セイバーメトリクスが導く真の韋駄天! 2020BsRランキングTOP30
記事
走塁に関する最もポピュラーなデータといえば盗塁だろう。盗塁は公式記録として採用されており、タイトルの対象にもなっている。ただ「盗塁の数が多い選手=走塁に優れた選手」というわけではない。塁を陥れるプレーは盗塁のほかの場面でも数多く存在しているからだ。では盗塁以外の走塁貢献もデータ化できるならば、誰が最も優れた走者といえるのだろうか。
今回はセイバーメトリクスの総合走塁指標BsRを使い、盗塁以外も評価対象とした場合の最優秀走者が誰なのか、またデータ分析の観点からどのような走塁が有効といえるかについて迫ってみたい。(文:大南淳(DELTA)、データ提供:DELTA)
※2020年シーズンを対象
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解説
まずBsRがどのような指標かについて簡単に解説を行いたい。野球における走塁は大きく二つに分けることができる。一つは「盗塁」、もう一つは「盗塁以外の走塁」だ。セイバーメトリクスでは、それぞれに対して、貢献度を求める指標が存在する。
盗塁貢献「wSB(weighted Stolen Base runs)」は盗塁と盗塁刺の記録から算出される。盗塁による利得から盗塁刺による損失を引くことで求められるのだが、この利得と損失は得点期待値というデータをもとにすることで求めることができる。
得点期待値とは、あるアウトカウント・走者状況別にイニング終了までに期待される得点数を示したものだ。例えば無死一塁から無死二塁への盗塁は一般的に1.105-0.852=0.253点の価値があることがわかる(※数字は2018~20年のもの)。こうしたデータをもとに計算を行うことで、盗塁企図の損得を試合における得点の単位で把握することができるのだ。高い成功率で多くの盗塁を記録するほどwSBの数値は伸びることになる。
<得点期待値とは(外部)>
もう一方の、盗塁以外の走塁貢献「UBR(Ultimate Base Running)」は、より詳細なプレーデータから算出が行われる。例として対象となるケースを以下に四つ例示した。このような条件がほかの走塁の場面でも設けられており、それらのケースでどれだけの確率で進塁していたか、進塁できなかったか、アウトになっていたかが集計される。そのデータをリーグ平均と比較することで、優れた走塁を見せていたかどうかが求められるのだ。こちらも同様に得点期待値をもとに貢献度の算出が行われる。
・外野への単打が発生した場合、一塁走者が三塁進塁を狙うプレー
・外野への単打が発生した場合、二塁走者が本塁生還を狙うプレー
・外野への二塁打が発生した場合、一塁走者が本塁生還を狙うプレー
・外野フライが発生した場合、三塁走者が本塁生還を狙うプレー(犠飛)
そしてこのwSBとUBRを足し合わせることで、総合走塁指標BsRは算出されている。wSB、UBRともに、リーグ平均レベルの走者に比べてどれだけ優れているかを得点の単位で表現しているため、それらを足し合わせたBsRは「リーグの平均的な走者に比べてどれだけ走塁で得点を増加させたか」を表すことになる。このBsRを使えば、盗塁だけに限定しない優れた走者をデータで把握することができるだろう。
2020年、BsRでNPB最高の8.2点を記録したのが源田壮亮(埼玉西武)だった。源田はリーグ平均レベルの走者に比べて、8.2点分チームの得点を増やしたと考えることができる。昨季NPB最多の50盗塁を記録した周東佑京(福岡ソフトバンク)は5.6点。3位にとどまった。
より踏み込んで見ていこう。周東の昨季の盗塁貢献wSBは4.7点。50もの盗塁を記録しながら、失敗はわずか6。高い成功率で多くの盗塁を成功させたことで、NPB最高の盗塁貢献を示した。ただ一方で、盗塁以外の走塁貢献UBRは0.9点。平均をやや上回るレベルにとどまっている。ちなみに源田はこの分野で8.6点を記録。この分野で大きな差があったようだ。
どういったプレーで周東と源田の間に差がついてしまったのか確認してみよう。最も大きな差がついたのは、二塁走者が単打発生時に本塁を狙うプレーだ。昨季、このケースは二塁走者が周東のときに17回、源田のときに19回発生した。それぞれの走塁結果をまとめたのが以下の表だ。
まず周東から見ていこう。このケースでの周東は17の走塁機会のうち、13回本塁に突入。そのうち12回本塁に生還、1回憤死となった。この一つ一つのプレー価値をセイバーメトリクスの手法で得点の単位に換算すると、周東は平均的な走者に比べてチームの得点を0.5点増やしたと評価できる。
一方の源田は19の機会のうち、18回本塁に突入。その18回すべてで本塁生還に成功している。源田のほうがより高確率で本塁に突入し、さらにアウトになることもなかった。源田のこのケースでの評価は3.8点。数ある走塁ケースのわずか一つではあるが、かなり大きな差がついている。こうしたケースの集積が、盗塁貢献で上回る周東が、総合走塁指標BsRで源田に逆転される要因となった。
ほかのランキング入り選手についても見ていこう。上位には俊足で知られる選手がずらりと並んでいるが、20位に井上晴哉(千葉ロッテ)の名前がある。井上は体重114kgの巨漢で、俊足のイメージとはかなり遠い選手だ。その井上が平均的な走者に比べて2.5点チームの得点を増やしたと評価されている。なぜ井上の走塁がここまで高く評価されるのだろうか。
まず盗塁以外の場面において、井上がどのような走塁を見せたか確認しよう。
井上は昨季、二塁走者から本塁に突入するケースで一度もアウトになったことがなかった。それだけではない。評価対象の全走塁ケースにおいて、井上は一度もアウトになっていなかったのだ。おそらく井上本人もそれほどスピードに自信をもっているわけではないだろう。それを自覚しているからこそ、無理に進塁を狙わない的確な判断を行えているのかもしれない。
だが、アウトにならないことがそれほど高く評価されることに違和感を覚える人もいるかもしれない。先の塁を狙わないことは一見消極的な選択にも思える。ただ走塁において最も最優先すべきは先の塁を陥れることではなく、とにかくアウトにならないことなのだ。
走者一塁から盗塁を試みるケースを例に考えてみよう。企図がセーフになった場合、状況は走者一塁から二塁に一つ塁が進む。これに対してアウトになった場合は、走者が消えてしまううえにアウトカウントも一つ増える。さきほどの得点期待値をもとに考えると、無死一塁からの盗塁が0.253点の利得を生んだのに対し、盗塁刺は-0.595点。損失のほうが値のスケールがはるかに大きくなっている。盗塁に限らず、先の塁を狙う選択は成功のメリットよりも失敗のデメリットがはるかに大きい不均衡なゲームなのだ。成功率が五分五分では、先の塁を狙うプレーがむしろチームの得点を減らすことになってしまう。
試合に多く出場するレギュラークラスの選手であれば、長いシーズンの中で数回走塁アウトになってしまうのは想像できるだろう。そう考えると、井上が一度もアウトにならなかったことの価値を理解できるのではないだろうか。走塁に求められるのは足の速さだけではない。自分の走力や守備の状況も考慮して、進塁するかどうかを的確に判断する能力が重要なのだ。ちなみに井上は2020年に限らず、毎年平均レベルの走塁貢献を残している。どのシーズンにおいても良い判断ができているという点で、優れた走者といっていいのではないだろうか。
あらためて、BsRランキングを見返してみよう。誰がランクインしているかではなく、各選手の得点に注目すると、選手間の差はそれほど大きくないことがわかる。最も優れたBsRを記録した源田でも平均的な走者に比べて増やした得点は10点未満。同様の手法で打撃貢献について得点の単位に換算した場合、平均的な打者に比べて50点以上の差をつける選手もいる。そう考えると、走塁は打撃や投球に比べ、得点、そして勝敗に対する影響が大きくないことがわかる。
それでも、影響が小さいとはいえ、走塁が優勝争いの決定的な差となったケースもないわけではない。2019年のパ・リーグは西武とソフトバンクの間でし烈な優勝争いが行われた。最終的には2ゲーム差で西武が競り勝ったが、西武がソフトバンクを上回ったのが走塁だった。
この年の西武打線は圧倒的な破壊力を見せたが、それに加えてスピードのある選手もそろっていた。上述した源田のほかにも、秋山翔吾、外崎修汰、金子侑司ら俊足選手が多く試合に出場。MVPを獲得した森友哉もBsRで優れた値を記録した。結果、西武のBsRは両リーグ断トツの17.1点を記録。2位のオリックスでも9.7点なので、西武の走塁がどれだけ抜きん出ていたかがわかるだろう。
一方のソフトバンクは0.6点。平均が0なので、これも悪い結果ではないのだが、西武との間には走塁だけで約16.5点と大きな差がついた。セイバーメトリクスの世界では、チームの得失点差が10点増えると、シーズンの勝利数が一つ増える傾向にあると報告されている。これを当てはめて考えると、もしソフトバンクが西武並の走塁貢献を残していたら、2ゲーム差は縮まり、優勝争いの行方はよりわからないものになっていたかもしれない。
ただ、圧倒的な走塁貢献を残した西武が、出塁能力に長けた強力打線を有していたことも忘れてはいけない。いくら走塁能力が高くとも、出塁できなければ能力を発揮する機会は得られない。西武打線が高い走塁貢献を残すことができたのは、ただ単に優れた走者がそろっていただけでなく、出塁を多く供給することで、走塁能力を発揮する機会を多く作っていたとも考えられる。
NPB歴代通算盗塁記録保持者の福本豊(元阪急)氏は自身の盗塁論として、「盗塁の秘訣はまず塁に出ること」と語っている。これは野球における走塁の本質を的確に表しているのではないだろうか。
文:大南淳(DELTA)、データ提供:DELTA