【ベガルタ仙台】BEST MATCH の過去も、眼前の目標に向かう今も、梁勇基は明るい未来に向けて駆け抜ける
Jリーグが戻ってきた、あの試合
東日本大震災の被害を受けた方々への黙とうを行った 【©VEGALTA SENDAI】
2011年4月23日に開催されたJリーグディヴィジョン1 第7節 川崎F 1-2 仙台。
東日本大震災によって中断していたJリーグが、この日に再開。等々力陸上競技場で開催されたこのカードは、前半にホームの川崎Fが先制したが、後半に仙台が2得点し逆転勝ち。だが、そうした経過報告や公式記録だけでは伝わらないものが、この試合には詰まっている。
今もチームを牽引し続ける梁勇基 【©VEGALTA SENDAI】
「東日本大震災があって、そこから再開して最初の試合。そこに出場できたこと、なおかつ勝つ姿を見せることができたので、印象に残っています」と振り返るように、梁をはじめ、仙台の選手・スタッフにとって、この試合に出ること自体に、通常と違う困難があった。2011年の3月11日は、同年のJ1第2節を翌日に控えていたときだった。試合前日の練習を終えたあとに、梁ら当時の仙台所属選手・スタッフは被災。ホームタウンが大きな被害に遭い、翌日の試合が中止になったばかりでなく、生活そのものがどうなるかわからなくなった。
震災後チームは宮城県を離れ、関東でキャンプを張ることに 【©Seiro ITAGAKI】
等々力のアウェイサポーター席には、この状況下で会場に集まった多くの仙台サポーターがいて、声援を送った。彼らを迎える立場となった川崎Fも、それまで同様の様々な楽しい場外イベントに加え、「Mind-1ニッポン」のもと様々なおもてなしをした。被災地からこの地に避難していた方々も多くスタジアム入りし、試合前にはクラブOBから被災地を励ますメッセージが流れたり、川崎Fサポーターから激励の意味で仙台の応援歌が歌われたりという粋な計らいもあった。
大田吉彰の同点ゴール 【©VEGALTA SENDAI】
鎌田次郎の逆転ゴール 【©VEGALTA SENDAI】
「僕たち自身もそうですし、東日本大震災の被害に遭った方々にとっては、本当に不安の中での試合だったと思います」と、梁は当時の心境を語る。チームが再集合したあの3月28日に宮城県石巻市で津波による被害状況を目の当たりにし、以後も復興支援活動で被災地を回り、大きな傷跡が残ったことを実感した。関東キャンプに移ってからは、宮城の状況を心配しながら、どうなるかわからないリーグ戦再開に備えていた。心身ともに厳しいコンディション下で乗りこんだ等々力で、彼らはいつもと同じJリーグの温かさと、いつも以上のエネルギーを発した試合をやり抜いた。梁には使命感があった。「あの試合に勝てたことが自分たちの力になったのはもちろんですが、見てくれた人たちにとっても、あの試合をとおして何かを力に変えてもらえたなら、すごく大きな1試合になると思っていました」。自分たち以上に、誰かの力になれば。被災地から気持ちを届けていた人たちにも、あの日のスタジアムにいた人たちにも、中継を視聴していた人たちにも、どちらのサポーターでもなく何らかのかたちであの試合を知った人たちにも何かを届けられば、梁たちのメッセージは、この川崎Fと仙台の試合を通し、12年が経過した今も多くの人に伝わっている。
試合自体も素晴らしいものだったが、そこに至るまでの様々な物語や、関わった人々の思いがある。それは BEST MATCH 選外となった他のすべての試合にも言えることだ。まず試合自体を振り返り、それにまつわる様々なピッチ内外の思い出を語る。そして、次の楽しみを呼びこむ。そこに、Jリーグが30年の歴史を紡いできた故の財産がある。
大分戦で今シーズン初出場を果たす 【©VEGALTA SENDAI】
梁は過去を振り返るだけではない。その過去の経験も力に、先を見続けている。今季の序盤戦は出番がなかったものの、チーム戦術の理解に努めるとともに、「今まで以上にがむしゃらにやりますよ」というキャンプでの宣言のままに、高い強度での戦術練習もなんなくこなして出番に備える。4月29日の明治安田生命J2第12節・大分戦で今季初出場を果たすと、仙台サポーターは感染症禍でそれまでできなかった応援歌“リャンダンス”を盛大に唄い踊って背番号10を迎えた。「(ウォーミング)アップのときから歌って、横に揺れてくれて、そこでもう気合いが入りましたよ」と笑う。またひとつ、梁にとって記憶に残るゲームが増えた。この大分戦で勝利に貢献したのちも、梁はいつものように練習に励み、得意のパスや、緩急をつけたボール保持、新しく身につけたポジショニングなど、彼にしかできない仕事を果たす。「しっかりトレーニングするところとしっかり休むところのメリハリをつけて、生活をしています」というのがコンディショニングの肝だという。「ゲームに少しずつ出ることで、さらにゲーム勘やコンディションは上がっているので、個人的には続けていきたい」と頼もしい背番号10は、ピッチ内外で仙台のチームを引き締める存在となっている。
仙台の象徴としてまだ走り続ける 【©VEGALTA SENDAI】
文=板垣晴朗
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