柳田将洋が“順応性”を評価する日本代表セッター 「らしいな」と思った1本とは?

米虫紀子

関田選手ほど“順応性”を体現できるセッターはいない

――そんな日本代表の中で、パリ五輪のキーマンを挙げるとしたら?

柳田 キーマンは関田誠大選手じゃないですかね。今の攻撃陣を100%ないしはそれ以上に活かす力が、関田選手にはあるので。さきほどの順応性でいえば、攻撃面の順応性を、今、彼以上にコートで体現できているセッターは、他にいないんじゃないかと思います。

――それは世界の中で、ということですか?

柳田 そうです。もちろん正統派というか、しっかり「うまい」という選手は、関田選手も含めて何人もいますし、例えば高さがあるとか、サーブがいいとか、他の部分で上回る選手はたくさんいると思うんですけど、“順応性”の部分、判断能力といってもいいと思いますが、そこは今世界で、抜きん出ているんじゃないかなと見ていて思います。“ここ1本”というところで、普通なら一番ないような選択肢を、彼は見逃さずに上げたりするんです。そうなると相手もマークできない。昨年のネーションズリーグでブラジルに勝ったときには、ラリー中に関田選手が滑り込みながら、石川選手のパイプに上げて、ブレイクしたシーンが印象に強く残っています。普通だったらアンダーハンドでレフトにゆっくり上げるような場面で、関田選手はボールの下に滑り込んで、オーバーハンドで、床に一番近いところから、一番上げないと思われるパイプに上げた。石川選手も信じてしっかり入っているし、そこにドンピシャで持っていけるスキルが関田選手にはある。あれは「らしいな」と思った1本でした。

 今年のネーションズリーグのイラン戦でも何個かありましたけどね。ラリー中に、石川選手がブロックに跳んでからすぐに下がって、レフトでBクイックみたいな速いスパイクを打ったり。あの瞬間にあのテンポであのトスを上げられるって、なかなかないんです。僕も関田選手と一緒にやっていたときによく同じシチュエーションがありましたが、だいたい踏み込んだら上げてくれるんですよ。瞬時に、僕が打ちやすい高さとスピードで。僕が早く入ってしまったとしても、それを見ていて、Bクイックみたいな速いトスをピッと上げてくれる。そういう視野の広さやスキルがある。やはりオリンピックでメダルとなると、関田選手のトスワーク、ゲームコントロールというのは必要不可欠だと思います。

――関田選手は柳田選手の1学年下で、東洋高校ではともに春高バレー優勝を果たし、日本代表、ジェイテクトでも一緒にプレーされた仲ですが、高校時代の関田選手はどんなイメージでしたか?

柳田 今と変わらず、芯がすごく強かった印象です。人に言われてやるより、「自分はこうだ」という芯があって、それをどんどん太くしていったというイメージ。トスはもともと上手だったので、高校時代は、関田選手がうまくなるというよりは、僕がそのトスをちゃんと打てるようになるために、2人でずっと練習していたという感じ。みんなの練習が終わってから、毎日残って2人でコンビ練習をしていました。もうずっとレフトレフト、パイプレフトパイプレフトみたいに何本も打って、その本数の分だけ、試合でもクオリティが上がっていきました。

――昨年のパリ五輪予選でエジプトに敗れた試合では、関田選手には珍しい迷いや、敗戦後のショックが見て取れましたが、柳田選手はどう見られていましたか?

柳田 たぶん日本とエジプトでは立場が違って、日本は追われる立場だったというところも少なからずあったんじゃないかと思います。でも大会を通して、チームとしてあそこからしっかりカムバックできた。そこが(2016年の)リオデジャネイロ五輪予選を経験している身からするとかなりホッとしたし、さすがだなと。僕らはリオのとき、あそこから戻って来られなくて、五輪切符を逃しましたけど、今のチームの強さは、あそこからしっかり戻ってこられるところ。逆にこれから始まる五輪に向けてのいい試金石になった気がします。ああいう経験をしてパリに臨めるというのは、実は大事なことなんじゃないかなと思いますね。

日本人選手が、海外に飛び出していく意義

――少し話は変わりますが、以前柳田選手は、パリ五輪に向けてポジション争いが激化する中、「海外に行くとか、若いうちにもっとチャレンジすればいいのにと思うところはある」とおっしゃっていました。柳田選手自身はサントリーを退団してドイツ、ポーランドと渡り歩いた経験がありますが、今の若手選手の動きをどのように見られていますか?

柳田 どうですかね……まあ海外に行くことが最適解とは限らないので、あくまで選択肢のひとつに過ぎないとは思いますが、個人的な感想としては、やはり成長速度を速めたいなら、海外というのは大きな要素になり得ると、ここ最近の選手を見ていても感じます。例えば宮浦健人選手、甲斐優斗選手、もちろん髙橋藍選手も。彼らはこの数年でものすごい成長を遂げています。すべてが結果につながるかはわかりませんが、海外では諸々の環境や、外国人選手がずっといる中でできるなど、国内とは違う特異性があるので、できるなら早めに挑戦してほしいなというのが僕の気持ちではあります。

 今季は(Vリーグから)SVリーグになりますが、世界のバレーボール市場を見たときに、いわゆる収入と経験がリンクするかといえば、バレーボールの場合は意外としない。例えばサッカーの場合、海外のレベルの高いクラブに移籍しますとなったら、収入も上がると思いますが、バレーはそうではないのが現状です。

 いい選手ほど国内のチームは欲しがるし、大きなバジェットを投じるので、そういう選手ほど、海外より国内で得られる収入が増えると思います。そのあたりも海外に行く行かないに影響しているのかなと。

――SVリーグになり、評価の高い日本人選手の待遇はよくなると予想されますが、その分、海外のクラブチームとの収入面の格差が広がり、海外に飛び出す決断がしにくくなっている面もあるのでしょうか。

柳田 それは個人の選択ですからね。いろんな情報をテーブルの上に乗せたときに、何を重要視するか。例えば、パリはもう直前すぎるので、次のロサンゼルス五輪に向けて、どう自分をブランディングするんだとなったときに、例えばSVリーグの中の非常に層の厚いチームに、若いうちに入って、コートに立てるのか。お金はよくても、(コートに立てなければ)バレー選手として成長しますかといわれたら、クエスチョンなので。ロスにつなげたいんだったらコートに立つしかないので、自分の場所を探さなきゃいけない。たとえば国内のチームが提示してくれる金額が多いとしても、そのお金でオリンピック出場は買えないから、絶対に。

 たぶん今20代前半ぐらいの選手なら、ロスの次ぐらいまで可能性があるので、本気で(五輪を)考えたときに、何を選ぶか。まあそこはシビアなので、僕のように身にならない人もいるし、それも現実です。

――いやいや、絶対身になっているでしょう。

柳田 いえ、オリンピックという目標に対しては……。絶対に12人しか行けないところだから、難しいのは現実ですけど。ただそこにチャレンジしたことによって残るものも自分の中にはあります。でもそれは人それぞれなので。目標設定という意味では、各々が何に重きを置くのか、今までよりも選手に決断が迫られているし、その決断が大事な時代なのかなと感じます。

柳田将洋(やなぎだ・まさひろ)

【Photo by Benedikt Spether/picture alliance via Getty Images】

1992年7月6日生まれ、東京都出身。東洋高校では主将として第41回全国高等学校バレーボール選抜大会(春の高校バレー)の優勝に貢献。高校卒業後に慶応義塾大学に進学すると、在学中に日本代表デビューを飾る。日本代表ではワールドカップや世界選手権などを 経験し、2018〜2020年まで主将も務める。2017年からはドイツ、 ポーランドなど海外でもプレー。SVリーグでは東京グレートベアーズでプレーする。

書籍紹介

【写真提供:Gakken】

世界上位16か国が参戦するネーションズリーグで史上初の銀メダルを獲得。パリ五輪2024に向け、空前の盛り上がりを見せているバレーボール男子代表。不動のWエースとしてチームを牽引する石川祐希選手、髙橋藍選手を筆頭に、人気実力ともに史上最強のスター軍団のすべてを豊富なビジュアルとともに、どこよりも早く、そしてディープに総力特集。

パリ五輪2024で52年ぶりのメダル獲得を目指して躍進を続ける、男子バレー日本代表の今を知ることができる永久保存版的な内容になっています。

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著者プロフィール

大阪府生まれ。大学卒業後、広告会社にコピーライターとして勤務したのち、フリーのライターに。野球、バレーボールを中心に取材を続ける。『Number』(文藝春秋)、『月刊バレーボール』(日本文化出版)、『プロ野球ai』(日刊スポーツ出版社)、『バボちゃんネット』などに執筆。著書に『ブラジルバレーを最強にした「人」と「システム」』(東邦出版)。

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