野球ヲタ、投手コーチになる。 元プロ監督と元生物部学生コーチの京大野球部革命

京大野球部を変えたアナリストの素性 高校時代に勉強から逃避して没頭したもの 

菊地高弘

カエルの解剖

 勉強への意欲は失ったものの、灘での学校生活が楽しくなかったわけではない。

 部活は生物研究部に入部した。灘は中高一貫校であり、生物研究部は中学生と高校生が一緒に活動する。ただし、活動と言っても普段は部室で雑談したり、トランプに興じたりするくらいのもの。三原はここで「ナポレオン」というトランプゲームに熱中する。

 ナポレオンとは基本的に5人でプレーするゲームで、「ナポレオン軍」と「連合軍」の2チームに分かれて絵札を取り合う。三原は「戦略要素が多くて、駆け引きも多いゲームなので好きでした」と振り返る。部内ではトップクラスの戦績だった。

 生物研究部らしい活動といえば、文化祭で来場者に披露する「カエルの解剖」である。解剖を行う教室内や別室のモニター前に来場者を呼び、生物研究部員が解説担当者と解剖担当者に分かれて解剖を進める。三原は解剖を大の得意としていた。

 解剖用として業者から購入したカエルをジエチルエーテルで眠らせ、手術用のハサミやピンセットを駆使して切開していく。切りどころを間違えれば出血量が多くなり、観覧者に見づらくなってしまう。三原は「どうやったら時間内に効率よく、きれいに切れるか」を追究した。

「心臓が動いてる状態でやったほうが、わかりやすいんです。胃の中に何が入っているかを見て、ザリガニを食べた跡が残っていたり。モニターで見てる人を入れたら、100人以上の人が見ていたんじゃないですか」

 生物の命を扱うだけに、解剖することに罪悪感が生まれることや気持ちの折り合いをつけることもあるのではないか。そう尋ねても、三原は首をひねって「それはなかったですね」と明かす。

「血管を傷つけずにきれいに解剖できると、楽しいんです。これは理解されにくいんですけど」

 言葉だけを聞くと“マッドサイエンティスト”の印象を受けてしまうかもしれない。だが、学問というものは過度に倫理観を持ち込むと、本質から遠ざかっていくものなのだろう。

 ただし、三原はエリート校の勉強競争から逃避した。その手段としてのめり込んだのが、野球だった。プレー経験こそないものの、三原は幼少期から野球を見るのが好きだった。父・伸一郎が阪神ファンだったこともあり、3歳で初めて甲子園球場のスタンドに足を踏み入れた。

 4歳時の2003年には阪神が18年ぶりのリーグ優勝を果たした。当時は伸一郎の仕事の都合で福岡県に住んでおり、ダイエー(現ソフトバンク)との日本シリーズで敗れた際には幼稚園で1人だけ涙を流したという。ただし、本人に当時の記憶は残っていない。

 灘の校舎から甲子園球場までは、電車を使えば30分もかからずに到着する。三原は野球好きの友人と連れ立って、よく観戦に訪れた。スタンドから大声を出して応援するタイプではなく、じっと静かに試合を見つめ、分析するのが三原の楽しみ方だった。アイドルのライブ鑑賞と同じである。

 なかでも、三原がのめり込んだのは投手の分析だった。幼少期は松坂大輔(元西武ほか)斉藤和巳(元ソフトバンク)に魅了され、中高生の頃のヒーローはダルビッシュ有だった。

「本質的に、ピッチャーが好きなんだと思います。野球を考えて見るようになった頃にダルビッシュさんがMLBに行ったので、ピッチャーを評価するデータの指標がいろいろあるんだということも知りました」

 英語で書かれたMLBのデータサイトに入り浸り、さまざまなデータに触れるようになった。MLBではスタットキャストで取得したデータが一般公開され、野球ファンがデータを通して野球を楽しむ文化が成熟しているのだ。

 スタットキャストとは、ステレオカメラやレーダーで選手やボールの動きを分析するデータ解析ツールのこと。2015年にMLB全球団の本拠地で本格導入されている。選手の球速や回転数、打球速度や飛距離などの詳細なプレーデータを取得できるのだ。

 三原は数々のデータに触れるなかで、成績を残せる投手にはパターンがあると理解する。

「真っすぐの軌道からいかに曲げられるかが、今の時代では求められています。バッターの予測する以上に大きく曲げるのか、バッターの手元で小さく動かして打ち取るのか。日本人ピッチャーの場合は真っすぐの軌道から落ちるフォークが大きなカギになっています」

「ピッチトンネル」という概念を知ったのも中高生の頃だった。ストレートの軌道を基本線として、変化球をストレートの軌道から変化させると打者は判別がつきにくいという考え方だ。

 三原は自身のSNSアカウントをつくり、インターネット上でさまざまな野球マニアと交流するようになる。ネット上で揉まれた中高生時代が、三原の野球観の根幹になっていた。

書籍紹介

【写真提供:KADOKAWA】

最下位が定位置の京大野球部に2人の革命児が現れた。
1人は元ソフトバンクホークス投手の鉄道マン・近田怜王。
もう1人は灘高校生物研究部出身の野球ヲタ・三原大知。
さらには、医学部からプロ入りする規格外の男、
公認会計士の資格を持つクセスゴバットマン、
捕手とアンダースロー投手の二刀流など……
超個性的メンバーが「京大旋風」を巻き起こす!
甲子園スターも野球推薦もゼロの難関大野球部が贈る青春奮闘記。
『下剋上球児』『野球部あるある』シリーズ著者の痛快ノンフィクション。

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著者プロフィール

1982年生まれ、東京都育ち。野球専門誌『野球太郎』編集部員を経て、フリーの編集兼ライターに。元高校球児で、「野球部研究家」を自称。著書『野球部あるある』シリーズが好評発売中。アニメ『野球部あるある』(北陸朝日放送)もYouTubeで公開中。2018年春、『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)を上梓。

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