高校サッカーの前座にプロレス? なぜ米子北高は公式戦をイベント化するのか

平野貴也

プロクラブが与えてくれた、忘れられない体験

Jクラブの大宮アルディージャで運営担当をしていた梶コーチ(左) 【©1998 N.O.ARDIJA】

 試合に強い興味がなくても、何か面白そうなことをやっている空間を作る。自分たちから町のイベントに参加していくことで、つながりを作る。イベントの実施内容や実施方法は、大宮でプロクラブの運営に携わったことで学んだ部分が大きい。ただ、子どもたちに、サッカーに触れて楽しさや興奮を味わってもらいたいという思いは、梶コーチ自身の原体験が大きい。

 一つは、小学生の頃、JFLのSC鳥取(現:ガイナーレ鳥取)が米子市の東山陸上競技場で試合を行った際、フェアプレーフラッグベアラーとしてイベントに参加した記憶だ。大人が試合をする競技場に足を踏み入れたときの興奮は、強く刻まれているという。もう一つは、大宮アルディージャのスタッフとして味わった勝利後のスタジアムの光景。「選手しか見れないはずの風景。あのワクワクする景色を初めてピッチで見た夜は、眠れなかった」(梶コーチ)と印象に残っている。試合を見る人たちがいる空間が生み出す感動が、それぞれの脳裏に記憶を焼き付ける。自分たちの試合を通じて、そんな経験をしてもらいたいという思いがある。

普及活動には還元もある、部員には新たな刺激

高校生のチームではあるが、地元の米子市でサッカーに触れる機会を与える存在となっている 【米子北高校サッカー部】

 サッカー教室の指導役は、米子北高の部員だ。目的は普及だが、還元要素もあるという。

「サッカー教室は、主に3年生の部員が主体的に取り組んでくれて、普段は見せない一面を見せています。子どもたちと一緒に入場するようになり、選手が『あれをやると、頑張らないといけないという気持ちになる』と話していて、毎試合実施しています。昨年の静岡学園高校戦は、スタンドに1400人の観衆。最初は、相手のプレーに感心する方が多かったですけど(笑)、対抗して頑張る我々のチームにも温かい応援をいただきました。選手にも良い経験になっていると思います」(梶コーチ)

 試合を楽しんでもらうため、選手の顔やプレーの特長、出身チームなどが記されたマッチデープログラムも会場で配布。マネージャーが選手を取材し、意気込みを語ったコメントも掲載する。選手にとっては、メディアトレーニングにもなるという。

ホームゲームを、地元のチアダンスチームのパフォーマンスのお披露目の場としても活用している 【米子北高校サッカー部】

 会場に来てもらうきっかけ作りは、少しずつ広がっている。地域のチアダンスチームにパフォーマンスをしてくれないかと相談すると「人前で披露する場が欲しい」と協力を得られるようになった。試合が始まれば、イベント参加者がゲームを見守り、米子北が勝てば、イベント参加者との勝利の記念撮影で盛り上がる。試合を見てもらい、応援してもらう関係は、部員にとっても刺激になる。普及活動の効果は、何年も先にならなければ分からないが、試合をする側も見る側も競技を通した接点が増えれば、つながりは広く強くなっていく。梶コーチは「いつか、米子北の試合を観に行ったという人と一緒に、サッカーに関わる仕事をするかもしれない。そうなったら嬉しいですね」と笑顔を見せた。

今季は苦戦、逆転残留なるか

前座イベントを行ったプロレスラーと集合写真に収まる米子北イレブン 【米子北高校サッカー部】

 今季のリーグ戦は、残り5試合。昨季は、ホームの大応援を生かして7位と健闘したが、今季は自動降格圏の11位と苦しんでいる。前座のプロレスで盛り上がった第17節も神戸U-18に0-4と完敗した。高校チームが頑張るのは、まず自分たちのためだが、悔しい思いを重ねている選手たちも、地元で応援してくれる人たちと勝利の喜びを分かち合いたい気持ちは強い。普及活動で得るエネルギーを力に変え、逆転残留を目指す。

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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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