で全国の試合会場、キャンプ地に赴くチームサービススタッフたちの指揮を執っていたという。
「開幕戦のキックオフのホイッスルを聞いた時、2015年から関わってきた仕事の『終わり』が始まったなと思いましたね」
なんと決勝戦の表彰式では、秋篠宮皇嗣殿下、故・安倍元内閣総理大臣、ワールドラグビー会長ビル・ボーモント氏の側で、メダルを持つ吉村氏の姿があった。
「チームサービス部門へのご褒美ですね。私を含めてチームサービスのメンバー7人が表彰式の舞台に上がりました。2015年のイングランド大会でも、同じようにチームサービス部門のスタッフが表彰式のメダル授与に参加したと聞いています」
苦しい状況に立たされることも多かったが、ラグビーワールドカップというラグビー界最大のイベントに携わり、吉村氏は「スポーツビジネスの世界で生きていく」と心に決めたと話す。

「ラグビーワールドカップ2019日本大会」決勝戦後の表彰式の様子。「両親や、妻・子供たちが京都から見に来てくれて、喜んでくれたことが嬉しかったですね」と吉村氏。 【コベルコ神戸スティーラーズ】

神戸スティーラーズとして成績も、運営も、日本一に

大会終了後、活躍の幅を広げるために、ラグビー以外のスポーツチームで働くことがほぼ決まっていた中、JRFU時代に知り合い懇意にしていたチームディレクターの福本 正幸氏からリーグワン参入にあたり力を貸してくれないかと連絡があったという。
食事の席で
「リーグワンでチームとして優勝することはもちろん、運営でも一番になりたい」
福本氏が熱く語った。
その言葉に動かされ、2020年4月、神戸製鋼へ入社。
「ラグビーチームが主管となり、試合を興行開催することに対してやりがいを感じましたし、
JRFUで培ってきた経験をいかすことができると思いましたね」
試合運営のノウハウを持つ吉村氏が陣頭指揮を取りながら、ホストゲームの準備を進めた。
そうして、2022年1月「NTTジャパンラグビー リーグワン2022」開幕。
コロナ陽性者の発生を受け、中止となった試合もあったが、ホストゲーム7試合を開催した。
試合運営以外にも、ファンクラブ、チケット、グッズなどのTo C事業、広報・プロモーションの業務管理を行いながら、それぞれの担当者が能力を発揮できるような環境を整えてきた。
「組織委員会のチームサービス部門では、ワールドラグビーの熾烈なプレッシャーを受けながら、各国代表チームとのコミュニケーション、キャンプ地の環境整備、リエゾン・通訳の人材提供と3つの大きなプロジェクトを18人の部下と一緒に乗り越えてきました。組織委員会で培った経験をもとに、神戸スティーラーズでは、試合運営、To C事業、広報など複数のプロジェクトを管理しています」
各担当者には、自身がJRFUをはじめ過去に所属した組織でそうだったように一定の裁量を与えた。とはいえ、運営レベルでも頂点を目指すがゆえに、求めるレベルは高い。
皆がその要求に応えるため、自ら考え、時には担当者間で意見を戦わせ、より良いものを提供できるよう、それぞれの担当業務を進めてきた。
自らの役割や責任を果たそうと献身的に取り組む担当者たちに吉村氏は感謝する。続けて、福本氏に対して「試合運営と広報に関しては私に一任してくれています。それもありがたいですね」と頭を下げる。
「各担当者の成長が、組織としての成長に繋がっていく」
そう言い切る吉村氏。
チームとして成績も、運営も、日本一に。
吉村氏はJRFUや組織委員会での経験を活かしながら、各担当者とともに、これからもさらなる高みを目指す。

取材・文/山本 暁子(チームライター)

「歴史あるチームとして、アーカイブ(記録)を残すべきだ」との思いからシーズンごとの活動をまとめたアニュアルレポートをはじめ、2021年9月にはトップリーグでの戦いの軌跡をまとめた「神戸製鋼コベルコスティーラーズ トップリーグ激闘の記録」の制作も担当。 【コベルコ神戸スティーラーズ】

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著者プロフィール

兵庫県と神戸市をホストエリアとして、日本最高峰リーグ「NTTジャパンラグビー リーグワン」に参戦しているラグビーチーム「コベルコ神戸スティーラーズ」。チームビジョンは『SMILE TOGETHER 笑顔あふれる未来をともに』、チームミッションは『クリエイティブラグビーで、心に炎を。』。 ホストエリア・神戸市とは2021年より事業連携協定を締結。地元に根差した活動で、神戸から日本そして世界へ、笑顔の輪を広げていくべく、スポーツ教室、学校訪問事業、医療従事者への支援など、地域活性化へ向けた様々な取り組みを実施。また、ピッチの上では、どんな逆境にも不屈の精神で挑み続け、強くしなやかで自由なクリエイティブラグビーでファンを魅了することを志し、スタジアムから神戸市全体へ波及する、大きな感動を創りだす。 1928年創部。全国社会人大会 優勝9回、日本選手権 優勝10回、トップリーグ 優勝2回を誇る日本ラグビー界を代表するチーム。

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