東京五輪・陸上競技(女子):若い力が世界への扉をこじ開けた日本の中長距離種目
【(C)Getty Images】
1年の延期を経ての開催となったTokyo 2020(東京五輪)の陸上競技は、大会終盤を迎えた8日目の7月30日に開幕。8月8日までの10日間、熱戦が繰り広げられた。今回、日本代表として22名の選手が出場した女子は、これまでの最高だった2012年ロンドン大会の18名を上回り、初めて20名を超える選手団となった。また、年齢も18歳から33歳まで幅広い顔ぶれとなった。
女子日本勢はフィールド種目での出場が難しく、やり投の北口榛花のみにとどまったことは惜しまれる。一方、これまで世界大会への出場や本番での活躍が非常に困難といわれていた中長距離種目で、U20年代から活躍してきている選手たちが出場。「オリンピック」という最高峰の舞台で、さらに大きくステップアップしていることがとても頼もしく映った。
今大会のMVPを挙げるとしたら、「分厚く堅い扉を激しく揺さぶって、こじ開けた」といえる活躍を見せた21歳の田中希実だろう。21歳の田中は今大会、5000mと1500mの2種目に出場。両立の難しい2種目をともに全力で戦った。
初日に予選が行われた5000mは、2019年ドーハ世界選手権で日本勢唯一の決勝進出を果たしており、戦前は「決勝に進む可能性があるとしたら5000m」という見立てだった。しかし走った組がスローな展開となったために、自身初の14分台突入となる14分59秒93の自己新記録(日本歴代4位)をマークしたものの、記録で拾われる上位者5名に入ることができず次点(トータル16位)で決勝進出を逃していた。
しかし、そこで終わらないところが田中の田中たるところ。予選突破が難しいとみられていた1500mの予選で、五輪直前に更新していた自身の日本記録4分04秒08を上回る4分02秒33の自己新をマークして着順で突破する。準決勝では無謀とも思えるハイペースで入って、徐々に順位と落としつつも最後まで粘りきって5着。着順での決勝進出を果たしたのだ。フィニッシュタイムはなんと日本女子史上初の4分切りとなる3分59秒19で、予選で更新したばかりの日本記録を再び大きく塗り替えた。女子中距離種目で五輪の決勝に進んだのは、1928年アムステルダム大会女子800mで銀メダルを獲得した人見絹枝以来。実に93年ぶりとなる快挙だった。
さらに快進撃は続く。錚々たる顔ぶれが並んだ決勝でも、田中は一歩も引く様子を見せず、スタートから飛び出すと果敢なレースを展開。再び4分を切る、3分59秒95の好記録をマーク。この種目で日本選手初となる8位入賞を果たしたのだ。
彼女が東京五輪で繰り広げた1500mの3レースは、単に「入賞」という結果以上に、自らの力で世界への扉をこじ開けたという意味で、日本の女子中距離の常識を覆す、歴史の大きな変換点となったといえる。
もう1人、田中に勝るとも劣らない快走を見せたのが20歳の廣中璃梨佳だ。今大会は、5000mと10000mの2種目に出場。ちなみに、個人での2種目出場を果たしている日本選手は、男女を通じても田中と廣中の2人しかいない。
廣中は田中が通過できなかった5000m予選で14分55秒87の自己新をマークして決勝に進出すると、決勝でも並みいるアフリカ勢を向こうに果敢なレースを繰り広げ、9位でフィニッシュ。入賞は叶わなかったが、福士加代子が2005年に出した14分53秒22の日本記録を塗り替える、14分52秒84の日本新記録を樹立した。
さらに最終日に行われた10000m決勝でも、序盤から世界記録保持者のレテセンベト・ギディ(エチオピア)らを従えての積極的なレースを展開。さすがに中盤以降は上位争いから大きく離されたが、そのなかでも懸命の粘りを見せ、最後は7位に浮上し日本歴代4位となる31分00秒71の自己新記録。この種目で1996年アトランタ大会以来25年ぶりとなる日本選手3人目の入賞を果たした。
北海道札幌市に舞台を移して行われたロード種目では、マラソンの一山麻緒が8位に入賞した。8月7日に行われたマラソンは記録的な猛暑が続いた札幌の気象状況などを考慮して、急きょ開始時間を1時間早めることが決定。出場選手たちにもスタートまで12時間を切った段階で知らされる状態でレースに臨むこととなった。
当日はスタート時刻こそやや涼しかったものの、気温の上昇は避けられずレース終了時点でWBGT(湿球黒球温度;暑さ指数)が29℃に達する過酷なコンディションに。その影響もあり、スローな入りから暑さが厳しくなってくる終盤を迎えたところで急激にペースアップして勝負が決まるという展開となった。そんな中、一山は序盤から30km付近まで先頭争いのグループに食らいつき、最後はペースダウンしたものの、粘って2時間30分13秒でフィニッシュ。2004年アテネ大会を制した野口みずき以来となる入賞で、日本の女子マラソン再生を予感させる成果を残した。
トラック&フィールド種目で“ラウンド突破”を果たしたのは、100mハードルの寺田明日香とやり投の北口榛花だ。
寺田は予選で五輪における日本選手最高記録となる12秒95をマークして5着。5着以降の1番手となる記録で準決勝進出を果たした。この種目での準決勝進出は、2000年シドニー大会の金沢イボンヌ以来となった。寺田は準決勝でも素晴らしいスタートで序盤は先頭争いに加わったが、その後は力の差が出て6着となり、ここで世界への挑戦は終了した。
北口は予選の1回目で、五輪での日本選手最高記録となる62m06のシーズンベストをマーク。予選通過記録(64m00)をクリアできなかったが、この記録が効きトータル6番手でシニアの世界大会で初の決勝進出を果たした。予選を終えたあとに脇腹などに痛みが出るというトラブルに見舞われ、決勝では力を発揮することができず最下位(12位)に終わった。しかし寺田、北口ともに、直近の世界大会である2019年ドーハ世界選手権で残した課題をクリアして、前回果たせなかった準決勝、あるいは決勝進出を果たしており、着実な成長を印象づけた。
また、予選敗退に終わったものの、自国開催の五輪で“次に繋がる爪痕”を残した者もいる。ラストチャンスに懸けて挑んだ世界リレーで五輪切符を獲得した女子4x100mリレー。日本は青山華依、兒玉芽生、齋藤愛美、鶴田玲美と世界リレーと同じオーダーで今大会に臨む。予選7着にとどまったものの、2011年に樹立された日本記録43秒39に0.05秒と迫る歴代2位となる43秒44をマーク。現メンバーで組んだリレーでの最高記録で、五輪における日本の最高記録(44秒25、2012年)を大幅に更新した。
また、1500mでは田中とともに、この種目で日本女子初の五輪出場を果たした卜部蘭は、大幅に自己記録を更新する4分07秒90をマークして日本歴代3位へとジャンプアップ。このほか、5000mに出場した萩谷楓も日本歴代6位となる15分04秒95の自己新記録でフィニッシュし、廣中、田中とともに、来年夏に開催されるユージーン世界選手権(アメリカ)の参加標準記録(15分10秒00)突破。大きなアドバンテージを手に、新たな戦いの場に向かっていく。
東京五輪の開催が1年延期されたことにより、陸上界では2022年にユージーン世界選手権、2023年にブダペスト世界選手権(ハンガリー)、そして2024年にパリ五輪と3年連続で最高峰となる世界大会が続く。Tokyo 2020(東京五輪)で活躍した選手たちが、今後どのような成長を遂げていくか。その推移を見守ると、陸上競技の面白さをより一層楽しめるに違いない。
文=児玉育美
女子日本勢はフィールド種目での出場が難しく、やり投の北口榛花のみにとどまったことは惜しまれる。一方、これまで世界大会への出場や本番での活躍が非常に困難といわれていた中長距離種目で、U20年代から活躍してきている選手たちが出場。「オリンピック」という最高峰の舞台で、さらに大きくステップアップしていることがとても頼もしく映った。
今大会のMVPを挙げるとしたら、「分厚く堅い扉を激しく揺さぶって、こじ開けた」といえる活躍を見せた21歳の田中希実だろう。21歳の田中は今大会、5000mと1500mの2種目に出場。両立の難しい2種目をともに全力で戦った。
初日に予選が行われた5000mは、2019年ドーハ世界選手権で日本勢唯一の決勝進出を果たしており、戦前は「決勝に進む可能性があるとしたら5000m」という見立てだった。しかし走った組がスローな展開となったために、自身初の14分台突入となる14分59秒93の自己新記録(日本歴代4位)をマークしたものの、記録で拾われる上位者5名に入ることができず次点(トータル16位)で決勝進出を逃していた。
しかし、そこで終わらないところが田中の田中たるところ。予選突破が難しいとみられていた1500mの予選で、五輪直前に更新していた自身の日本記録4分04秒08を上回る4分02秒33の自己新をマークして着順で突破する。準決勝では無謀とも思えるハイペースで入って、徐々に順位と落としつつも最後まで粘りきって5着。着順での決勝進出を果たしたのだ。フィニッシュタイムはなんと日本女子史上初の4分切りとなる3分59秒19で、予選で更新したばかりの日本記録を再び大きく塗り替えた。女子中距離種目で五輪の決勝に進んだのは、1928年アムステルダム大会女子800mで銀メダルを獲得した人見絹枝以来。実に93年ぶりとなる快挙だった。
さらに快進撃は続く。錚々たる顔ぶれが並んだ決勝でも、田中は一歩も引く様子を見せず、スタートから飛び出すと果敢なレースを展開。再び4分を切る、3分59秒95の好記録をマーク。この種目で日本選手初となる8位入賞を果たしたのだ。
彼女が東京五輪で繰り広げた1500mの3レースは、単に「入賞」という結果以上に、自らの力で世界への扉をこじ開けたという意味で、日本の女子中距離の常識を覆す、歴史の大きな変換点となったといえる。
もう1人、田中に勝るとも劣らない快走を見せたのが20歳の廣中璃梨佳だ。今大会は、5000mと10000mの2種目に出場。ちなみに、個人での2種目出場を果たしている日本選手は、男女を通じても田中と廣中の2人しかいない。
廣中は田中が通過できなかった5000m予選で14分55秒87の自己新をマークして決勝に進出すると、決勝でも並みいるアフリカ勢を向こうに果敢なレースを繰り広げ、9位でフィニッシュ。入賞は叶わなかったが、福士加代子が2005年に出した14分53秒22の日本記録を塗り替える、14分52秒84の日本新記録を樹立した。
さらに最終日に行われた10000m決勝でも、序盤から世界記録保持者のレテセンベト・ギディ(エチオピア)らを従えての積極的なレースを展開。さすがに中盤以降は上位争いから大きく離されたが、そのなかでも懸命の粘りを見せ、最後は7位に浮上し日本歴代4位となる31分00秒71の自己新記録。この種目で1996年アトランタ大会以来25年ぶりとなる日本選手3人目の入賞を果たした。
北海道札幌市に舞台を移して行われたロード種目では、マラソンの一山麻緒が8位に入賞した。8月7日に行われたマラソンは記録的な猛暑が続いた札幌の気象状況などを考慮して、急きょ開始時間を1時間早めることが決定。出場選手たちにもスタートまで12時間を切った段階で知らされる状態でレースに臨むこととなった。
当日はスタート時刻こそやや涼しかったものの、気温の上昇は避けられずレース終了時点でWBGT(湿球黒球温度;暑さ指数)が29℃に達する過酷なコンディションに。その影響もあり、スローな入りから暑さが厳しくなってくる終盤を迎えたところで急激にペースアップして勝負が決まるという展開となった。そんな中、一山は序盤から30km付近まで先頭争いのグループに食らいつき、最後はペースダウンしたものの、粘って2時間30分13秒でフィニッシュ。2004年アテネ大会を制した野口みずき以来となる入賞で、日本の女子マラソン再生を予感させる成果を残した。
トラック&フィールド種目で“ラウンド突破”を果たしたのは、100mハードルの寺田明日香とやり投の北口榛花だ。
寺田は予選で五輪における日本選手最高記録となる12秒95をマークして5着。5着以降の1番手となる記録で準決勝進出を果たした。この種目での準決勝進出は、2000年シドニー大会の金沢イボンヌ以来となった。寺田は準決勝でも素晴らしいスタートで序盤は先頭争いに加わったが、その後は力の差が出て6着となり、ここで世界への挑戦は終了した。
北口は予選の1回目で、五輪での日本選手最高記録となる62m06のシーズンベストをマーク。予選通過記録(64m00)をクリアできなかったが、この記録が効きトータル6番手でシニアの世界大会で初の決勝進出を果たした。予選を終えたあとに脇腹などに痛みが出るというトラブルに見舞われ、決勝では力を発揮することができず最下位(12位)に終わった。しかし寺田、北口ともに、直近の世界大会である2019年ドーハ世界選手権で残した課題をクリアして、前回果たせなかった準決勝、あるいは決勝進出を果たしており、着実な成長を印象づけた。
また、予選敗退に終わったものの、自国開催の五輪で“次に繋がる爪痕”を残した者もいる。ラストチャンスに懸けて挑んだ世界リレーで五輪切符を獲得した女子4x100mリレー。日本は青山華依、兒玉芽生、齋藤愛美、鶴田玲美と世界リレーと同じオーダーで今大会に臨む。予選7着にとどまったものの、2011年に樹立された日本記録43秒39に0.05秒と迫る歴代2位となる43秒44をマーク。現メンバーで組んだリレーでの最高記録で、五輪における日本の最高記録(44秒25、2012年)を大幅に更新した。
また、1500mでは田中とともに、この種目で日本女子初の五輪出場を果たした卜部蘭は、大幅に自己記録を更新する4分07秒90をマークして日本歴代3位へとジャンプアップ。このほか、5000mに出場した萩谷楓も日本歴代6位となる15分04秒95の自己新記録でフィニッシュし、廣中、田中とともに、来年夏に開催されるユージーン世界選手権(アメリカ)の参加標準記録(15分10秒00)突破。大きなアドバンテージを手に、新たな戦いの場に向かっていく。
東京五輪の開催が1年延期されたことにより、陸上界では2022年にユージーン世界選手権、2023年にブダペスト世界選手権(ハンガリー)、そして2024年にパリ五輪と3年連続で最高峰となる世界大会が続く。Tokyo 2020(東京五輪)で活躍した選手たちが、今後どのような成長を遂げていくか。その推移を見守ると、陸上競技の面白さをより一層楽しめるに違いない。
文=児玉育美
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