田澤ルール撤廃が日本にもたらす影響 アマ選手の米挑戦は加速するか!?

阿佐智

アメリカから日本の流れの可能性も

ソフトバンクはMLBドラフトの1位指名を拒否したスチュワート・ジュニアを入団させ、話題を呼んだ 【写真は共同】

 その川畑も、シビアな現実を見せつけられたと言う。1億円を超える高い契約金で入団した韓国人の同僚が、必ず一度はメジャーのロースターに入ることを保障されていた一方、独立リーグからほとんど契約金なしで入団してきたA級でのチームメイトは、実力に相応しい出場の機会を与えられなかった。アメリカ球界は決して「実力の世界」ではない。最初の契約で半ば与えられるチャンスに相違が出てくる。

 川畑は断言する。

「向こうでは日本人は育たないですよ。そもそも育てるつもりもないし。大量に選手を獲ってきて、あとは競争させるだけですから。日本の環境が良すぎるんですよ」

 NPBでもプレーした井戸も同意見だ。

「アメリカは契約社会。マイナーの場合、給料は半月ごとの支給されます。つまりクビになるのもそのタイミングなんです。日本の方が長い目で見てもらえますからじっくり育成できますよ」

 日本の育成力は、今やアメリカにも知れ渡っている。福岡ソフトバンクは、メジャーリーグのドラフト1位候補だったカーター・スチュワート・ジュニア投手を入団させた。18年のドラフトでブレーブスから1位指名を受けたものの、メディカルチェックで利き腕の手首に異常が見つかり、契約金で合意に至らなかった。その後、短大に進学したところを、ソフトバンクが6年総額700万ドル(7億7000万円)で獲得したのだ。若くしての来日には、環境に適応できるのかという懸念がつきまとうが、彼の育成の成功いかんによっては、アメリカからNPBへというアマチュア選手の流れが生まれる可能性もある。

「田澤ルール」撤廃によって、アマチュア球界から直接アメリカに渡っても帰国後、NPBから「干される」ことは制度上なくなった。しかし「メジャー挑戦」後、日本球界に戻ろうとする者は、田澤のようにメジャーの舞台で長らくプレーしたベテランか、夢破れた者である。力の落ちたベテランがドラフトの対象になりにくいことは田澤の例が示している。また、プロとしてのスタートを手取り足取りの指導をあまりすることのないアメリカで過ごした選手ののびしろは限られてくる。

「筋肉流出」が早期から進んだ台湾のプロ野球指導者のひとりは次のように述べていた。

「向こうはあまり指導はしないからね。そこで成功せず20代半ばで帰ってきても、細かい指導を体が吸収できなくなっているんだよ。まずは台湾のプロ野球で経験を積んでいった方がいいと思うね」

 日本のアマチュア出身の「出戻り組」で1軍の戦力となったのは、北京五輪日本代表にもなったG.G.佐藤(フィリーズ傘下→西武)、メジャー6シーズンで16勝を挙げたマック鈴木(ロイヤルズなど→オリックス)、時折投げる超スローボールで話題を呼んだ多田野数人(インディアンズ→日本ハム)、そしてNPB11シーズンで273ホールドを記録した山口鉄也(ダイヤモンドバックス傘下→巨人)くらいだろう。しかし、彼らはアマチュア時代、日本ではドラフトで指名されず、プレー場所を求めて渡米したのであって、日本球界に背を向けて「メジャー挑戦」したわけではない。

昨季マイナーで5勝の吉川にチャンスはあるか?

2018年NPBドラフトの上位候補と評価が高かった吉川は突如ダイヤモンドバックスと契約し、世間を騒然とさせた。来年26歳となる彼にチャンスは回ってくるか 【写真は共同】

 一方、「球界の掟」を破って「メジャー挑戦」した選手は、アメリカでも苦戦している。沼田拓巳と吉川峻平のその後を見てみよう。

 19歳の秋にドジャースと契約を結んだ沼田は、2シーズンでルーキー級止まりに終わった。そして帰国後、独立リーグで「田澤ルール」解除を待ち、17年ドラフトで東京ヤクルトに8位指名されて入団した。結果は2シーズンで戦力外通告を受け、1軍登板はわずか1試合。26歳になった今年は沖縄の独立球団に籍を置いている。

 24歳で海を渡った吉川は、昨シーズン、A級で先発投手として5勝を挙げたものの、今年はコロナ禍でマイナーリーグが休止。来年はマイナーリーグも再開されるだろうが、その時26歳になっている吉川にチャンスは決して多くはないと思われる。

 16年12月、MLBと選手会は労使協定を改定した。その結果、MBLドラフトの対象外の選手、つまり「海外選手」の契約に関して、25歳未満の選手はマイナー契約からのスタートすることが定められた。これによりNPBで十分すぎるほどの実績を挙げた大谷翔平でさえ、契約金は約2億6000万円でエンゼルスに移籍することになった。MLBのスカウティング網はより安価な原石を求めて世界中に拡大している。

 その中で、日本のドラフト候補生が、今後、NPBよりいい条件を提示されMLBと契約することは考えにくい。ましてやメジャーのロースターに入ることを前提としていないマイナー契約からのスタートだ。「メジャー挑戦」の言葉の響きは美しい。しかし、その舞台は果てしなく遠い。これまで多くの若者がその舞台を夢見て海を渡ったが、アマチュア球界からメジャーまで上り詰めたのは、マック鈴木と多田野数人の2人しかいない。

※敬称略

2/2ページ

著者プロフィール

世界180カ国を巡ったライター。野球も世界15カ国で取材。その豊富な経験を生かして『ベースボールマガジン』、『週刊ベースボール』(以上ベースボールマガジン社)、『読む野球』(主婦の友社)などに寄稿している。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント