「柔道をもっと身近に。」 全日本柔道連盟がINNOVATION LEAGUEに参加するワケ
【公益財団法人全日本柔道連盟】
今年度はコラボレーションパートナーとして「全日本柔道連盟」と「日本アイスホッケー連盟」の2団体が参画する。今回は、日本の伝統的な競技の1つである柔道が、最新のテクノロジーを求める理由を伺った。
【公益財団法人全日本柔道連盟】
本郷 光道(ほんごう あきのり)
中央大学法学部卒。選手として全日本柔道選手権大会3位をはじめ国内外の大会で活躍。2011年に現役を引退後、モントリオールに移住し、カナダナショナルチームの指導に参画。ロンドンオリンピックにおけるカナダ柔道の3大会ぶりのメダル獲得に貢献する。2014年に帰国し、公益財団法人全日本柔道連盟に入職。2019世界選手権東京大会では運営統括(プロジェクトマネージャー)を務め、現在は連盟のメディア・マーケティング領域を担当する。
柔道の見え方を変える、ブランディング戦略推進特別委員会とは
INNOVATION LEAGUEには、ブランディング戦略推進特別委員会の井上康生委員長が代表メンバーとして参加しています。この委員会は、「柔道がより幅広い層に好感を持って受け入れられるにはどのような活動が必要なのか」について検討する役割を担っています。私は委員会の事務担当として、立ち上げから携わっています。
私自身は、実業団の選手として26歳まで柔道に取り組みました。引退後は、カナダのモントリオールというフランス語圏の都市に移住し、3年間過ごしました。この街で、日本とは少し違う形で、柔道が社会に溶け込む様子を見ました。大人になってからはもちろん、60歳からでも柔道を白帯から始めるという文化が根付いているし、各道場もそれを受け入れるシステムがありました。
そのときは自分が柔道の仕事をするとは考えておらず、カナダでビジネスを学びたいと思い過ごしていたのですが、2014年の29歳の時に連盟から声がかかり、全柔連に入るに至りました。
入職後は、山下泰裕IJF理事のアシスタントとして、キャリアをスタートし、2017年7月からは会長秘書に就任しました。国際関係を担当していたこともあり、2019世界柔道選手権東京大会のプロジェクトマネージャーとして、大会全体の運営統括を経験したことが、キャリアのポイントだったと思います。
この経験を通じ、イベントをスムーズに運営することはもちろん大事ですが、開催する目的の設定や魅力を伝えられるよう見せ方を工夫することが同様に大切であると感じ、原体験として強く印象に残りました。
東京2020 夏季オリンピック(以下、東京オリンピック)では選手たちが大活躍し、柔道チームとして合計9つの金メダルを勝ち取ることができました。オリンピックはパリそしてロサンゼルスと続くのですが、東京オリンピックという大きな節目を境に、柔道界は今後どこに向かうのか?をしっかりと考えるため、井上委員長のもとでブランディング戦略推進特別委員会が立ち上がりました。
現在この委員会が中心となり、今年の12月に開催するグランドスラム東京2022のプロモーションを進めています。東京でのグランドスラム開催は5年ぶりであり、この大会の成功が今後の柔道界の盛り上がりに繋がってくると考えています。
【公益財団法人全日本柔道連盟】
この委員会では、“ポスト東京オリンピック”の時代において、柔道が社会においてどのような役割を担っていけるかを考えるとともに、柔道という競技の見せ方や見え方の工夫、改善に取り組むことをミッションとしています。
昨年末には「今後の柔道界を考えるアンケート」をウェブで実施し、1万7723人から回答をいただきました。回答数には驚きましたが、柔道界への期待とプレッシャーを身をもって感じました。アンケートの回答を見ると、今後の方向性を考えるいくつかのヒントが隠されていたと思います。具体的に申し上げると、競技経験者に向けたアンケートで、複数回答ではあるものの、約6割の方々が怪我のリスクを懸念していたんです。
その反面、柔道をすることで「礼儀正しさが身につく」「精神力が鍛えられる」といったポジティブなコメントもたくさん頂き、大会に求めることとして「ルールを分かりやすく解説してほしい」など、今後の施策を検討するアイデアを得ることができました。このアンケートから得たネガティブなイメージを克服し、ポジティブなイメージを広げていくことが非常に重要と考えています。
委員会の具体的な施策として、中心に据えているのがデジタルコンテンツの制作と発信です。全柔連TVというYouTubeチャンネルを連盟で運営しておりますが、このチャンネルを起点としてデジタルコンテンツをより幅広い層に見てもらい、様々な接点で柔道の魅力に触れていただくことが狙いです。しかし、各種スポーツ団体による映像コンテンツの提供は一般化していますし、スポーツ以外のデジタルコンテンツも世の中にあふれています。柔道ならでは、または連盟だからこそできる付加価値をつけていかないと、勝負になりません。
このチャンネルでは、ライブ配信や試合映像の動画のほか、ドキュメンタリーの動画も配信しています。全日本選手権大会に向かう4選手にフォーカスし、それぞれの選手の柔道への思いを描いたドキュメンタリーです。選手たちにお願いをして、プライベートや大会前のトレーニング、そして大会本番まで、密着撮影をして動画を作りました。このような動画を通じて、画面の中のスーパーレジェンドと言われるような選手たちの日常や思いを伝えることで、視聴者に少しでも身近に感じてもらえるきっかけになればと思っています。
柔道を気軽に楽しむ・親しむには
やはり東京オリンピックまでの期間は、さまざまな注目やリソースが集まってくる、スポーツ界のバブル期だったと思います。今は自国開催のオリンピックがない状態に戻っているので、東京オリンピック招致決定以前の状態にシュリンクしていくのが自然な流れではないでしょうか。
柔道は、オリンピックで継続的にメダルを獲得ができており、選手強化では一定の成果が出ていると思います。しかし、これからは競技者育成に加え、競技者以外の層、いわゆるウェルネス層の構築に取り組む必要があります。柔道を気軽に楽しむ・親しむことを伝えるために、連盟では新しい普及プログラムを検討しています。
柔道におけるウェルネス層とは、健康増進目的や趣味として柔道を楽しむ層という認識でよろしいでしょうか?
その通りです。日本は有段者人口が多いものの、それが柔道の愛好者人口に必ずしも繋がっていないという見方があります。やはり怪我のリスクも要素の一つとしてあると思っています。日常的に体を動かしてない大人が全力で組み合って、全力で相手を投げることは、運動強度としては少し高いのかもしれません。このような意識から、ウェルネス層の構築に向けて、もう少しライトに柔道を楽しめないかと、医学的な知見も混じえて、安全に柔道に親しめるようなプログラムが検討されています。
今後はトップ選手の能力を引き上げることを目的とした強化だけでなく、競技の裾野を広げることに取り組まれるんですね。普及に関して、具体的な計画はされているのでしょうか?
連盟の中に様々な新規普及施策を検討する部署やワーキンググループが立ち上がっています。例えば、以前柔道をしていて一度離れてしまった人が、段階を踏んで安全に練習を再開する練習メニューが検討されています。また、柔道には立技と寝技があるのですが、寝技は余程のことがない限りケガのリスクはありません。そのような考えから、寝技に特化した大会を開催するというアイデアもあります。
また、高齢化社会が加速する中、健康寿命を延ばしていくことにアプローチするアイデアもあります。柔道は倒れてはいけない競技ですので、柔道の身のこなしやトレーニングを活用した転倒予防のプログラム開発や、万が一倒れてしまった時にも怪我をしないように柔道の受け身を活用した転び方の教室を広げる活動も進めています。
子ども向けのプログラムの開発にも取り組んでいます。日本スポーツ協会のアクティブチャイルドプログラム(以下、ACP)というプログラムがあるのですが、全柔連で開催している子ども向けの柔道教室では、ACPをウォーミングアップとして取り入れ始めています。道場の畳は適度な弾力性があって、グリップも効く、安全に運動がしやすい床面だと思います。子どもたちに柔道畳の上で、ACPのようなプログラムで思いっきり遊ぶことを通じて、身体操作やチームワークを学んでもらいたいですね。
このように、柔道の魅力を個々に切り分けて、それぞれのプログラムに整理することで、より幅広い層に親しんでもらうとともに、柔道との接点を増やしていく取り組みの検討が進められています。
先日、全日本小学生育成プロジェクトという、全国から子どもたちが集まって柔道について学んだり、練習試合を行うイベントを横浜で開催しました。イベント内でACPを実施しましたが、イベント後に取ったアンケートでもACPは好評で、ポジティブな意見が多く届いています。
寝技大会やシニア向けの転倒予防教室、子ども向けの普及プログラムはまだプログラムを確立している段階で、ACPの道場への導入もトライアルの時期です。それぞれを進める担当部署によって、各アイデアの実行と効果検証がこれからなされていきます。
アクティブチャイルドプログラムの様子 【公益財団法人全日本柔道連盟】
視聴率と来場者数の2つで考えています。メディア構造が大きく変わる中で、大会を開催すれば放映権が高値で売れて、自然と大会のプロモーションがされていくという考え方は通用しづらい時代になりました。連盟も自ら魅力を発信し、大会のプロモーションを行い、大会や柔道の見せ方・見え方をコーディネートすることが求められていると思います。TV視聴や集客につながるよう、興味を喚起できるようなコンテンツを作り、リーチが広がるよう情報を発信することを心がけています。
柔道×テクノロジーの可能性
基本的には8月の説明会でお話しした内容を優先してチャレンジしたいのですが、柔道だからこそ提供できることがいくつかあると思っています。例えば、先ほどもお話しましたが、柔道には受身があって、他の競技でも使える安全性があります。この安全性をうまく広げる方法などを考えたいところです。
また、日本代表チームのファンは海外にも多くおり、日本柔道を支援していくグローバルファンコミュニティを作るような取り組みも考えられます。広い視点で考えると、今後インバウンドの増大にも繋げていきうる施策ですし、国をまたいだファンコミュニティの形成を日本発でやっていくことも、面白いと思います。
現在、力を入れて取り組んでいるYouTubeでのライブ配信も、今後さらに工夫しながら提供していくべきコンテンツです。映像配信の延長線上に何かを繋げていき、そして付加価値を付けることができれば、より魅力が広がっていくと思います。そのアウトプットはデジタルのファンエンゲージメントかもしれないし、ファン同士の交流、あるいはファンタジースポーツの領域かもしれません。何か新しい取り組みをご提案いただきたいと思っています。
全柔連さんが、INNOVATION LEAGUEに参加されることがまず驚きでした。新しいことにチャレンジする姿勢が、多くの方にとってポジティブなニュースだと思うのですが、周囲の反応はいかがですか?
ブランディング戦略推進特別委員会もそうですが、新しいことにチャレンジする空気感ができつつあります。先ほどお話したプログラムや映像配信に加えて、スポーツ庁のスポーツ×テクノロジー活用推進事業の助成事業にも申請しています。テクノロジーを活用して新しい柔道の見え方を提供していく。そういった取り組みも進めていきたいと思っています。柔道には、長い時間をかけて築かれた文化や伝統があるので、大切な部分は変えず、アップデートできる部分で新しいことにトライするという機運が高まってきていると思います。
INNOVATION LEAGUEのコラボレーションテーマを拝見すると、競技の指導現場でもテクノロジーの活用を検討していました。選手の強化に対するテクノロジー活用の現状や課題について教えてくださいますでしょうか。
やはり安全性を担保することが最重要課題だと思います。柔道は体重制で競うスポーツなので、減量がありますが、無理ない減量をサポートできるような仕組みがあると選手は助かります。また、全国津々浦々の道場で、重大な怪我が発生しないように指導のサポートができるようなテクノロジーがあれば、より安全に柔道に取り組める環境が広がっていくものと思います。少し規模が大きくなりますが、中学校の体育の必修科目の1つとして柔道があります。体育の先生の中には、柔道未経験者もいらっしゃるので、そういった先生に活用いただけるような、指導補助のサービスやツールがあれば多くの中学生、先生方のメリットにつながります。
テクノロジー活用の障壁として考えられることとして、試合中の選手たちに動きやパフォーマンスを測定するための特別なギアや装置をつけることは一見難しいように感じます。実際はいかがでしょうか?
やはり危険性が少しでもあるものは、実装が難しいと思います。柔道はフルコンタクトスポーツなので、身体に何かを身につけることは、ハードルが高いのは事実です。粘着性のあるもので貼り付けたとしてもやはり汗をかきますし、投げ技や絞め技もあるので、身体や道衣に引っかかってしまう危険性があるものは難しいですね。ただし、非接触型、例えばカメラを通じてのデータ計測や動作解析などは検討できると思っています。
【公益財団法人全日本柔道連盟】
柔道は伝統的な競技と見られていますが、だからこそ、新しいテクノロジーや革新的なサービスによって、柔道をもっと身近にする工夫や仕組みをご提案いただけると、より強いメッセージ性を持って社会に発信できると思います。いろいろとご提案いただけると嬉しいです。
最後に今後のビジョンや目標について教えてくださいますか?
まずはオリンピックを頂点とする各大会で輝く選手の活躍を、いかに多くの人に見てもらうかが、最大のポイントだと思います。素晴らしい選手たちがいるありがたい状況ですので、連盟として彼ら・彼女たちの思いや競技の魅力をより多くの方々に伝えていくこと。そしてそれを起点に興味を持ってくださった方が、無理のない形で日常的に柔道に親しめる環境を作っていくこと、それが大切だと思っています。
INNOVATION LEAGUE 2022がスタート!
執筆協力:清野修平
新卒でJリーグクラブに入社し、広報担当として広報業務のほか、SNSやサイト運営など一部デジタルマーケティング分野を担当。現在はD2Cブランドでマーケティングディレクターを担いながら、個人でもマーケティング支援を手掛けている。株式会社セイカダイにてデジタル・コンテンツ領域を担当。
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