水谷隼が「集大成の東京五輪」を振り返る ありえない金、引退意向、ファンへの感謝
張本の復調、スウェーデン戦での丹羽が大きかった
五輪のプレッシャーに苦しんでいた張本を引っ張り、エースとしての役割を伝えてきた水谷。今後の日本卓球界の思いも託す考えだ 【Getty Images】
張本は、五輪の前から、グリップが握りにくいだとか、いろいろと悩んでいることが多くて、五輪のプレッシャーが彼を苦しめているようでした。だから、シングルスは、ちょっと心配だなと思っていたのですが、結果的に(4回戦で)負けてしまいました。団体戦の初戦だった豪州戦は、そのままの状態で、まだ気持ちを切り替えられていないなと思いました。試合前の練習でも、すごく悩んでいて、まだ集中できていない感じでした。でも、僕や丹羽が一生懸命にやっているのを見て、自分も頑張らないといけないと、気持ちを途中で切り替えてくれたんじゃないかと感じましたね。
スウェーデン戦も最初は動きが硬かったですけど、それに耐えて良くなりました。あの試合では、丹羽が相手のエースを圧倒したのが大きかったです。張本にとって一番辛いのは、シングルスで自分が2勝したのにチームが負けるというパターンで「頑張って勝っても意味がない」と感じてしまうと思います。そういう思考や気持ちになったら最悪でしたが、丹羽が勝ってくれたことで、張本は、やっぱり自分が2勝すればチームは勝つんだという状況になり、それが気持ちを奮い立たせてくれたところがあると思います。
――なるほど。準決勝のドイツ戦は2-3で敗れて残念でしたが、張本選手は完全に復活した印象でした。そして韓国との3位決定戦、水谷選手と丹羽選手のダブルスで世界ランク1位のペアから先勝できたのは、メダル獲得に向けた大きな1勝でした。
奇跡ですね。あのペアに勝てる日本のペアは、多分いないですよ。僕も大島祐哉と組んだ、一番自信のあるダブルスでも負けていますからね。やっぱり、五輪は勝っている方にプレッシャーがかかるんですよ。相手のペアが受け身になっていて、僕たちの方が声を出して全面的にゲームを支配していた印象がありました。
そもそも、僕と丹羽のペアは、慣れてもいない左・左のペア。韓国は「絶対にダブルスは取れる」と思うじゃないですか。ボーナスステージみたいなものですよ(笑)。そこで第1ゲームを取れたのが大きかったですね。1本1本の戦術、選択、思い切りや割り切りを2人が互いに的確にできていました。気持ちが入っていたというのが、一番大きいと思います。それで、ミスをしても次、次と気持ちを切り替えられました。正直、ダブルスさえ勝てれば、相手がどこの国でも勝てると思っていました。ただ、ダブルスは絶対に勝てないとも思っていましたけど(笑)。まさか、あの大事な場面で勝てるとは、という感じですね。
中途半端な気持ちでは続けられない
2018年から水谷を悩ます視力の低下。治療法がなく、競技から離れる決断をしているという 【Getty Images】
2018年頃からの症状がすごく悪化していると感じています。自分の感覚としては、正直に言って、卓球ができる状態じゃないです。ちょこちょこと取材でも話していましたが、回転は全然見えないですね。
今回の五輪は、ライトアップが少なかったですよね(暗転した場内に卓球台が浮かび上がるような照明。周りは暗く、白い球は見えやすい)。ワールドツアーに行くと、会場がライトアップされて、より辛い試合環境になってしまいます。五輪が本当に限界なんです、自分ができるとしたら。それでも本当に苦しいというか、厳しいというか。この3年くらい(回転が)見えないなりに、練習方法を変えたり、なんとか状況を打破しようとしてきましたが、やっぱり、現状、日本には治療法がないんです。中途半端な気持ちでは続けられないですから、自分の気持ちとしては、もう無理かなと。競技を辞める方向で固まっています。でも、まだ最終的には決めていないので、自分から何かしらの形で発表することになると思います。
――4度目の五輪挑戦で、金、銅の2つのメダル。競技人生の集大成の場となった東京五輪は、特別な物になりましたか? 最後に、ファンへのメッセージをお願いします。
自国開催、1年延期、無観客……。いろいろと経験したことのないことがありましたからね。でも、やっぱり、五輪って素晴らしい舞台です。アスリート、誰でも一度は経験してほしいと思うくらい、魅力のある場所だと思います。注目度で本能が刺激されるんですよ。五輪だけは、どのテレビやネットのニュースでも「今日は卓球の試合が何時から行われます」と言われ、勝てば、翌朝のニュースは、どのチャンネルでも「卓球の○○が勝ちました」ってやって、お昼も同じようにやってくれる(笑)。メダルを取れば、皆さんが特集をやってくれる。そういうのを見ると、もっともっと頑張らないといけないっていう気持ちになるものですよ。最近は、SNSでもファンの反応があって、良い刺激になっています。やっぱり、大きな大会といっても、世界選手権ではこうはならないですからね。ファンには感謝しかありません。「感謝」は、僕が大好きだった祖父(2014年に他界された鈴木暁二さん)がすごく大事にしていた言葉で、祖父のお墓に刻まれている大事な言葉です。